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妖かしに贈る唄  作者: 樋桧右京
第二節 花集う
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第二節 花集う(6)

 ハロルドは静音の座る椅子の後ろから、立ったまま話し始めた。話の詳細はこうだ。

 ネヴィス軍は、艦隊到着前にモンスター兵による、帝国本土への奇襲を考えている事。そのために帝国陸軍の一部と内通し、陸軍の動きを鈍くさせる手はずを整えている事。これに関しては、静音と九郎の証言がそれを裏付ける。そしてモンスター兵は、一兵卒自体には自我がないため、それを指揮する小隊長的存在を倒せばその小隊は機能しなくなる事を伝えた。

「小隊長は目と口が縫われていないため、すぐに分かります」

「そのような兵とは……なんともにわかには信じ難い話よ」

「お兄様!」

「分かっておる。静音達も見ているというのだから真実なのだろう。ならば……」

 鷹束中将が更に何かを言いかけた時である。突然建物の外、港の方が騒々しくなり始める。悲鳴のようなものの後に、数発分の銃声も混じっていた。そして程なく、半鐘の音がけたたましく鳴り響く。鐘の音は五回鳴らされると一拍置き、再び五回鳴らすと言う事を繰り返していた。それは非常事態を報せる音だった。

「敵襲のようだな」

 微塵も慌てる様子を見せず、落ち着き払った態度で呟く鷹束中将。

 ハロルドは窓から港の方に目を向けると、次々とマーマン達が海中から現れ、陸地へと上がってきているのを確認した。

「マーマン! 遅かったか!」

「せっかくのハロルド様のお覚悟が……」

 決死の覚悟でハロルドが、大和帝国のために情報をもたらしてくれたにも拘わらず、それも徒労に終わってしまった事に、静音は沈んだ声になる。

 だが鷹束中将は悠然と立ち上がると、静音の言葉を否定する。

「いいや、無駄ではない。少なくとも敵の正体を把握した上で対応する事が出来る。少尉、情報提供感謝する」

 窓の外を見ていたハロルドは、中将に向き直ると、敬礼を持ってそれに応えた。

 廊下から慌ただしい足音が聞こえてくると、ハロルドは急ぎ椅子の陰に身を隠す。

 ノックももどかしいといった具合で一人の士官がドアを開け、敵襲を告げた。

 中将は指示を出すと、士官は敬礼し、先程と同じように慌ただしく退室していく。

「さて、儂は指揮を執らねばならん。とりあえず君達はここで……」

 待機するように。そう言いかけた中将の言葉を、九郎が遮る。

「僕は本来、退治屋として静音さんに雇われました。その仕事もとりあえず終わりましたし、人外との戦いは兵士の皆さんよりも慣れています。兵士の方々の邪魔はしません。いかがですか?」

 するとハロルドも前に進み出た。

「俺も海軍所属ではありますが、元々国内の怪物を倒すための部隊であるエクソシストです。俺にも戦わせて下さい!」

 少しの間だけ鷹束中将は二人の顔を交互に見ていたが、すぐに頷いた。

「陸に上がって、兵の半数は町に繰り出してしまっている。今は一人でも多い方が助かる」

「では商談成立と言う事で」

「感謝致します」

 九郎はそう言うと窓を開け放った。そして縁に脚をかけたとき、静音が九郎の元へと駆け寄る。

「九郎様、どうかお気を付けて。無事のお戻りお待ちしてます」

 静音の懇願するような瞳に、九郎は微笑み頷いた。

「行ってきます」

 九郎はふと口を突いて出たその言葉に自嘲の笑みを浮かべると、二階の窓から飛び降りる。ハロルドも陸軍兵士の姿を取り、同じく窓から後に続いた。九郎は『次郎丸』を、ハロルドは両刃の剣を抜き放ち、手近な敵から一刀の下に斬り捨てていく。九郎達が駆け抜けた後には、次々とマーマンの死体の山が築かれていった。

