美しき姫君
「…………え……」
豪華な壁、床、シャンデリア。飾り立てられた玉座。そしてその奥…大きすぎる椅子には、煌びやかな装飾を施された青いドレスを纏った、青紫色の髪の少女が俯きしゃんと鎮座していた。
「あれ…王様…なのか?
いやいやいや、そんな訳無い、か」
そっと近寄り、顔を覗き込む。
端正な顔立ちに、少年は小さく呟いた。
そして…どこか、懐かしいような、寂しいような………そんな気持ちになった。
彼女の目から…涙が零れた事を、彼は見逃していなかった。
「…………。
綺麗な眼だ………
まるで…空みたいな」
その声に反応するように、少女は顔を上げる。その目に映っているのは確かに自分であるはずなのに、自分ではないように思えた。
「………あなた…誰?」
「お前…1人…なのか?」
誰、と質問された事も忘れ、そう聞き返した。しかしこれは、それ程に不思議な事だったのだ。
そう寂れてはいない城に女王と思わしき少女がいる。なのに、彼女以外には人を見つける事は出来ない。何かあった、俺はそう直感的に感じた。
「…………ひとり」
「そっか」
「………うん」
どれくらい、時間が経ったのだろう。
2人の間には、時を刻む針の音がコツ、コツと響いていた。
「寂しく…ないのか?」
「……。寂しい…のかもしれない」
「…辛くないのか?」
「……………つらい、のかも」
少年はため息をついた。恐らく、15か16くらいの歳だ。会話が出来ない歳ではない、と思ったからだ。
「かもしれない、って何だよ、お前の事じゃないか」
少女はしばらく、下を向いていたが、ふと顔を上げた。
「私…わたしは…
何も……分からないの…悪魔は…?」
(混乱しているのか?それとも、記憶喪失…?)
少女は、涙目になりながら自分の手のひらを見る。その小さく項垂れた体は、小刻みに震えていた。彼女は何かに、怯えているように見えた。
「大丈夫…大丈夫だ。俺がそばにいるから」
何を考えていた訳でもない。俺は咄嗟にそう言い聞かせた。小さく震える体が、今にも崩れてしまいそうだった。
「っ………」
「怖くない、から」
「こわく、ない………」
ようやく柔らかな表情で微笑んだ彼女を見て、ある事を思いついていた。この何も映らない瞳に、何か映してあげられたら。昔からの困っている人を放っておけないという癖が俺自身を動かしていた。この子の為に、何かしてあげたい。そう思った。
「俺と一緒に、来るか?ここにいても…この城は…。俺と、旅…してみないか?」
「……ふふっ」
「?なんだよ…」
「ありがとう。貴方のおかげで、落ち着いた。こんなに誰かとお話したの…とっても、久しぶりで。懐かしい」
そう言って、薄く微笑む。彼女はまだ、『懐かしい』の本当の意味も…本人すら気付いていない涙の理由も、理解していなかった。
「ねぇ。私を…攫ってくれる?」
少女は、囁くように言う。
「私の…名前…エルミナ・シャルンデリオル・ド・エルシア」
「え?エル…?もう一回言ってくれ…」
「…エルシア」
「ん、分かった」
彼は、彼女に手を差し伸べた。
「俺が守る。何があっても…必ず守る。どこへでも連れて行くよ。約束だ。
だから…俺と一緒に行こう。姫様」
「…ありがとう、ええと…」
「レヒトだ」
エルシアは、レヒトの手を取った。
ここから始まる、長く、切なく…そして楽しい冒険をエルシアはまだ、知らなかったー。