So Sweet 焦がれる想い
セントバレンタイン。
私はあなたを思う。
大切なあなたへの想いをチョコレートに託す。
恋人たちに幸あれ。
1
恋する乙女ならば一度は通るであろう難関に椎名知世は降参一歩手前だった。セントバレンタイン。君にあげるよ。私の想い。春からアメリカと日本との遠距離恋愛が確定している身にとっては一回でも多く恋人と会って思い出を作りたいのが自然な思いだ。「会いたい」だけど理由がないとなかなか会えない臆病な自分に嫌気がさす。付き合って3年になるのにこの有様だ。気づいたら2歳年下の恋人の河口悠人のことばかり考えていた。「し・い・なさーん。手が止まっているよ。修論締め切りまであと1日だよ。」工学研究科不夜城の麻生研という名の通りこの数日ろくすっぽ寝ていない同級生の大森翼が私に声を掛ける。「私はもう修論は提出したよ。」あっさりと返した答えに大森君は唖然とする。「俺達は運命共同体じゃなかったの?抜け駆けだ。椎名さんの裏切り者ー。」修論よりもバレンタインの方が難問だ。地元の図書館で借りた手作りチョコの本を必死に読む。暗号にしか見えない。充血しきった目でPCを前にうなり続けている大森君を見ていて、あるお菓子を思い出した。『ブラウニー』大森君の彼女の遠藤梢さんが以前私たちに作ってくれたお菓子だった。悠人も美味しいと言いながら食べていた。教えてもらったレシピを必死に探す。唸り声が研究室に鳴り響いた。
2
2月13日から戦い続けて気がついたら日付は14日になっていた。「失敗」「失敗」「失敗」泣けてくる。大量に買ってきた材料はみるみるうちに無くなっていった。「知世。手伝おうか?」料理上手の母の血をバッチリ受け継いだ姉の美和が心配そうに私を見ていた。「知姉、諦めが肝心だよ。」妹の彩はあっという間にトリュフを作り上げ意地悪な笑みを浮かべている。「うるさーい。私は一人でやるの。次こそ成功させるんだから。」材料を使い切った。最後の一つに思いを託す。「でっ・・・出来たー。」何か言いたそうな家族の眼差しはあえて無視した。鼻歌交じりにラッピングに取り組む。そこでまた一騒動起こしたのは言うまでもなかった。気づいたら空が白んでいた。一番大切な人に会うために精一杯おしゃれをする。時間に追われる。残酷なまでに時間はあっという間に過ぎていく。服とメイク、ヘアアレンジに大忙しだ。姉妹のやりとりは続いていく。なんやかんやありつつも賑やかな椎名三姉妹はそれぞれ想い人のもとに向かっていった。家が静かになった。静かになった家にはどこか淋しげな父が残された。
3
悠人はいつも通り約束の5分前には待ち合わせ場所にいた。黒のニットにグレーのパンツにキレイ目の革靴。ネイビーのチェスターコートが重たく見えない長身。立っているだけで絵になる。久しぶりに会うということもあり思わず緊張する。「おはよう。知世さん。」「おっおはよう。悠人。」悠人はクスリと笑う。悠人の左手の薬指に忘れること無くペアリングがはめられているのを見て安心する。ショッピングモールでしばらく買い物を楽しむ。迷路のような店内を歩いて行く。春らしいペールピンクのニットと目が合う。そっと値段を見る。ちょっと背伸びをしなければ買えない額だった。固まる。悠人が店員さんを呼ぶ。「すみません。このニットの7号の在庫はありますか。」何を聞いている。「ございますよ。彼女さん肌の色が白いからからこのピンクが良く映えますよ。」店員は笑顔をたたえる。「ラッピングをお願いします。」へっ???「知世さん。ちょっと早いけど修士過程修了のプレゼント。」「本当に良いの?」その後は小声になった。「このニットちょっと高いけど・・・。」「親戚の受験の家庭教師をしたお金があるから大丈夫だよ。もともと知世さんのために使おうとしたからね。」ふわふわした気持ちになる。気持ちが嬉しかった。可愛らしいラッピングを見てそっと包みを抱きしめた。「悠人ありがとう。大切にするね。」悠人の顔がほんのり赤くなった。
4
観覧車に乗る。空中散歩。冬のどこまでも続く青い空が広がる。空の青と混じる海。私はあと二ヶ月足らずでこの海の向こう側に向かう。言葉が出てこなかった。静かな空間。二人でいることに感謝をする。大切な人。バッグからどこか不格好になってしまった私の想いを取り出す。「悠人。バレンタインチョコです。チョコじゃなくてブラウニーだけどね。」「ありがとう。今食べても良い?」コクリと頷く。悠人が一口食べる。ゆっくりと噛みしめる。「美味しい。食べ終わるのが勿体無い。」観覧車の中はバターの甘い香りがした。悠人とそっとキスをする。ラムレーズンの芳醇な味。甘いのは香りだけではなかった。観覧車は昇りきった。そして、しばしの空への旅を終えて地上に戻っていった。永遠に続いて欲しかった時間。あなたと二人きりでいられる時間が狂い惜しいほど愛おしい。私は呟く。「世界が壊れても構わなかったよ。二人でいたいよ。」心臓が痛い。悠人はかすかに微笑う。「これからも知世さんと新たな物語を紡ぎたいから世界は続いて欲しい。」その表情を見てあなたの思いを受け取る。「そうだね。ずっと続いてほしいね。」悠人は私よりも先に地上に降り立ち私の手を取る。そして手は繋がれ世界を二人で歩いていく。スキップをする。トン。トトン。リズムを刻む。トン。トトン。テンポをお互い合わせる。そのリズムは心臓の鼓動と一緒。笑顔が溢れる。甘い時間。あなたに焦がれる想いはこれから先もずっと続いていくよ。ずっと。ずっと。それはSo Sweet。FIN.
久しぶりの「小説家になろう」の更新はこれまた久しぶりの知世さん話です。
寝食忘れて一気に書き上げました。
『革命前夜』との時間軸の整合が怪しいですorz
BGM:J-wave Jam the World & SONAR Music
2018年1月31日
衛生管理者の勉強からの現実逃避中・・・。
長谷川真美