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月を見上げて話しましょう

宴会は月が真上に上ってくるまで続いた。

隠れ酒豪であるチェリナが倒れたところで、実はそんなに酒を飲んでいなかったアンリは泊まっている宿屋に戻っていた。ふとーーー


ー…‥…あらっ

「あらあら、子供のくせに寝てないの?」

「あ、姉さんお帰りー」


宿屋の屋根の上で、ランが膝を抱えて月を見ているのが目に映った。

軽く手を振ってきたので振り返し、アンリも宿屋に入って階段を上がって泊まっている部屋へと入る。

そして足元を滑らせないように注意しながら、アンリも屋根の上に登った。


「あれっ、セリアさんは?」

「《獅鋼乃爪レグルス》のアジトに預けてきちゃった。元々セリちゃんには《獅鋼乃爪レグルス》に行ってもらって、生きた情報を私に送ってもらうように頼む予定だったし」


ミライ共々、セッカの手によって酔わされて眠ってしまったのだ。

そう言いつつランの横に座り、月を眺める。


「今日は流石に疲れたなぁ…色々なことが波みたいに来てさ。今も微妙に頭が着いていけてないんだ」

「ふふっ、そうねぇ。早くクリスタに帰って悠々亭のご飯が食べたいわぁ」

「姉さんが料理できるようになれば、わざわざ私が居ないとき悠々亭で食べなくてもよくなるのに‥……別に良いけど」

「貴女の料理、辛いか苦いかの二択なんですもの‥…人のこと、言えるかしら?」


…‥……‥……沈黙が落ちる。

何かを話すまでもなく、アンリがそのまま月を眺めているとランが自身の方を見るのが気配で感じ取れた。


「姉さん。父さんと母さん…‥ううん、ヴェストルド家ってどういう家柄だったの?」

「あら、気になるの?」

「…‥一応」


気にしないでくれた方が、説明をしなくてはならないアンリにとっては楽なのだが、聞かれたら答えるしかない。

勿論、簡単にだが。


「父さんは騎士だったのよ。この首都を守る騎士の家系…‥まぁ、私と貴女が冒険者なんてやってる時点でもう騎士とかそんなのは関係ないけれど」

「騎士…‥だからセリアさんのお父さんやお母さんと面識があったんだ」

「そういうことよ、面倒よねぇ家柄で繋がった関係って。昔のことネチネチ掘り出してくるんだもの……殴りたくなるわ」

「……多分、具体的にその人を今思い浮かべてるんだろうけど、何も言わないでおくよ」


というか、言うのに疲れた。

騎士の家系、貴族の繋がり……姉はそれに干渉されるのが嫌だったのだろう。

自由で、平和で……クリスタに住むと決めたのもそんな暮らしに憧れていたからではないかと、ランは心の中で思った。

両親が死んでようが死んでなかろうが、アンリの性格からして自分と同じような年頃には家を飛び出してそうなイメージがあるが、あくまでイメージである。

総思って、ふとあることが頭に浮かんだ。


ー………。

「姉さん、父さんと母さんのお墓って……どこ?」


ランの問いに少し驚いたのか、目を見開いてランを見るアンリ。

そして暫くの間ランを見たかと思うと、小さく笑った。


「意外ねぇ、墓参りでもするの?一応言っておくけれど、明日は9時には首都を発つわよ」

「大丈夫だって、寧ろ姉さんこそ時間に遅れないでよ?」

「それもそうねぇ……教会の墓地の真ん中辺りにあるわよ。鐘が付いてるからすぐに分かるわ」






次の日の早朝。

百合の花束を持ち、ランは一人で墓地の敷地内を歩いていた。


「………あ、あった」


そして一つの墓の前で足を止める。

その墓は暫く人が来ていないのか、墓に設置されている鐘の部分は茨で覆われていて鳴らすことは不可能のようだ。

しゃがみ込み、文字の部分を指でなぞる。


“ガラス・ヴェストルド“

“エリス・ヴェストルド“


ー……。

「…本当は来る気なんて全くなかったんだ。父さんと母さんの事を知らない私にとって、姉さん以上の家族なんて……いなかったから」


勇気ある人だった父と、優しかった母。

二人とも、会ったこともなければ話したこともない……親不孝者だ、自分は。

だが、それでも……それでも一つだけ伝えたいことがあって、此処にいる。


「けど、父さんと母さんがいたから私がいる。特に母さんには感謝してるんだ。大変なこともあったし、嫌なこともあった……けど、だから言えるんだ」


そして立ち上がりーーー花束をそっと置いた。


「父さん、母さんーーー産んでくれてありがとう」


風が吹き、ほんの微かに鐘が揺れる。

耳を澄まさなければ聞こえないほど小さい音だったが、ランにははっきりと聞こえていた。


「多分、もう来ないかと思うけど……元気でね」


15年前、アンリが赤ん坊だったランを背負いながら言った言葉を、ランも墓に向けて言う。

もう一度風が吹き、再び小さく、鐘は鳴った。

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