 建物からその様子を見ていた鷹束中将が頼もしそうに呟く。

「見所のある若者達だな。ところで……」

 九郎達を見守っている静音を、中将は横目に見ながら言葉を続ける。

「あの天城という男を好いてるのか?」

「エ!? いえ、あの、いえ、そ、そそソそういう訳ではなくテですね、そのおおおお世話ニなったからといいますか」

 思いも寄らぬ不意打ちに、静音はしどろもどろになる。

「実のお父上も早くに亡くし、君にとって義父に当たる私の父も、再婚間もなく逝った。儂も一年の大半が海の上。男性に縁がなかった所為か、男と接する事が苦手だった君が、儂には見せてくれた事のない、あのような表情を九郎という青年に見せるとはな。少々妬けるわ」

 窓から離れると、中将はドアへと歩み寄りながら笑っている。

 恥ずかしそうに顔を赤らめて俯き黙する静音。

「だがな」

 ドアノブに手を掛けて言葉を継ぐ。

「儂の目は厳しいぞ」

 静音に対し、鷹束中将は娘を見る、厳しくも優しい父親のような眼差しを向ける。そして頬を吊り上げ、指揮を執るために部屋を出て行った。

                  †

 襲撃当初は混乱していた海軍兵士達も、落ち着き始めると組織だって反攻を始めた。

 一時は艦のいくつかで敵の侵入を許したものの、九郎達の活躍もあって全て排除が完了しつつあった。あとは残党を始末するのみだ。九郎と兵士達はマーマン達を取り囲む。

 だが不意に、一人の兵士が叫び声を上げた。

「うわあああぁぁぁ!?」

 九郎達は声のした方へ振り向くと、岸壁近くにいた一人の帝国兵が、何かに足を取られ、海へと引きずられていくのが見えた。近くにいた兵が、それを助けようと咄嗟に腕を引く。

「おい、どうした!?」

 しかし、岸壁と、係留されている三笠の間の海から蛸のような触手が現れ、腕を引いていた兵士を絡め取ると、一緒に海へと引きずり込んだ。

 そして入れ替わるように、何本もの触手を蠢かせながら、一体の魔物が岸壁の上へと這い上がって来る。ほとんど人間の女性と変わらない上半身には金属製の首輪以外、何も身につけておらず、長い髪に西洋人の様な顔立ちをしている。しかしその下半身には、一本が男性の太腿ほどの太さもあろうかという触手が十本近く生え、不気味に蠢いていた。

「あれはスキュラ!」

「スキュラ?」

 ハロルドの言葉に、九郎はオウム返しに訊ねた。

「強力な魔法を使いこなし、あの触手は下手に食らえば一撃で全身の骨が粉々だ」

「それは嬉しくない相手ですね。西洋妖怪の専門家としては、どう戦うのがお薦めですか?」

「頭か心臓を狙うしかないな。長期戦は避けたい」

「単純明快ですね。何とか懐に飛び込まないと」

 九郎達は、残りのマーマンの対処は兵士達に任せ、スキュラへと向かう。

 だがその時、九郎の視界の隅に、小銃を持った部隊がスキュラへと向かって銃口を並べるのが映った。射線を塞がないよう、ハロルドの腕を掴み、止める。二人が足を止めると同時に、一斉に小銃が火を噴いた。しかしそれと同時にスキュラは触手を壁のように並べ、銃弾からその身を守る。驚愕する小銃部隊兵達。

 スキュラは触手の壁を解くと、何かを唱え始める。すると背後の海から何本もの水柱が噴き上がり、スキュラの合図と同時に、まるで蛇の様にうねりながら小銃兵を襲った。

 高水圧が叩きつけられ、小銃兵達は耐えきれずに身体が吹き飛ばされる。

 地面に身体を叩きつけられた様だが、呻いている者、何とか身を起こそうとする者等がおり、一命は取り留めているようだ。だが銃は濡れてもう使い物にならないだろう。

「この調子では、ここにある銃が全て駄目にされそうですね」

 銃で片が付けばと淡い期待を抱いた九郎だったが、その期待はあっさり崩された。

「銃で簡単に倒せるなら我々はいらんよ」

 言うなりハロルドは、スキュラへと向かって間合いを詰めていく。

「それもそうですね」

 溜息を一つ吐くと、九郎もその後を追った。ハロルドが一気に間合いを詰めると、スキュラは近付かせまいとして、触手を振り下ろす。それをハロルドは横に一歩躱すと、振り下ろされた触手の分、空いた隙間から飛び込もうとする。

