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ぼくらの手作り結婚式

 沢田の結婚披露バーベキュー・パーティーの日は、空に青色セルロイドを貼り詰めたように快晴だった。日射しは強く、その降り注ぐ中ではスーツではやや暑かった。

 私たちパーティーの委員会のメンバーは、朝早くから格闘していた。マイクロバスが大活躍だった。駅から十分弱という距離である。

 まずテーブル――立食形式にしたので人数分はいらなかったが、料理を載せて歓談するために六卓用意した。疲れた人が座るパイプ椅子も必要だった。それに新郎新婦が座る長机と椅子。これらをマイクロバスで、駅から会場まで運んだ。運ばれたテーブルや椅子の配置は、河田の仕事だった。借り出した皿やグラスはほこりが付いてしまうので、パーティー開始直前に並べることにした。小鉢に植えた黄色い花がそよそよと揺れていた。

 次に食材――大量の肉や野菜がマイクロバスで運ばれた。エプロン姿の樹口美佐子が懸命に包丁を動かす。早くから手伝いに来てくれた白石祐子が、串に刺していく。これも借り出したガスコンロと食材を焼く鉄板の配置は、河田が片手間にやっていった。

 さらに受け付け――は、白い小ぶりのテントの下で支度された。芳名帳、集めた会費ひとり6,000円也の所蔵袋、筆記用具等、この準備が一番急がれた。早く来てしまう人もいるだろう。十二時半を過ぎたら、中井弘幸が座る。

 新郎新婦の着替え――も、マイクロバスの中でやる。沢田は手持ちぶさただったが、木下恵子はいろいろ気遣いが要った。

 十一時になると、駅へマイクロバスを回し、音響とビデオ関係の機械を持った佐倉孝一を迎えに行く。

 「下焼き始めていいですか?」

 樹口美佐子が汗をかいて私のところへ来た。宴が始まってから焼き始めるのでは遅いので、事前に一回串焼きに火を通しておくのだ。

 「いいんじゃないかな……河田さん、下焼きいい?」

 「OK」

 ジュウジュウという音が周囲に広がる。いい香りだ。

中井がマイクロバスに佐倉を乗せて到着する。さっそく音響の準備だ。

マイクロバスの送り迎えは、十二時と同二十分。

佐倉がマイクのテストを始める。

「皆さん、もう少しです。頑張りましょう」

佐倉の声が響く。

「新郎新婦、そろそろ席について」

テーブルのがたつきをなおしている河田が言った。

白布を広げた長机でも正装の二人が座るとけっこう様になる。この日ばかりは何も出来ない二人だった。

マイクロバスが中井の運転で出発する。

「さあ、来ますよ」と佐倉がマイクで言ってから、マイクを私に渡した。

 「酒はまだ?」

 「まだ川」と河田。

 ビールやワイン等は川で冷やしているのだ。

 「もうそろそろグラスや皿いいんじゃないかな」と河田が言うと、

 「委員長の挨拶の間に並べた方がいいよ」

 樹口美佐子が串焼きの下焼きをほぼ終えて言った。

 「こんにちは」

 中年の正装の男が敷地に入ってきた。

 「あっ、こちらです」

 中井がまだ帰ってこないので、私が受け付けた。

 「今日は不便なところへどうも」と言うと、「晴れてよかったべなぁ」と言って、座っている新郎新婦を見た。「私が一番かい?」

 「ええ。ありがとうございます」

 私が会費を受け取った。「どこか椅子にでも座って」と言いかけると、男が沢田のところへ行って握手しているのが見えた。「おめでとう」

 「ありがとうございます」

 沢田が言い、恵子が頭を下げた。

 「バスが来ました!」

 佐倉が道の方から叫んだ。

 中井がクラクションを鳴らした。バスの中はほぼ満席のようだ。

「よし」と、私は気合いを入れた。



 中井の運転するバスが着いた。

 そして私は、中井と二人でバスに乗ってきた人たちの受付をこなした。十二時二十分のバスの人たちの受付は、河田が手伝った。

 私は、マイクの前に立ち挨拶の内容をぶつぶつつぶやいていた。

 結婚式のマーチが流れ、まもなく新郎新婦が立ち上がった。

 「それでは、沢田裕二・木下恵子の結婚披露宴を始めます。まず、今回の披露宴の実行委員長の挨拶です」と河田が言った。

 私はマイクを持ち直した。

 「まず、皆さん。本日はご多忙のところ、また、不便な場所までおいでいただきまして誠にありがとうございます。今日の披露宴、場所はもちろんのこと、全体に趣が違うなとお思いのことでしょう。場所ですが、新郎の沢田裕二さんと新婦の恵子さんは、ともにアウトドア派の二人で、出会いも山登りのグループでのことだったとお聞きしています。そんなこともあり、お二人の願いとして、できればアウトドア、屋外で手作りの披露宴をやりたいという希望がありました。そして、私たちがその実行委員会を設立し、準備をしてきました。今日の設備から料理まですべて手作りのものばかりです。私たち実行委員は、とにかく心のこもった披露宴にしようと考えて準備しました。その分、皆さんには不自由をおかけしたり、不自然だったり、ご不満だったりすることもあるかと思います。一番心配していたのは天候でした。しかし、雲ひとつない青空。これも新郎新婦のふだんの行いの故のことでしょう。様々な不都合もあると申しましたが、その分この青空の下、心から二人を祝おうではありませんか。皆さんのご協力を切にお願いして、ご挨拶に代えさせて頂きます」

