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Café Silent

作者: 時邑亜希

「初めての店に入るのには、ちょっと勇気がいる。まして、その扉にこんなことが書いてあったなら。」


という書き出しで2000字で書くヨミティの企画が昔ありました。

今もあるんですかこれ?


昔に書いたやつですが、箸にも棒にも引っかからなかったものです。

まぁでもせっかく書いたんだから。


 初めての店に入るのには、ちょっと勇気がいる。まして、その扉にこんなことが書いてあったなら。


『店内においての一切の発声を禁止しております。Café : Silent』


 要するに喋るなということだろうか。「うちの自慢の珈琲は黙って楽しめ! ぺちゃくちゃ喋りながら飲むんじゃねぇ! 」そんなこだわりの頑固親父がマスターなんだろう。そう考えると味には期待だ。


 店の扉を開ける。サイレントというだけあって喫茶店によくあるような鐘の音はない。古い木でできている扉が少しだけ軋む。そんなレトロな音だけ。


 平日の夕方にもかかわらず、店内には数名の客がいた。テーブルで新聞を読む仕事帰りのサラリーマン。二人でゆっくりとした時を過ごしているカップル。そしてカウンターに座っている二十歳くらいの女性。ま、近頃の喫茶店事情にしてみれば入ってる方か。


 カウンター席に座ると、マスターが何も言わずにメニューを見せてくれた。とりあえずおススメっぽいオリジナルと手作りのシフォンケーキを指差して注文する。するとマスターは何も言わず頷いて、珈琲を入れ始めた。


 誰も何も言葉を発しない店内。カウンターの中に置かれたレコードからは小さな音でクラシックが流れている。店が静かなせいか、レコード特有のあの雑音のような音がよく聞き取れる。不思議な感覚だ。普段こういう雑音は、音質が悪いだの言ってけなしているはずだが、これは何ら不快感を感じない。僕の世代だと、レコードなんてほとんど聞いたことがないというのに。なぜか、懐かしい。


 やはり何も言わずにマスターが珈琲とケーキを置く。マスターの表情は温和で優しい。「ごゆっくり」といったところか。頑固親父なんて感じはまったくない。言葉がないからこそ表情で全部わかる。おべっかな接客用語なんて彼は必要としていない。


 時折立ててしまうカップの音が何故かこの場所じゃ雑音に聞こえない。サラリーマンのめくる新聞の音がむしろ自然に感じる。マスターの入れる珈琲のこぽこぽとする音がリズミカルに聞こえてくる。ここはそういうところなんだ。おそらくサラリーマンはこの懐かしいレコードの音を聴きにやって来るんだろう。あのカップルはお互いの表情を読みあって理解を深めている。なるほど、いい店じゃないかここは。


 さて僕はというと、さっきからずっとこっちを見ている彼女に、そろそろ答えを返してあげないといけないようだ。どうして普段マシンガンのようにおしゃべりな彼女がこの店を指定してきたのか。じれったそうな顔で僕を見る彼女は普段と違い可愛らしくて。


 僕はきっと、次の待ち合わせもこの場所にすることになるだろう。

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