 だが両脇の触手が交差してすぐに壁を作り、ハロルドの接近を阻む。

「足下です!」

 背後から駆け寄る九郎の警告に、ハロルドは足下を確認する間も惜しんで、背後へと大きく飛び退いた。すると、つい今さっきまでハロルドの足があったところに別の触手が伸び、絡め取ろうとして空振りに終わる。

 入れ替わりに九郎が間合いに飛び込み、『次郎丸』を振り下ろした。スキュラはそれを一本の触手で受け止める。九郎の刃は、触手の半分ほどを切り裂くも、そこで止まってしまった。切り裂かれた触手はそれでも尚蠢き、刀を絡め取って奪おうとする。慌てて九郎は刀を引き抜き、間合いを確保した。二人が触手からの間合いの外へと逃れると、今度は何かをまた呟き出す。すると何本もの氷の矢がスキュラの周囲に発生し、九郎達に襲いかかる。大半の氷の矢は避けるも、何本かは避けきれずに二人の身体を傷つけた。

「クロー、あのロングノーズマスクの魔法で、触手だけでも何とかならないか?」

 数カ所から血を流しながら、ハロルドが訊ねた。

「昨日今日とで既に四度使っていますからね。正直言えば、今も身体がバラバラになりそうです。この戦いが終わったら、一ヶ月程温泉で湯治させてくれるなら考えますけど、そうもいかないですし」

「シズネの前では格好を付けていたのか。ま、使えるカードで何とかするしかないな」

 スキュラと睨み合う九郎とハロルド。

 しかし、ふと起き上がってくる小銃兵達を見て九郎が思い立つ。

「一瞬だけなら何とかなるかもしれません」


 一旦スキュラから退いた九郎達は、程なくしてまたスキュラの前に立った。

「行くぜ、クロー」

「では」

 その言葉を合図に、九郎達二人はスキュラの両側にそれぞれ挟むように散る。同時に新しい小銃を用意した小銃兵達が、一斉にスキュラに向かって発砲準備を整える。

 先程と同じように触手で壁を作るスキュラ。

 しかし九郎達は、発砲より一瞬早く、スキュラとの間合いを一気に詰める。

 触手は銃弾から身体を守るために使っているため、スキュラが今自由に出来るのは二本足らず。スキュラは残った触手で左右から迫る九郎達を迎撃する。

 発砲する小銃兵達。ハロルドの方が九郎よりも一瞬早く、スキュラに斬りつける。

 スキュラはかろうじてその攻撃を触手で受け止めると、そのままハロルドを弾き飛ばした。そして反対側から来る九郎へと意識を向けるが、そこに九郎の姿は無い。

 スキュラが姿を探そうとした次の瞬間、九郎の『次郎丸』がスキュラの胸を背中側から貫いた。ハロルドに気を取られた隙に、九郎は横に跳び、係留していた三笠の側面を蹴ってスキュラの背後に回っていたのだった。触手が九郎に巻き付き、締め上げようとする。しかし九郎は柄を持つ手に力を込め、更に刃を深く刺す。

