都市伝説とクトゥルフ神話
くねくねinクトゥルフ
1 くねくね
『くねくね』と言う都市伝説をご存じだろうか?
田園地帯など、人家が無い、あるいは少ない場所に現れる『人型』をした何かであると言う。
人型と言ったが、実際は人間の形と言うよりも白い棒状の手足頭が踊っているように動いているのだと言う。
その動きがくねくねしているから『くねくね』だ。場合によっては色は黒でもあると言われる。
目撃される場所は主に人家の少ない田園地帯や、放置された里山。人気の少ない海岸など、とにかく人が住まないエリアに出現する事が多いらしい。
しかし、都心部でも目撃される事が有り、結局はどこにでも現れると言える。
時間帯も日中、夜間を問わない。
見ただけではさほど問題は無く、向こうから襲ってくるような事も無い。
基本、移動して人を襲う事が無い怪異である。
放っておけばいつの間にか消える。
しかし、問題が無いわけではない。
否。
実害あるからこそ人の噂に登る。
最大の問題はこの『くねくね』を凝視すると、精神異常を引き起こすとされる事だ。
正体不明のその人型を脳が確認する事で発狂し、仮に逃れる事ができたとしても、ほとんどの人間が社会生活に戻ってこれないと言う。
超能力じみた力を持つUMAであると言う説から、霊と言う説、蜃気楼、大麻を焼却処分した時の煙が風下に流れた、中には単なる蛇と言う説もある。
案外、大麻説は特に有力かもしれない。
大麻の栽培は戦後でも山間部で一般的に行われていた。
とは言え、別に麻薬として使う為ではない。麻の繊維を取る為である。もっとも、民間療法で大麻が使用されていた事もあったそうだが。
この時に栽培された大麻が野生化して、放置された里山に群生していたりする。暴力団関係者などはどうやって嗅ぎ付けるのか、そう言う事に詳しい。
大麻は戦後に栽培が違法となり、内密に処分しなければならず、しかし大麻は燃やすと当然、それなりの影響が出る。それを知らず目撃した人間が幻覚を見てもおかしくないし、怪異現象として誤魔化されたとしても信じる時代であった事は確かなのだ。
流れた噂の中には、暴力団がそこに人を寄せ付けない為に流したとされる物もあるそうだ。
が。
実の所、一つだけ説明しきれない問題がある。
『くねくね』が噂に上がり始めたのはゼロ年代の初期からだと言う事だ。
ある話では、田舎の因習が原因の霊的伝承であるとしていたが、これでは出回る時期が大きくずれている。
間が無いのである。
何かの怪異話が変質した噂とも言えるのだが、精神異常を引き起こすと言う設定は意外と少ない。
ここからの話は大きな声では言えない。
『くねくね』と言う単語自体は前述の通りゼロ年代初期に現れた。
ところが、実は『くねくね』に近い現象を目撃した人間が現れてきたのは、もう少し前。
1995年1月17日
当然、記憶している人も多いだろう。戦後最悪の被害を出した巨大地震、阪神淡路大震災である。
実は、この未曽有の大震災の直後から、被災地域周辺部で『くねくね』が定義する物に近い心霊現象が多く報告されている。
阪神淡路大震災で被害を拡大させたのは建物の倒壊と出火だった。
当時アングラで流れた噂、都市伝説に『火人』と言う物がある。
人型の炎が現れる、と言う物で、火事の犠牲者と結びつけられて語られた。
さすがに多くの被害者犠牲者を出した大震災直後にそう言った事を声高に叫ぶのは不謹慎と言う意識が働いたのだろう。節操の無いオカルト雑誌も記事は控えたらしい。今ではこの情報はほとんど見かけない。
こう言う例は珍しい話ではない。
例えば、国内でも最悪の飛行機落下事故現場は現在心霊スポットと言われているが、実際はこれは事故から数年後に徐々に浮き出た噂だった。
火人の代わりに姿を見せたのが『くねくね』だ。
災害と言う事実に対するその抑制が『くねくね』と言う都市伝説を作り上げた、と考えるのは直接的に過ぎるだろうか。
こう言った、根元がはっきりしない都市伝説は容易く拡散する。
実の所、都市伝説と呼ぶに値する怪談は少なくとも江戸時代から存在する。
大阪で生まれた怪奇噺が東海道を通って江戸に広まる、なんて珍しい事でもない。中には大阪で起きた珍事件が、なぜか江戸では怪談に化けたりした。
東海道沿岸にはまるでそんな話がリレーされたかのような変化する痕跡が残る事もあった。
近代になってからもその形式は変わらず、日本中の怪奇話は東京に集まり、そしてまた拡散する。
昭和に流行った学校の怪談の元ネタが戦前の恐怖話だった、なんて幾らでもあるのだ。
まして今の時代の情報拡散速度は二十年前の比ではない。
だが一方で、奇妙な話もある。
都市伝説『くねくね』の話が広がったのは2000年前後。
被災地周辺の物から、全国各地の山間部田園地帯に飛び火した。
これはいい。あってもおかしくない事だ。
平成の世になっても傑作都市伝説『消えた村』なんてネタは幾度と無く使われる。まして廃れつつある里山は、廃屋などもあるので格好のネタ場なのだ。
しかし。
『くねくね』の「目撃」が日本全国に爆発的に広がったのは、更に十年以上後になる。
それも、ある特定の日付以降に集中する。
阪神淡路大震災の前例からピンと来た人もいるかもしれない。
2011年3月11日
東日本大震災だ。
犠牲者、被害の多くは津波だったが、その地震の規模は内陸部も大きく揺るがした。交通のマヒに電気の停止。
多発する余震も大きく、そちらでも多数の被害が出ている。
ここまで読んだ方の中には疑問を抱く人も居るだろう。
つまるところ『くねくね』とは地震による被害者なのか? と言う事だ。
結論から言おう。
否だ。
大地震と『くねくね』には大きな因果関係があるが、アレは犠牲者の霊などと言うようなものでは決してない。
もっと強大で悍ましく、人の側に有りながら人には決して理解する事の出来ない世界のものなのだ。
2 次元の歪
こんな話を聞いた事は無いだろうか?
