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妖かしに贈る唄  作者: 樋桧右京
第三節 嵐遭えども
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第三節 嵐遭えども(1)

   第三節 嵐遭えども


 山伏姿に錫杖を手にした長の太郎坊を始めとする妖怪達は、上戸港を眼下に見下ろせる丘に集っていた。太郎坊の背後には、彦衛を始めとした大勢の鴉天狗達、一つ目の龍である一目連、腕だけがやたらと長い男を肩車する脚の長い男の二人組足長手長、その他、一目入道、鎌鼬、化け猫、連絡要員として山彦や鳥妖達といった具合に、多種多様な妖怪達が控えていた。

「彼奴は確かにあそこか、彦衛」

「はっ。蟲妖どもに探らせましたところ、九郎達もあそこにおります。あの港にはご覧の通り、人間共の鉄の船が停まっております。こちらがあやつらの悪事に気がついている事は、向こうにとっても明白。さっそく船に妖玉を使おうとしているものかと」

 片膝を着いた姿勢のまま、彦衛は報告した。

「妖玉は世に出しては、余りにも危険。我らに従わぬ妖怪の手にでも誤り渡れば、大きな厄災ともなろう。者ども! 我らを謀った事を人間共に悔やませるがいい! 行け!」

 太郎坊の合図と共に、鬨の声を上げながら妖怪達は一斉に港目指して丘を駆け下りる。

 そして人気のない門をくぐり、敷地内へとなだれ込んだ。だが、その異様な雰囲気に妖怪達の足が止まる。辺りを見渡しても、一人の兵すら見つからない。港にまるで人気がないのだ。妖怪達には人間の軍隊の事など、よくは分からないが、船が出払っているわけでもなく、このように港が静かな事は異常だと言う事だけは理解できた。

「これは、一体!?」

 強い抵抗を受けると踏んでいた太郎坊は、拍子抜けすると同時に、強い警戒心を抱く。

 次の瞬間。

 岸壁に係留中の三笠に備え付けられている探照灯が、妖怪達に向けて照らされる。

「ぬ! 待ち伏せか!」

 太郎坊は突然向けられた光の眩しさに、目元に腕で影を作る。

 艦橋に立つ鷹束中将は、太郎坊ら妖怪達を見下ろすと、右腕を上げた。

 それを見た参謀長が、伝令少尉に命令を伝える。

「艦障壁、全方位展開始め!」

「艦障壁、全方位展開始め!」

 それを受けて伝令少尉が、すぐ横にある伝声管で部署へと命令を伝達した。

 すると、紅い複雑な文様で構成された通力による障壁が、三笠全体を繭のように包む。

 同時に、甲板で息を殺して待機していた兵達が、サーベルや小銃で武装した姿を見せる。

「ぬ! させぬわ! 者ども、かかれ!」

 太郎坊の号令の下、太郎坊の側には彦衛と護衛の鴉天狗一人だけを残し、妖怪達は一斉に三笠に取り付こうとする。だが三笠を包む障壁の前に、爪を立てようが炎の息をぶつけようが、それ以上近付く事が出来なかった。

「ぬうう、何と忌々しい」

 しかしふとその時、太郎坊は疑問を抱く。障壁で阻んでいる間に銃で攻撃してくるものと踏んだ太郎坊であったが、船上の兵達は武器を構えてはいるものの、攻撃をしてくる気配が全くない。こちらの消耗を待つにしては、いささか消極的すぎる。

「どういう事じゃ、これは」

「長、あれを!」

 彦衛が指し示す方を太郎坊が見てみると、そこには建物から出てくる九郎の姿。

 両親も既に無く、甥と言う事で、多少目を掛けてやろうと思っていた矢先の裏切り。太郎坊は烈火のごとき怒りに声を荒げる。

「九郎! この儂を謀った事、その身を八つ裂きにしても怒りが収まらぬ! 覚悟せい!」

 九郎は黙して語らず、ただ頬を吊り上げて笑みを返すと、天狗の面を身につけ、鞘に収めたままの『次郎丸』に手を掛けて太郎坊へと向かって走り出した。

「舐めるな!」

 太郎坊は手にしていた錫杖を鳴らし、九郎に向かってその先端を突き出す。

 錫杖に小さな雷が無数に発生したかと思うと、一瞬にして錫杖の先端にそれは集約し、龍の如き閃光となって九郎に襲いかかる。大きく横に跳んで九郎はそれを避けると、跳躍し、一気に太郎坊との間合いを詰めた。目標を捉え損なった雷の龍は、先程まで九郎がいた建物に当たると同時に、建物の一部を破壊し、轟音を立てる。