 拍手がわいた。やはり緊張して、途中何を言っているかわからなくなったが、まあいいとしよう。挨拶の最中、グラスが配られ、川から引き上げてきたシャンパンを樹口美佐子と白石祐子が皆に注いでいった。樹口美佐子は白いセーターに紺のパンツスーツに着替えていた。白石祐子は、薄いブルーのワンピースだ。

 「では、皆様、正面の新郎新婦のこれからの幸せをお祈りして、乾杯をしたいと思います。乾杯!」

 河田がグラスをあげた。

 今回の披露宴では、乾杯の音頭を取る人を選ばなかった。それどころか、仲人もいない。

 皆は河田の音頭でグラスを合わせた。新郎新婦が頭を下げた。新郎新婦入場の代わりである。

 「それでは、新郎新婦お二人のこれまでを、**様に語って頂きます」

 新郎新婦共通の友人であるという、山の仲間が、マイクを持った。

 彼は、メモを見ながら二人の経歴と山での出会い、そして、二人のつきあい等を時におもしろおかしく述べた。

 「ありがとうございました」

 友人の二人の紹介が終わった。仲人代わりである。

 「それでは、ウェディング・ケーキ入刀です」と河田が言うと、樹口美佐子が丸いケーキを新郎新婦の前に置いた。

 「写真を撮られる方は、ケーキが小さいので、まわりにお寄り下さい」

 中井がテープを回し、ウェディング・マーチを響かせた。

 新郎新婦がナイフを持ってケーキに入刀した。カメラのシャッターの音が周囲でカシャカシャと鳴った。佐倉がビデオを持って周囲から二人を絞り込んだ。

 小さなケーキだったが、下地は買ってきたものの上の飾り付けは樹口と白石がやった。新郎の沢田は照れくさそうに上を向いた。

その間に、樹口美佐子たちがバーベキューを本格的に焼きだした。ジュウジュウという音と美味しそうな香りが弱い風にのり左右に流れた。

 「さて、皆さん、今日は立食パーティー、それもバーベキューとなっております。用意したお皿にご自由にお取り頂き、お食べ下さい。なお、遠慮しているとなくなりますので、お気をつけ下さい」と河田が言って、笑いを誘った。

 新郎新婦の二人が私の合図で座り、バーベキューの焼き上がった串が皿に取り分けられている。中井が、ビール、シャンパン、ワインなどをついで回っている。

 「この後は、皆さん食べ飲み歓談しながら、お客様のスピーチなどをお聴き下さい」

 青い空の下、心地よい風が吹いていた。実行委員会の皆は、コマネズミのように賓客の間を走り回っていた。汗だくだった。



 座がにぎわってきた。それを見て河田が、

「では、祝辞などを皆さんにお願いいたします。なお、紹介は、新郎新婦自らが行います」と言って、マイクを新郎新婦のところへ運んだ。今日は、家族親族友人知人全員が一言ずつ何か話すことになっている。また、私の意見で、それぞれの話者の紹介は新郎新婦が行うことになっている。

それからは、石が転がるがごとく時が流れた。

 次々に、新郎側・新婦側の来賓が交互に祝辞を述べたり、歌を歌ったりした。マイクは時々ハウリングしたが、何とか言葉や歌詞が聞き取れるくらいには拡声した。

 バーベキューのにおいが周囲に流れていた。

肉もそろそろ残り少なくなってくる頃、島田老人が指名されて立ち上がった。

 「私は、新郎が通っているシナリオ・センターの同級生です。この歳になって、こういう宴席に呼ばれるとは、うれしい」

声が詰まった。「はやりの歌はできないが、謡を一曲」と言って、島田老人は喉をふるわせた。終わると大きな拍手が島田老人を包んだ。

 それから新郎側・新婦側の一族代表の答辞が始まった。

 「青空の下のバーベキュー・パーティーの形式でやると聞いた時は、びっくりいたしました。誰が準備してくれるのか、雨が降ったらどうするのか、……それらの不安は、今日やっと解けました。空は青空、走り回って準備してくれた委員会の皆さん……本当にありがとうございました」

 赤い顔をした新郎側の代表は何度もお辞儀をした。

 「ここで新郎新婦が皆さんへの感謝を込め水を持って回ります。皆さんのお席に置いてあります小さなお花に水をあげるのです。二人の愛がこれからも花のように育つよう皆様拍手でお迎え下さい」

 キャンドルサービスの代わりだった。リボンを結んだじょうろに水を満たし、新郎と新婦が一卓一卓まわり、花に水をやった。この趣向は中井が考えたものだった。沢田たちが卓を巡ると温かい拍手が広がった。

