レヒトの過去
俺は里子だった。両親の顔も知らない。だけど物心ついた頃には、グレイヴっていう、自分の事を英雄って呼ぶふざけた人の元にいた。誰もいない、辺境の森の奥で2人ひっそりと静かに暮らしながら。
俺自身、その人が父親みたいなもんだった。
「お前には俺は越えられないさ」
男なら、誰でも父の背中って大きくあって越えたい壁なんだと思う。
「うるさい!僕だって本気を出せば親父くらい簡単に倒せるッ!」
その時は、なんで親父が自分の事を英雄と呼ぶのかが気になっていた。何千年も前の戦争なのに、〈神都戦争〉に参加していた、なんて馬鹿げた事を言っていた。家ではだらけているし、何か特別な事をしている所なんか一度も見たことがなかった。
俺は、親父が剣士だったなんて全く信じてなかった。親父が剣を持っている所なんて見た事すら無かったからだ。
「やれるもんならやってみやがれってんだッ!!」
毎日のように殴り合いを挑んでは、毎日のようにボコボコにされた。腹が立ったし、嫌いだった。それでも、きっとそういう日々を幸せっていうんだろうなって、後になって思った。
「親父!僕にもお前の剣を貸しやがれッ!」
「『おとうさま』に向かってお前とは何だお前とはッ! ?いい度胸してるじゃねえか!」
今でも時々夢に見る。あの日の事。あんなことしなきゃよかったって、俺ずっと泣いてた気がする。あの時何が起こったのかは今でもよく分からない。だけど確かだったのは、たった一人俺を想っててくれた人の事が、全部後悔と思い出に変わったって事だった。
「お父さんッ!僕…ぼくは…っ」
「もう泣くな。俺がなんとかしてやっからさ。でも、もし俺かここへ帰らなかった時は…」
「嫌だッ!お父さんがいなくなったら!…僕…ひとりだ…」
父と共に名を馳せた魔剣。俺はそれに触れてしまった。まばゆい光に包まれたかと思えば、立っていられなくなる程の…幼い子どもにでも分かる強い魔力と邪気を感じた。
真っ黒の炎に、心まで持っていかれそうになる。辺りは、地獄絵と化していた。
大丈夫。大丈夫。父はそう何度も俺に言い聞かせてくれた。
「あいつの封印を、変身で解きやがったか…ったく、面倒な息子を持ったもんだぜ」
「父さんっ…!」
「生きろよ」
吹き荒れる風、目を晦ませる程の光。それに立ち向かう父の背中。
そこにいたのは、英雄。
そして…父は、戻らなかった。
……。
………………。
『強さは、誰かに見せるもんじゃねぇ。
誰かに向けて使うもんでもねぇ。
いつか、お前にも分かる時が来るだろう。
それに気付いた時、剣を振るえ。大切なものを、守ってみせろ。
お前は、きっと強くなれる』
夢のような場所、光の中で聞いた親父の最期の言葉だった。