山火事は雨と共に
卒論おわりました
地面が大きく揺れ、視界がぶれて立つのが困難になる。
地震があったのか、だとすれば震源地は近いようだが……アンリはそんなことを頭の隅で考えながら近くの木に背をつけ、息を整える。
相手の隙が、見つからない。
「どこに隠れたんですかぁ《龍胆》さん?隠れても無駄ですよ~」
ー……地震にも動じないって……。
ー彼、感覚がずれてるのかしら?
何事もなかったかのような声が森に響く。
否、森の一部だったその場所は木々が焼け焦げ、年を重ねていたであろう幹には深い傷が出来ていた。二人が争っていた場所は森というより、初期の開墾地帯のような、森林破壊のような……そんな惨状となっている。
男の声を聞き流しつつ、アンリは自身の魔力の残量について思考する。
長い間炎として具現化してきた……そろそろ《魔力源》の排出限界に達するだろう。時間にして約5分。
ー……そろそろ終わらせないと
ー……勝負に出た方が良いわね
「後で始末書書かないとね……イヴァルさんに怒られちゃう、まぁ短剣だしそんなに威力はないと思うけれど……」
そう呟き、木の幹に思いきり短剣を突き刺した。
炎が一気に幹を駆け抜け、一気に木が燃え上がる。
それに気付いた男はそちらを見るが、その直前にアンリは燃え上がる幹を炎の刃で斬り裂いて…男の方へと燃え盛る木が倒れていく。
それを見て男は乱暴に舌打ちをして、《爆発》の魔力が込められている札が付いたナイフを木へと投擲した。
ナイフが刺さった数秒後、周囲を光が包み込んで木が微塵に吹き飛び、火を宿した木屑が宙を舞った。
「あのアマ……大掛かりな小細工しやがって……!!」
「大掛かりな小細工ってことは、中細工って事かしら?」
「!!」
背後から声がしたと同時に男は後ろを振り返りーーー眼先に向けられた瓶を見た。
遠くから怒りの込められた声が聞こえ、青年はすぐさま起き上がる。
今のは愛しい彼の声、彼は組織の中でも古株で強い……否、あの一部の事以外では纏まりのないあの団体を組織と言っても良いのだろうか?
何にせよ、仲間の一大事だ……向かわなければならない。
がーーー立ち上がろうとした青年のすぐ真横の木の幹に、どこからか飛んできた鎌が突き刺さった。
「……えっ」
頬が熱くなるのを感じつつ、飛んできた方を振り返り見る。
そこには、背後に黒いオーラを漂わせているキョクトの女性がいた。
「……森、メチャメチャ……許さない……」
「ギャーーーッ!!人間の形した山姥ぁぁぁぁぁあっ!!?」
物凄く、怖かった。
すぐさま立ち上がり走り出せば、後ろからは木の杭が飛んできたり斧が回転しながら飛んできたり石が飛んできて頭に当たったり……とにかく色々な道具が飛んできた、怖かった。
彼はそういった類いの攻撃も存在も、苦手だったのだ……が、今は仲間が優先とばかりに死ぬ気で走ったのだった。
目を抑え、地面に膝をついて踞る男を見ながらアンリは息を吐き、その足元に魔法陣を展開する。
「《雨》」
魔法陣が一段と輝き、周囲に雨が降り始める。
これで山火事にはならない……と願いつつも、用済みとなったナイフを放り捨て、男を見下す。
「木酢液っていうの、この薬品。木材を乾留させた時にできる木タールの上澄分を使っていて、それに私がニンニクと唐辛子を混ぜて作ったオリジナルブレンドよ~ 」
「て、め……!!」
「唐辛子にはカプサイシンっていう成分があって、痛覚神経を刺激して局所刺激作用をもたらす効果があるの。まぁ痛いわよね、《獅鋼之爪》のおっさんはすぐに目を洗ってたけど……雨じゃまともに目は洗えないわ」
そう言い、濡れてきた髪を後ろに流して男に背を向けるアンリ。
「今回は戦術的勝利ってやつね、ごめんあそばせ」
そう言い、森の奥へと走っていくアンリ。
暫くして雨は止み、燃えた木から灰色の煙が登るだけだった……と。
「ハニー!!大丈夫かハニー何された!?ハッまさか掘られガフォッ!?」
「黙れ糞」
森の奥から出てきた青年の腹部を蹴りあげる。
小麦色の髪を持つ、細身だがしっかりと筋肉のついた体つき……その背と腰には弓と矢がある。
目を抑え、足をふらつかせながら男は立ち上がる。
「油断しましたねぇ……後で《件》さんに治療してもらいましょう……因みに貴方、仕事はどうしたんですか?」
「仕事をしていたら鍬を持った山姥が追いかけてきたって正直に言えば、ハニーは俺を許してくれるのか?」
「分かりました、後で殺します」
「ひでぇ」
唖然としている青年を見向きもせず、男はアンリが去っていた方向を見る。
まぁいい、今回は手を引く事にする……それほど急いではいないし、遅れによって焦る必要も全くない。
「さて、戻って貴方がミスを犯したと報告書に書かねばなりませんねぇ」
「あっピーンときたぜハニー、全部俺の責任にするつもりだな?」
次の瞬間、二人の姿は焼けたその場所から消えていた。