 間合いに入り込んだ九郎は、『次郎丸』を抜き放ち太郎坊に向かって一閃させる。

 太郎坊は錫杖でそれを受け流すと、体勢の崩れた九郎の頭を狙い、錫杖を容赦なく打ち下ろした。だが九郎は、攻撃を予測していたかのように、太郎坊の攻撃を確認する前に後ろに一歩跳ぶ。錫杖は空を切り、大地を穿った。

「小癪な!」

 更にお互い攻撃を繰り返すも、どちらも一歩も退かず、相手に攻撃が届かない。

 その時、彦衛の目が妖しく光った。

(この状況なら長を斬ったのは九郎という事に出来、長も戦いに手一杯でこちらの事など全く気にも留めていない。これぞ千載一遇の好機!)

 二人の戦いを冷ややかに見守っていた彦衛は、懐に手を当てた後、手にしていた杖から、仕込まれていた直刀をゆっくりと引き抜いた。仕込み杖だ。そして、九郎との戦闘に夢中になっている太郎坊の背中狙い、剣を振り上げた。

 そして斬りつけようとした、まさにその時。

 彦衛はあり得ない声を耳にする。

「そんな事は、あちしがさせんけんな」

「何!?」

 彦衛は声の方へと振り向くと、護衛に残っていた鴉天狗が彦衛に向け、氷の粒を纏わせた手を突きだしていた。次の瞬間、氷の粒は吹雪のように彦衛を襲う。氷の粒はその両の腕をみるみる凍り付かせると、あっという間に肩から指先までを氷の中に閉じこめた。

 護衛の鴉天狗は煙と共に一瞬姿を消したかと思うと、耳と尻尾を生やした着物姿の壬夜が代わりにそこに現れた。

「あちしは妖狐。この姿も、そもそも化けた姿やけんな。鴉天狗に化けるのくらい、お手のものやで」

「一族の者に化けていただと!? 壬夜! お主、あの状況からどうやって!?」

 彦衛は目を見開き、驚愕の声を上げた。

 背後の異変に気がついた太郎坊は、九郎から間合いを取り、様子を窺う。そしてそこに死んだと聞かされていた壬夜がいた事に、太郎坊までもが驚愕の声を上げる。

「壬夜!? 九郎に斬られたのではなかったのか!?」

「兄ちゃんはそんな事しないけん。あちしを殺そうとしたのは彦衛の方や! 懐にその証拠があるで!」

 九郎は彦衛に向かって大きく跳躍すると、刃を一閃。着物の胸元を切り裂いた。

 すると、そこから妖しく淡い光を放つ妖玉がこぼれ、音を立てて地面へと落ちた。

「それは妖玉!? 彦衛、何故お主がそれを持っている!? 壬夜、どういう事だ!」

                †

 彦衛に上空から落とされた時、壬夜は死を覚悟した。

 だが森のすぐ上まで来た時。

 想像していた激突の衝撃とは遙かにかけ離れた、軽い衝突の感触が背中に感じられたかと思うと、次の瞬間、訳も分からず激しく右へ左へと大きく揺さぶられた。

「お! ぬぐ! んあ!?」

「顎を引いて歯を食いしばっていろ、舌を噛むぞ」

 すぐ側から、聞いた事も無い男性の声でそう忠告された壬夜は、言われたとおりきつく口を閉じた。視界も激しく乱れているため、その姿の確認もままならない。ただ、男が壬夜をその腕に抱いている事だけは何となく理解出来た。とても長く感じたが実際は数秒の事だろう。ようやく揺さぶりから解放された壬夜は、森の中の地面に降ろされた。謎の男に壬夜が目を向けると、そこには陸軍の制服に身を包み、口髭を蓄えた一人の男が立っている。周囲を見上げると高い杉の木が立ち並んでおり、よく見れば木の幹の所々に僅かに抉られた生傷が見て取れた。

