主人公の漫談
舞台に立っているMCがこちらを見た。俺は親指を立てる。
「それでは次。ええと、8番の方ですね。次はなんと、この春高校二年生に進級したばかりの、皆さん、期待の新星です。高校生らしく、明るく元気に頑張ります。お笑い芸人、ユザの登場です。どうぞ、拍手を持ってお迎えください」
俺は両手の平を叩きながら、小走りで舞台の中心に向かった。
「どうもー!」
胸が緊張でいっぱいだった。大勢の観客の瞳が東京の夜景よりもまぶしかった。どこに目線を向ければいいか分からない。だけど、もうつっかえる訳にはいかない。やるしかないのだ。俺は言った。
「学校からの帰り道。駅の階段で、女子高生の後ろを上っていたら、スカートを押さえた上ににらまれました。スケベ根性がばれたのでしょうか? どうも、初めまして、ユザです。よろしくお願いします」
礼をする。観客の間でぱらぱらと拍手が鳴る。
俺は身振り手振りを交えながらゆっくりとしゃべった。
「去年の夏のことです。夏休みを終え、高校一年生の二学期が始まったとき、自分の教室で、俺は衝撃を目にしました」
両手で双眼鏡を作る。
「アンビリーバボー」
外国人風に両手を広げる。
「角倉マナちゃんが、ヤマンバに変身していたのです。マナちゃんというのは、俺のクラスメイトで、初恋の女の子です。どこが好きになったのかと言うと、まずゆさゆさとしたメロンのような胸。次にぷりっとしたピーチのような尻。大人を感じさせる色っぽいしぐさ」
俺は唇に人差し指を当てる。
「ユザくん、私を見て」
マナがしゃべっている演技。
「彼女の全身は、俺ウェルカムでした。もしかしたら、俺のために大きく成長したのかもしれません。そんな彼女と、夏休み終わりに再開したあの日の衝撃は忘れられません」
俺は両目を見開いて固まる。
「マ、マナちゃんだよね?」
また同じの口調に戻る。
「マナちゃんは、茶髪になっていました。肌は小麦色になっていました。耳にはピアスをつけていました。両目にはつけまつげをしていました。両手の爪を伸ばし、マニキュアを塗っていました。そして、何よりもショックだったのが、胸と尻が大きくなっていたことです」
俺は両手で頬を挟む。
「アンビリーバボー」
やはり外国人風。
「マナちゃんはすっかりギャルになっていました」
俺は両手を腰に当てて、マナのマネをする。
「あれユザじゃね? おはよーん、ん? 私の顔になんかついてる? ちょっと、そんなにジッと見つめられると、キモいんですけどー」
裏声が響き渡る。俺は腰から両手を離した。
「マナちゃんが変わったことが、俺の恋に火をつけました。マナちゃんがギャルになるなら、俺はギャルオになってやる。イメージチェンジが始まりました。まずは簡単なところから始めることにしました。髪を金髪に染めるのです。休日、俺は美容室へ行きました。黒髪が、鮮やかな金色に変わったとき、達成感を覚えました。これならば、マナちゃんも振り向いてくれるに違いない。そう思いながら美容室を出た時のことです」
俺ははっとした仕草をする。
「赤い高級車が、目の前の道路を横切っていきました。運転席には、年上のサングラスをかけた男性。助手席には、マナちゃん」
俺はかすれた口調で言いながら、床に崩れ落ちる。
「アンビリーバボー。マナちゃんには、俺が太刀打ちできない彼氏がいたのです。援交をしているのかもしれません。ピュアマイハートは、粉々に砕け散りました。その時、深く思ったです。もう、恋なんかしない」
立ち上がる。
「風に舞うサクラの花びらと女子高生のスカート。皆さん、暖かい季節の到来です。どうも、ユザでした。ありがとうございました」
拍手が鳴った。主に男性のお客さんから。俺は肩で息をしながら、セリフを噛まずにやりきったということに安堵していた。MCの芸人さんがマイクを持って近づいてくる。俺は、顔から自然と笑顔がこぼれた。