遺棄は犯罪です
ちょっと放浪の旅に出ていました
首都からクリスタに戻り、アンリはすぐに森の中にある圃場に向かった。
ある程度放置しても問題ないのだが、新品種登録協議会が不発に終わった今、再び祭りに参加するために生育調査を行わなければならない……生育調査は一週間ごと、これは基本である。
そして今、その圃場の近くの花畑で抱き合いながら倒れている男女を見つめている、アンリ。
「極東の子かしら、ランと同じくらいの年頃の……変な服、軍人みたいねぇ……」
かごを近くの岩の上に置き、中から……スコップを取り出した。
「まぁ良いか、埋めとこうかしぎゃんっ!!」
「誰が埋まるか」
起きていたらしい青年に、足払いをされて地面に頭を叩きつけられた。
岩が顔のすぐ横にあることに気付いて少し冷や汗をかきつつ、少女を抱えながら立ち上がる青年を見た。
どうやら言葉が通じるらしい、良かった。
「嫌ねぇ冗談よ冗談、そんなに動けるなら体に異常はないわね」
「……ここはどこだ?」
「クリスタの外れの森の、私の農場よ。私からすれば貴方達、どこから来たって話よ」
「……クリスタ?」
目を細めながら呟く青年、どうやらここ周囲の地理に余り詳しくないらしい。
だとすれば、ここまでどうに来たのだろうか…服装は身軽で特に荷物も持っていない、旅人には全くもって見えないのだ。
まぁ、そこはクリスタでじっくり話を聞くことにしよう。
「貴方、名前は?」
「…………」
「……つれないわねぇ、別に良いけど」
笑いながら言えば、青年は周囲を見渡し、アンリに背を向ける。
それを見て一つ、小さく息を吐きながらかごにスコップを入れ、代わりにじょうろを出しながらその背中に声をかけた、
「ここら辺を外れれば魔物に一噛みされるわよ?その子と一緒に食べられたいなら行っても良いけれど」
「…それを信じろってのか、見ず知らずのテメーに」
「あら、私は見ず知らずの貴方に親切に教えてあげてるのよ?」
「…………」
じょうろに水を入れながらそう答えれば、乱暴に舌打ちをする音が後ろから聞こえてきて、青年がその場に座り込んだ。
植物が植わっている根元の土を濡らすように水を与える。葉や茎に水をかけても意味がない、吸収するのは土なのだから。
「……テメー、何人だ」
「あらあら、急にどうしたの?」
「銀色の髪の女なんて有り得ないからな……テメーはまだ危険人物の枠を越えちゃいねーがな」
「生意気な子ねぇ……銀髪は確かに珍しいわ、でも貴方達みたいな黒髪に黒目の人も珍しいわよ。極東出身でしょう?」
そう聞けば、何故か青年は目を細めた。
先程から思っていたが、この青年はおかしい……と、アンリは直感で感じた。
暗い場所へ進めば魔物はいる……それは常識だ。なのに彼は病人を連れて奥へと進もうとしていた。
ー……やっぱり、面白そうな子ねぇ………。
アンリの口元が小さく歪む。
何かが起こる気がするのだ、彼等を中心にして何かが起こる……やはり彼等をクリスタへ連れて帰らなければ自分の好奇心は満たされないだろう。
そう判断して、大切な生育調査はデータがずれてしまうのを覚悟で明日にすることにした。
「ねぇ貴方、取引しない?」
「………取引だと」
青年の言葉に、胡散臭い笑みを浮かべながら頷くアンリ。
「さっき聞いたと思うけれど、森を出てすぐの所にクリスタっていう町があるのよ、私が住んでるところでもあるわ。貴方の事はよく分からないけれど………少なくともその子をこんな所に居させるのもどうかと思うわ」
「…………何を」
「簡単、貴方達の事を教えてちょうだい。困っているようだけれど……話さない限り、解決しないんじゃないかしら?」
アンリの言葉を聞き、未だに目を覚ましていない少女を見る青年。
どうやら大切な人らしい……彼女だろうか。
そして立ち上がるのを見て、アンリはじょうろを下げた。
「決まりね。私はアンリよ。アンリ・ヴェストルド。貴方は?」
「……………」
「………まぁ良いわ」
どうせこの後、嫌と言うほど質問攻めをするのだから。
† † † †
町を目指し、森の中を進む女と少女を背負った青年が歩いている。
それを、木の上から指を丸くして覗き込むように見ている男がいた。
翡翠色の髪をなびかせ、森には不似合いの深緑色のスーツを纏ったおおよそ20代前半の風貌の、不気味な雰囲気を漂わせる男だった。
「困りましたねぇ、まさか《龍胆》さんと先に接触してしまうとは………全く、《賢梟》さんの過失ですよ」
『僕ちんのせいじゃないってばー、装置が耐えられなかったのー』
「言い訳は後で聞きます、だから少し黙ってろクソガキ」
《念話》で脳に響く声は、不快だ。
そもそも精神に語りかける種類の魔法は嫌いなのだ、頭が痛くなる……そう思いつつ、指で作った輪を、気絶しているらしい少女へと向ける。
ここからでは顔は見えないが……もし、自分の予想があっているならばあの少女だけでも連れて帰らなければならない。
「では……ちょっと彼と《龍胆》さんにはご退場してもらいましょうか」
アンリが殺気を感じたのは、圃場を出てまだ五分も過ぎていない時だった。
背中を駆け巡るように悪寒が走り、反射的にそちらへとかごを投げつけた。
それは青年の死角になる位置で……かごに数本のナイフが突き刺さり、その内の一本には術式が書かれた札が糸でくくりつけられていて……札が発光するのとアンリが青年の前に移動したのはほぼ同時だった。
周囲を、爆風が包み込んだ。
爆発音で木々が激しく揺れ、潜んでいた鳥達が逃げるように飛び立っていく。
それを地面に着地しながら男は見つめてーーースーツの裾から素早くナイフを一本取りだし、飛んでいる鳥へと投擲した。
ナイフは鳥の右翼に突き刺さり、男の足元に落下してくる。
「ーーー随分と悪趣味ね、貴方」
「………おやおや」
薄い目を、開く。
青年と少女を背にして、半透明の膜に包まれながらアンリは笑っていた……どうやら、爆発よりも防御壁を展開する方が早かったらしい。
爆風が収まり、防御魔法を解除しながらアンリは男を見た。
「後ろから奇襲してくるなんて……女の子にモテないわよ?」
「これはこれは、お怒りのようですねぇ……悪運だけは強いというか、不幸体質である貴女なら今のでくたばってくれるかと思ったのですが…」
「それはごめんなさい……それで、どこのどちら様かしら?」
アンリの言葉に、不気味な笑みを浮かべて男は一礼した。
「これは失礼しましたーーーって、言うわけねーだろ、馬鹿が」