 そろそろ宴も終わりに近づいていた。

 花に水をやる最後の卓を新郎新婦が回ったのを見届け、私はマイクを握った。

 「皆様、ありがとうございました。宴たけなわではございますが、そろそろ終わりの時間が近づいてまいりました。私たちの手作り披露宴はいかがでしたでしょうか。行き届かない点、ご不満の点等数々あるかと存じますが、未熟ながら懸命にやってきた委員会のみんな、そして、幸せそうな新郎新婦に免じて、どうかお許し下さい。なお、今日の引き出物ですが、高価な皿などは出せません。その代わり、新婦の恵子さんが心を込めてひとつひとつ焼いたお菓子をお持ち帰り頂きたいと存じます。お家へ帰ってから、是非ご賞味下さい。皆様、本日は本当にありがとうございました。様々なご協力に感謝し、終わりのご挨拶とさせて頂きます」

 期せずして拍手がわいた。はじめは親族から友人・知人に広がり、委員会の皆も加わった。そして、新郎新婦……。新郎の沢田がマイクを取り上げ、

 「来賓の皆様、そして、こんな温かな披露宴をやってくれた実行委員の皆さん、ありがとうございました」と言った。声が震えていた。新郎の沢田が、泣き出してしまった新婦の肩を抱いた。

 拍手はいつまでも鳴り響いた。



 祭りの後だった。

 新郎新婦がキャンプ場の入り口に立ち、来賓の方々ひとりひとりに挨拶して見送った後、バスが出発した。老人たちがバスに乗り、乗れなかった人たちはまたバスを待つことなく、ほとんどが歩き始めた。

 「ありがとうございました」と私たちは声を上げた。

 そして、私たちは片づけをはじめた。ホッとした安堵感とやったなという達成感とともに虚脱感がやってきた。

 「みんな、ありがとう」

 沢田と恵子が片づけをしているひとりひとりに握手して回った。

 「でも、天気が良くてよかったよ」と私が言うと、

 「本当ねぇ」と樹口美佐子が微笑んだ。

 その後私たちは黙々と片づけをした。

 バスが帰ってきた。中井が「お疲れ様」と言って降りてきた。

 「無事に送り届けた?」

 「もちろん。……皆に好評でしたよ、今日の披露宴」

 「何か言っていた?」と白石祐子が訊くと、

 「楽しかったって」

 「それだけ?」

 「それだけで十分じゃない?」

 樹口美佐子が言った。

 沢田と恵子がバスの中で着替えてきた。

 「今日は、駅の近くの店押さえてあるから」

 沢田が言った。「二次会というわけじゃないけど、委員の慰労会と言うことで」

 「あっ!」

 会費のチェックと計算をしていた河田が不意に声を上げた。

 「黒字だよ、黒字」

 「えっ?」

 「今日の披露宴、賃貸費用なんか全部入れても黒字が出たよ」

 「ほぉ」

 皆が声を上げた。

 「あらためて、……おめでとう」

 私が言うと、

 「ありがとう。よかったよ、皆に頼んで」

 と、沢田が言い、恵子が頷いた。



新郎新婦と私、河田、佐倉、白石、中井、河田に樹口、みんなが慰労会に集まった。中井は最後まで、マイクロバスを運転し、片づけものを運んでいた。

明るい作りの居酒屋だった。片隅の一室を借りての宴会になった。

 皆がそろったのを見て、私が立ち上がった。

 「皆さん、新郎新婦も含めて、ご苦労様でした。長々挨拶する必要はないと思います。今日の晴天に乾杯!」

 わぉ、と中井が言って、一息でビールを飲み干した。

 沢田も一杯飲み干してから、立ち上がった。

 「皆さん、本当にご苦労さまでした。みんなのおかげで、思い出深い披露宴ができました。ありがとう、本当にありがとう」

 空腹に飲む酒はすぐにまわった。皆、賓客に勧めるばかりで、披露宴ではほとんど飲み食いしていないのだった。

 「ええと、」

 次に立ち上がったのは、河田だった。「集計の結果、細かい計算は後で報告書にしますが、全部で五千円余の黒字でした」

 わぁっと歓声が上がった。

 「樹口さんと白石さん、料理とお酌、ご苦労様でしたね」

 私は、二人の後ろから声をかけた。

 「いえいえ。委員長さんこそ、緊張してましたね」

 樹口美佐子が言った。

 「ご苦労様でした」と、白石も言った。

 それから、私は中井のところへビールを持ってまわった。

 「一日中の運転、ご苦労様」

中井の目は真っ赤だった。酔いのほかにも疲れもあっただろう。

「事故だけは起こしちゃいけないと、そればっかでしたよ」

「ご苦労様」

そして、新郎新婦へ。

「おめでとう」

「ありがとう。委員長、ご苦労様。俺の目に狂いはなかったよ」

「これから、お幸せにね」

私は、恵子にも声をかけた。


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