「キエエエエェェェェェェ!」

 スキュラの絶叫と共に、触手から力が抜けていく。

 そして九郎が刀を引き抜くと、スキュラは音を立てて崩れ落ちた。

 それを見ていた小銃兵達から、歓声が上がる。

「まったく、無茶な作戦を立てたもんだ。わざわざ銃弾の雨の中に飛び込むなんて」

 軽く足を引きずり、苦笑いを浮かべながら九郎に近寄るハロルド。

 その時丁度、マーマンの掃討も終わったようだった。

「ああでもしませんと、どうにか出来ませんでしたので」

 いくら銃弾はスキュラが防いでくれるとは言っても、流れ弾が当たる可能性のある、危険な賭けだった。そしてそれは現実のものとなった。

 九郎は痛みの余り、その場で膝を着き、太腿を押さえた。

「おい、クロー!? まさか喰らったのか!?」

「一発だけです。大した傷ではありません」

 だが、押さえた傷からは血が溢れ続けている。

「こんな時まで強がるな! 誰か担架を!」

                  †

 建物で九郎の戦いを見守っていた静音であったが、その場所に何人かの兵が寄ってきた後、九郎らしき人物が担架でこちらに運ばれているのを見て、衝撃の余りに戦慄いた。

 慌てて部屋を飛び出し、担架の元へと走る。建物の入り口で担架を待っていた鷹束中将や他の兵達の間を押し退け、担架上で目を閉じて横になっている九郎の所に駆けつけた。

 涙を溢れさせ、取り乱す静音。

「九郎様、九郎様!」

 そんな悲痛な静音の叫びに、九郎は目を開けると、笑みを向けた。しかし痛みのためか、それはどこかぎこちなく、誰の目からも無理をしているのが明らかだった。

「ただいま、戻り……ました」

 静音は、血塗れになった九郎の手を取る。

「はい……はい、お帰りなさいませ。だから、だから……」

 それ以上、静音は涙で言葉に表す事が出来なかった。

 担架が中将の所まで来たとき、九郎に寄り添っていた静音を中将が止めた。

「後は衛生科の者に任せておけ。腕の良い陰陽術の治療師がここには揃っている」

「ですが……」

「男が戦場で傷つき戻った時、支えるのは誰だ! 泣いた所で何も始まらん!」

 義兄に一喝された静音は、しゃくりながらも何とかそれ以上の涙を堪えた。

「それで良い。今やるべき事をやれ。涙は歓びが訪れるその時まで取っておけ」

「……はい」

 静音は華奢な白い指で目元に残る涙を拭うと深呼吸する。

 小さいながらも瞳の奥に強い光を宿したのを、義兄は見て取った。両肩に手を掛けて静音を身体ごと振り返らせると、そっとその背中を押す。

 九郎を乗せた担架が消えていった建物に向かって、静音は力強い足取りで走り出した。

                 †

 上戸港内にある建物のとある一室。治療が終わって、落ち着いた呼吸で今はベッドで眠っている九郎の穏やかな顔を、静音はその横で椅子に腰掛けて見守っている。

 九郎の治療中、静音は敵襲で負傷した大勢の兵達の手当に奔走した。傷の深い兵は陰陽術師に任せるしかなかったが、比較的傷の浅い者の手当を静音は申し出、担当した。

 捕虜村の時もそうだったが、多くの女学校では西洋の最新の衛生学や、基本的な手当、看護知識も教えており、それがここで役に立っていた。帝国軍に女性の兵というのは一人もいないため、唯一の女っ気である静音の存在は、負傷兵、特に若い兵達に活力を与える。

 静音の前には長蛇の列が出来上がり、蚊に刺されたような程度の、些細なかすり傷の者まで並ぶ事態となった。しかし、そんな静音の後ろに鷹束中将が様子を見に姿を現す。その時に静音が中将を「お義兄様」と呼んだ事で、静音の身分を兵達が知るところとなり、蜘蛛の子を散らすようにいなくなるという一幕もあった。そしてそれも一段落し、九郎の治療が終わったと聞いてこの部屋を訪れた静音。治療師の話では、銃創を始め、他の傷も全て術ですぐに塞ぐ事は出来たが、とにかく肉体的、精神的共に疲労が激しいとの事で、術によって眠らせているとの事だった。ハロルドは正体が公になる事を恐れ、他の兵と接触しないよう、中将の用意した一室で待機している。

