若鳥の覚悟
その日、覚悟は決めてきていた。俺はいつもかぶらないキャップをかぶっている。隣に座るキノコに話しかけた。
「お前、森山キノコじゃなくて、笹竹パンダにすれば良かったんじゃないか?」
「パンダじじゃないです」
キノコは両手の指を目に当てて垂れ目を強調した。
「大体キノコって、お前のどこら辺がキノコなんだ?」
「お父さんの会社でキノコを作っているんです」
「だからって、お前とキノコは直接関係無いだろ」
「キノコじゃいけませんか?」
「いけなくはない。ただそれじゃあ間接的すぎる。お客さんになるほどと思わせるにはパンダの方がまだましだ」
「私とコンビを組んでくれるんですか?」
キノコは期待したように両手のひらを握った。
「いや、ただ、ちょっと思ったことを言っただけだよ」
「コンビは組んでくれないんですか?」
「お前の顔はお笑いに向いてないからな」
「え?」
キノコは両手で自分の顔を挟んだ。
「トイレで鏡見て来いよ。自分で自分の顔を笑えるか?」
「私、ブスでしょうか?」
「違う」
俺は眉間にしわを寄せた。
「顔に武器になりそうなものが無いって言えば分かるよな? お前もお笑いやってるんだから」
「あ……」
「まあ、そういうことだからさ、コンビは組めないよ。俺はお笑いで食って生きたいんだ。お前と組んだらお笑いじゃなくて、思い出になりかねない」
「その言葉、グサッときました」
「ん? ああ、悪かった」
「私は本気でお笑いの道を目指してるんです」
「じゃあ本気出してみてくれ」
「今、ここでですか?」
「ああ」
「私、まだ高校二年生なのにですか?」
その言葉にポカーンとした。
俺は帽子をとった。つるつるのヘッドが現れる。キノコが両目を大きくした。
「俺は、今日からハゲとして生きていくことにする」
「か、髪はどうしたんですか?」
「全部切って剃ってきた」
「どうして?」
「戦うために武器をとる。これが俺の武器だ。このサバイバルナイフで、俺はお笑いの戦場に飛び込む」
「そこまでするんですか?」
髪があったなら、俺はそこそこ悪く無い顔をしていた。髪があれば恋人を作りやすいかもしれない。若くもある。だけど、
「気づいたからだよ」
「気づいた?」
「お笑い イズ、マイハピネス」
「そ、そうですか」
「ああ。ただ、ハゲているだけじゃ笑いは取れないけどな」
「高校生なのにすごいです」
「お前は、本気を出さないのか?」
キノコは唇を噛んだ。
「私も本気を出せば、コンビを組んでもらえるんでしょうか?」
「知らん。ただ、試しに漫才ぐらいだったらやってやるし、必要だったらネタも書いてきてやるよ」
「私は」
「お前は?」
いつの間にか教室のほとんどのクラスメイトがこちらに顔を向けていた。ただならぬ雰囲気を感じ取ったのだろう。
「ユザさんのようにはなれません」
「そうか」
俺はそれっきりキノコから顔をそむけた。残念な気分であったがキノコについて考える必要がなくなったことについてはすっきりした。
少しして、教室に敬子が入ってきた。ホームルームの時間になる。