「もしかして木から木へ稲妻みたいに跳んでおりたんか!?」

「ん? ああそうだ」

「すごいな、おっちゃん! 助けてくれて感謝するけんな!」

 髭の男は頬を掻きながら眉を潜めた。

「おっちゃん……まあいい。ところでミコ、お前、何だか随分と背が縮んでないか?」

「ミコ? あちしは壬夜や」

「ミヨ?」

 その時である。

「壬夜!」

 天狗の面を着け、森の木々の間を駆け抜けてくる九郎の姿が、壬夜の目に映った。

「兄ちゃん!」

 九郎は僅かに距離を置いた場所で足を止めると、刀の柄に手を掛ける。

「その姿はまたあなたですか。確か……ザ・ダック」

「そうそう、白い羽毛が自慢なんだ、って誰がアヒルだ、こら。ザーダックだ」

「面白い方ですね」

 どこまで本気か分からない笑みを浮かべる九郎。

「まあ、いい。とりあえずまた会ったな、ヤマダシンエモン」

 きょとんとする九郎。そして何か思い出したように口を開く。

「…………あ、はい、ヤマダシンエモンです」

「おい、何だ今の間は。お前まさか……」

「それはさておき」

 言葉を挟み、その話題を無理矢理終わらせる九郎。

「今度は壬夜を襲う気ですか?」

「おいおい、勘違いするなよ。オレはこいつを助けてやったんだぜ?」

「せやで、兄ちゃん」

 壬夜は九郎の下へ駆け寄ると、九郎達と別れてからのいきさつを話した。

「それが事実ならば、長の誤解を解かなければなりませんね」

「せやけど、証拠がないで。あちしが今話した事長に言うても、今度は兄ちゃん達とあちしが共謀して、あちしが斬られた振りをしていた、言われたらどうしようもないけん。前に妖玉を狙っていた事は事実やしな」

 二人が頭を悩ませているところに、ザーダックが割って入ってくる。

「そっちの事情はともかく、ルヴェリウスに気をつけろ。奴はミコ、あの時オレが殺すはずだったあの女と爺の抹殺を狙っている。ヒコエが殺そうとしたのも、本当はミコの方だ」

「どういう事ですか? ルヴェリウスとは?」

「お前は会っているはずだ。銀髪のチビ女。覚えがあるだろう?」

 九郎はすぐに、里近くの祠で襲ってきた少女の事を思い出した。

「確かにあの時、ミコとか言っていましたね」

 ルヴェリウスは巫女の存在を恐れており、妖怪と人間の仲違いを画策していた彦衛に接触した。そして妖玉をエサに入れ知恵したのがルヴェリウスだと、ザーダックは説明する。

 九郎達が祠を訪れた翌日、彦衛は封印の定期確認のために祠を訪れていた。そしてそこで妖玉を持ち出された事を知る。そこでルヴェリウスは静音達一行が、妖玉を持っている事を彦衛に吹き込み、静音の暗殺、そしてその後の太郎坊の暗殺を提案した。その接触以降の連絡役をザーダックが担ったという。

 確かに静音を妖怪が殺せば、人間側の対妖怪への感情は最悪のものとなっていただろう。また、穏健派の太郎坊が生きていては、いつかはその関係の修復がなされる可能性が無いわけではない。両者の関係を完膚無きまでに破壊するには、やはり邪魔だったはずだ。

 ルヴェリウスが巫女や太郎坊の存在を消したいのならば、両者の利害が一致する。

 だがそこで、九郎は一つの疑問を口にする。

「なるほど。そこまでは分かりました。しかし、ルヴェリウスはなぜ長の命まで狙うのでしょうか? それに何故彦衛だったのでしょう? 祠に来ていた者が、そんなに都合良く提案に乗る保証は無かったはずです」

「さあな。オレが分かるのは、アレが爺をやたらと恨んでいるってぇ事位だな。ただ……」

 一つ前置きをしてから言葉を継ぐ。

「理由は分からんが、ルヴェリウスは手駒を探している。オレの様にな。おそらくたまたま、じゃなく前から目星を付けていたんじゃねぇかな。ま、これはオレの想像だけどよ」

 そう言うと、ザーダックは肩を竦めた。

「という事は、これも罠の可能性があるわけですね」

 九郎は壬夜を背後に隠すと、刀を構え直す。

「そういう事だな。オレの話を信じるも信じないも勝手だ。だがオレも好きでやってる訳じゃねぇし、自由になりたいと思っている。一つ言っておけば、今アレは、てめぇで表に出るのを嫌がっているようだ。だからオレもこうやっていくらかは自由に動けるってわけだがな」