 静かな寝息と共に眠る九郎に、返事を期待するでもなく静音は語りかける。

「短い間に随分色々お世話になっているのに、私はまだ何もお返し出来ていませんね」

 そう言うと静音は九郎の手を取り、妖怪の里で歌った子守歌を、慈愛のこもった優しい声で口ずさみ始める。

「お池の水面にゆらゆらと 兎の月様泳いでる……」

 例え束の間だとしても、今はゆっくりと眠り、その疲れを癒して欲しい。

 そんな想いを歌に込めて静音は歌う。

「遙々山々この子らを……」

 だがそんな歌の途中、ふと九郎を見てみると、僅かだが淡くその身体が光っている事に気がつく。いや、よく見れば手など、目に映る部分の自分の身体も同様に光っていた。

「これは……」

 その時、静音の頭の中に、祠で見た光と、耳にした謎の声が思い出された。あの時自分の中へと消えていった光の球の存在を、胸の中で温かく感じる。

「言っていたのは、もしやこれの事……」

 静音が呟くと、不意に九郎が小さく呻き声を上げる。

「うっ……」

「九郎様?」

 心配して顔を覗き込むが、特に変わりは無さそうだった。安堵して胸を撫で下ろす。

 その時、なんとなく九郎の唇に目が止まると、昨夜の事を思い出し、顔を熱くする。

「あの時は非常事態でしたから今度は……って、私ったら何を考えているの!」

 九郎を起こさない様、無意識の内に声を抑えて独り言を呟き、雑念を払おうとして頭を振る。だが一度こびりついた雑念は、なかなか離れない。

 静音は聞き耳を立てて、部屋の外に人の気配がない事を確認する。

「えっと……」

 静音は九郎の唇を見つめると、髪をかき上げ、目を閉じゆっくりと自分の顔を近づけた。

「九郎様……はしたない私を、お許し下さい……」

 そして九郎の息遣いを、自分の唇で感じられる程に近付いた時。

「うっ……」

 小さく再び呻いたかと思うと、不意に九郎の瞼がゆっくりと開く。

 その気配に、思わず静音も閉じていた目を開く。重なり合う二人の視線。

「※☆◎〆#仝◇!」

 静音は意味不明な叫び声を上げると、九郎から慌てて離れ、飛び退いた。

「あ、あの、ここコこ、こレは違うんです! 九郎様が、う、うなサれていらっしゃったので、熱を一応診てミようかと思っただけでして!」

 九郎はゆっくりと身体をベッドから起こした。

「そうですか。まあ少々、母の懐かしい夢を見ていましたから、そのせいですかね」

 静音は何とか気を取り直すと、九郎の傍らへと戻る。

「お母様の?」

「はい。母に昔、歌を歌ってもらった時の事を。ですが夢の途中で母がいなくなってしまい、お恥ずかしながら不安に襲われていました。それでうなされたのかもしれません」

「まあ、そうでしたか……」

 静音は九郎がそんな時に、寝込みを襲うような真似をした己を恥じた。

「ですが……」

「はい」

 言いかけてから静音の顔を見て、九郎は苦笑いを浮かべる。

「……いえ、何でもありません」

 夢の中で、突然いなくなってしまった母を捜して不安に陥っていた子供の九郎に、優しい歌声と共に現れて寄り添い、不安を拭ってくれた静音の姿があった事を、九郎は口にしようとして止めた。

「ところで僕は、どれほどの時間寝ていたのでしょうか?」

「四時間くらいでしょうか。外はもう夜になってます」

「かなり寝ていたのですね。ですがお陰様で、かなり体力は回復できたようです」

 そんな時、部屋の外から何者かがこちらへ向かって、廊下を走る音が聞こえてくる。

 そして間もなくその扉が開け放たれた。

「クロー! この国のヨウカイが近くの山に押し寄せてきている!」

 陸軍兵姿のハロルドだ。

「分かりました」

 九郎はベッドから起き上がり、枕元に置かれていた帽子と刀を手にして身につける。

「行きましょうか」

 いつもの笑みを浮かべた九郎は、力強い足取りで部屋を出た。



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