巨大地震が揺るがしている物は地面だけではない、と言う話だ。
実際、巨大地震の際には空などにも異変が起きると言われる。
地面に居る動物ならともかく、今まさに空を飛んでいる鳥が泣き叫ぶと言う事態もある。
巨大な質量が動くのだから、空気を通して振動が空を揺るがすのも当然なのだが、都市伝説ではそれを越えて、空間、次元すら揺らぐのではないか、と指摘する事がある。
近代の観測史上では大きな転移のような被害は出ていないものの、奇怪な空気の流れなどが観測された例がある。
日本でも大地震の際に空気が流れる筈の無い場所に流れたと言う観測データがある。
まるで、どこかに穴が空いてそこに空気が流れたような、そんなデータだ。
中でもオカルトの世界で有名なのがアメリカ東海岸で起きた、ある地震で観測されたファイアストームだ。
元々、アメリカの地震は西海岸の方が圧倒的に多く、東海岸には地震が少ない。備えも対処法も無い場合が多く、火事による二次災害も起きやすい。
当たり前だが、火事は熱を起こす。これが空気の対流を引き起こし、天候の変化や突風を生み出す。
しかしこの時は、有り得ない形でファイアストームが発生した。
ある一点に向かうように、風に乗った何本もの焔の柱が渦巻いたのである。
そしてもう一つ。
奇妙な話が上がり始める。
この地震の直後からアメリカ国内で、ある都市伝説が流行する。
『のっぽの男』と呼ばれる、黒い人型の話だ。
この人型を目撃すると、精神異常を中心とするダメージが発症し、最悪死に至る。
しかし、報告を見る限りでは何故か行方不明などの『くねくね』とほぼ同じ結果を引き出すようだ。
近年イギリスで創作された怪人噺と混同されがちだが、別物である。
今なお、この黒い人型に遭遇して錯乱した人々による銃乱射事件なども起きており、アメリカで密かな問題になっている。
陰謀論、宇宙人論も多い。
しかし、これは『のっぽの男』と呼ばれているが、実際は人型をした何かである。
黒スーツを着ている、無数の触手を生やしている、などは都市伝説化した際のオプションに過ぎない。
『くねくね』と『のっぽの男』は同じモノである。
正確に言えば。
全く同じ現象である。
この二つには明確な意思と言う物は存在しない。
人間に害意を持っていると言う事も無い。
人間を意識していると言う事すらない。
この二つは、大地震によって発生した歪みによって裂けた次元の壁の亀裂である。
その裂け目から人の理解を越えた外の世界を見てしまった者たちは、そこに潜む人の想像が生み出した神など比肩すらしない、絶対的な超越存在の前に、狂気の世界に落ちるのである。
『のっぽの男』の触手と言ったオプション部分は、全て狂気に囚われた人々の想像が生んだ産物と言える。
行方不明になったのは人さらいではなく、向こう側、次元の狭間に落ちたと言う事だろう。
我々の世界は頑強な心休まる安全地帯ではない。
大いなる存在の座する外と薄皮一枚で隔てられた、不安定な世界に過ぎない。
しかも、その卵の殻よりも薄い壁が、どんどんもろくなってきている事は明白な事実だ。
巨大地震が頻発し、その度に怪現象が観察されている。
人の手を越えた進行が始まっているのだ。
もし貴方が『くねくね』に出会ったのなら、絶対その先を見ようとしてはいけない。
その先にあるものは、ヨグ=ソトースの玉虫色に光り輝く巨大な瞳の一つなのだから。
『のっぽの男』はどう考えてもニャルラトホテプにしか思えない。