 九郎はそこまでザーダックの話を聞くと、しばし思案した後、問う。

「最後に一つだけ。あなたの目的は何ですか?」

 そういうと、ザーダックは口端を吊り上げて笑う。

「言っただろう? オレは自由が欲しいだけだ。誰かに使われて戦うのは気にいらねぇ」

「自由……ね」

 何かを言の裏に含ませる九郎であったが、ザーダックは何も応えない。

「後は好きにするんだな」

 ザーダックはそう言残すと、足場の悪い森の奥へと、軽快に跳躍しながら消えていった。

 それを見送った壬夜は、九郎の上着の裾を引っ張った。

「そういえば兄ちゃん、何でここにいるん? 港に向かったん違うん?」

「……彦衛の目です」

「目?」

 オウム返しに問う壬夜に、九郎は頷いた。

「彦衛が僕たちに向けていた目。あれには侮蔑、愚弄、忌避といったものの隠った、こういっては何ですが馴染みのある視線でしたので、嫌な予感がして来てみたんです」

「心配して助けに来てくれたっていう事?」

 目を輝かせる壬夜の視線から、気恥ずかしそうに目を逸らす九郎。

「……まあ、有り体に言えばそうなりますか。壬夜には恩もありますしね。もっとも肝心な時には間に合いませんでしたが……壬夜?」

 壬夜は九郎の脚に嬉しそうに抱きついた。

「ありがとうなぁ、兄ちゃん」

「……僕は結局何もしてません。それよりもこれからの事ですが、壬夜に協力してもらいたい事があります。少々危険ですが、頼まれてくれますか?」

 壬夜は九郎からは離れると、強く頷く。

「ええで。あちしも殺されかけて彦衛の奴は許せんけんね。どうすればいいん?」

「一番肝心なのは、妖玉を彦衛が持っている事を証明する事です」

                 †

「と、言うわけで今まで鴉天狗に化けて彦衛を見張っていたんや。妖玉をどうにかされないよう見張る意味も含めてな」

「長を殺した後の事を考え、あなたは自分が長の座に着くために、皆が納得する大義名分が欲しかったはずです」

 彦衛は図星を突かれたのか、あからさまに顔を歪ませ、狼狽する。

「僕がこの状況で長に斬りかかれば、きっとあなたは隙を突いて長を殺し、あちらの艦に意識を取られている他の妖怪達には、僕が長を殺したと大々的に宣伝したでしょう。そしてあの妖怪達の前で僕を殺し、長の仇を取る。これで一応の大義名分は立ちます」

 それを聞いた太郎坊は、その身体のどこから出ているのかと思う程の声量で、妖怪達に告げる。

「攻撃止めい!」

 障壁を何とか破ろうとしていた妖怪達の手が止まり、一斉に振り返る。

「彦衛、どうなのだ! 言い分があるなら申してみよ!」

 九郎の説明に、何も反論の出来ない彦衛に太郎坊が迫る。

「くっ……これまでか……」

 彦衛は項垂れて、観念したかに見えた。

 その様子に、九郎や壬夜の緊張が、ほんの僅かだが一瞬緩む。

 だが次の瞬間、その隙を突いて彦衛は足下に落ちた妖玉を足で後方へと蹴り飛ばすと、力で氷の戒めを砕き、その翼で妖玉の所へと飛ぶ。そして地面に転がる妖玉を拾うと、それをすかさず飲み込んだ。

「これで奪えまい! 人間に気を使って生きるなど、何の冗談だ! そのような生き方、拙者は我慢できぬ! 我らの力ならば人間を屈服させるなど造作もないはずだ!」

「彦衛! 人と妖怪は生活圏を完全に共にする事は出来ん! ならばどこかで折り合いを付けていかねばいかんのだ!」

「ならば、人間が我らの機嫌を伺えばよい!」

 彦衛は長の言葉に耳を傾ける事は無かった。そしてその身体はみるみる内に筋肉が肥大化し、二回り程大きくなる。

「素晴らしい……このような力をただ封印しておく等、愚の骨頂。拙者が有効に使ってみせようぞ!」

 彦衛はそう言うと、地を蹴り、羽ばたきながら剣を振り上げて長に斬りかかる。

 九郎はそれを受けようとする長を突き飛ばして自らも避ける。空を切った彦衛の刃は、激しい地響きと共に、地面に大きな穴を穿った。血走った憎悪の目で九郎を見つめる彦衛。

「九郎! 貴様のような穢らわしい混血の者の存在、拙者は認めぬ! ここでその血を絶やしてくれる!」

 九郎に向け、彦衛は唸りを上げながら剣を何度も振るう。

 だが、どれも紙一重の所で九郎は避け続けた。

「ちょこまかと!」


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