紙と木は火事を起こすフラグ
ユーグレナが歳のことで慌てている隙に、アンリは素早く部屋の中をもう一度確認する。
石で出来た部屋で形は円形。窓は枠が木製ですぐにでも出れそうだが、やはり膨大な量の数式の書かれた紙の山が邪魔だ。変な物体が所々に見えるだけで、特に変わった物は無い。
アンリから見て右斜めに下へと続く階段が見える、出入り口はあそこしかないようだ。
それを確認し、一つ息を吐きながらアンリは再び目の前の少女へと意識を向けた。
「第一、考えても見なさいよ。貴女達の目的は国を傾けさせる……つまり、国王暗殺とかそう言った類のものでしょう?」
「そーだよ?あ、暗殺失敗とか考えてるなら安心してね!僕ちんの仲間の[暗殺者]はすっごく射撃巧いから!」
「安心できない言葉をありがとう。でもよーく考えてみなさいな」
アンリの言葉に首を傾げるユーグレナ。
「私を誘拐してまでそんな事したいなら、私のことは放っといてあのまま協議会に出しちゃえば良かったのよ。協議会中に私の能力が発動して嫌なことが起こるなんて、想定の範囲内だったわ」
「……なんだ、そんな事?アンリちんって良い人なんだね!協議会が中止にならないかって心配してたんだ?」
何で褒められたのかよく分からないが、確かにその通りだ。
新品種登録協議会は花祭りの花形の一つ、国の要人が観に来ることも多々あるらしい。
もし今回、要人が来たとして暗殺したいなら、自分の《幸福刈り》が発動したと同時に殺れば不幸の事故として処理できるではないか。
「それに、参加者行方不明じゃ開催したくても出来ないでしょう」
「大丈夫、中止にはならないよ」
「…………は?」
「だってアンリちんは身代わり、用意してたんでしょ?例えば……妹ちゃんとか、《変身》が使える人……とか、さ?あっそーだ、一つ言い忘れてた」
唖然とするアンリの顔を覗き込んで、笑った。
「事情を知っちゃったセリアっていう騎士様には、死んで貰うから。楽しみにしててね!」
「!!」
「まぁ、元々消えてもらう予定だったけど……何かそれじゃつまんないしさ。派手に死んでもらう事にしたよ!」
そう言う彼女は、清々しいほど純粋な笑顔だった。
それが……その笑顔が、アンリの中の火を付けた。
「…………この微生物女が………」
「?どったのアンリちん?何か言った?」
「…………ユーグレナ、でしたっけ?どうしてもトイレ、行きたいのだけれど」
「……トイレ?えぇーそんな事言われてもなぁ……魔法で何とかならないのー?」
「あら、この中で魔法使えるの?」
「万が一の場合でね!」
笑いながら言うユーグレナ。
だから気がつかなかった………アンリが悪役もおののくような笑みを浮かべていることに。
「仕方ないわねぇ……じゃあ後ろ向いててもらえないかしら」
「ほーいっ、終わったら言ってね!」
クルッと椅子を回転させてアンリに背を向けるユーグレナ。
そしてアンリは魔法を発動させるために呪文を呟いて……言った。
「《炎》!!」
「!」
逆結界を通り抜けて自身へと飛んできた火の玉を紙一重で避けるユーグレナ。見た目と違って戦闘経験はあるらしい。
そして、アンリを見た。
「アンリちん……僕ちんのこと、怒らせたね……?」
「ふふっ、私の爪を剥がす位なら別にやっても良いわよ?けど……自分の心配をした方が良いんじゃないかしら?」
「ほぇ?……まさか」
バッ!!と背後を見るユーグレナ。
先程の火の玉が………紙に、燃え移っていて、窓枠にも火が移動する所だった。
「さぁて……一緒に心中でもしましょうか?」
「え、だ、ダメだよアンリちん!僕ちん魔法陣を書くのは得意だけどダメ!魔法は使えないんだってば!!消してよ!」
どうやら彼女は[方陣士]らしい、この特殊な逆結界も彼女オリジナルなのだろう。
そうなったらあの紙の山も貴重なのだろうが……今は無視しておく。
「あらあらごめんなさい。けれど私、水系の魔法は使えないの」
「嘘だよぉ!《雨》使ってくれるだけでいーからっ!」
その言葉にアンリは目を見開き、そしてその目はすぐに鋭くなった。
「待ちなさい、何で………《雨》が使えるって分かるの」
「っ………」
「あの魔法は私とランと、開発に協力してくれたチェリちゃんと蒼姫ちゃんしか知らないはずよ」
あの魔法は一般的な水系魔法《激流》を元にして独自に開発したものだ。因みに主な使用用途は蒼姫の畑の水やりである。
否……一人だけ、もう存在しないが知っている人間がいた。
「キャットウォークマン……いえ、本名ラット・ヴォイス。貴方……あのネコミミの事知ってるわね?」
アンリの問いかけに、ユーグレナは………笑った。
「あっちゃー、バレちゃった?うん、勿論知ってるよ!」
「…………」
「鬼ちんの事も知ってる……けどね、僕ちんじゃないよ?操ってたのは」
ー…………は?
操る、何故そんな単語が出てきたのだろうか。
操るのはキャットウォークマンの得意技のはずだ。最もその得意技は弱点さえ分かれば攻略可能だったが。
「猫ちゃんを操ってたのは僕ちんじゃなくてケッちゃん!ケッちゃんはすっごい[妖術士]なんだよ~」
炎は段々その規模を拡大していく。
だが、そんな事は起こっていないかのように、ユーグレナは嬉々として話し続ける。
「ケッちゃんの傀儡術は強力だよ~。頭の中まで支配しちゃうんだから!僕ちんはケッちゃんの応用で、しかも限定的にしか操れないんだけどね~」
「……………まさか、とは思うけど……ネコミミを殺したのって……」
「ん?ケッちゃんだけど……どうしたの?」
空間が揺らぐ気配がして、三人は地面に着地した。
どうやらメルリーンから凄く離れた場所に飛んできたようだ。城壁が見える見えない以前の問題で、暗い森の中である。
本来は静かなのだろうが……その時は、違った。
「……おいラン、下僕一号」
「うん……見られてるよね。確実に」
「…敵意、か」
四方八方、何かしらの視線が三人に集まっていた。
気配は限りなく薄く場所の特定は出来ないが……動物ではない、人だ。
「しかもこの辺り、血の匂いがするぞ……そうかここは戦場か任せろ専門分野だ」
「だろうね。けどしまってその銃の数々」
どこからか取り出そうとしていた銃器を収めさせる。
と言うかどこから出したのだろうか、セッカの服は四次元空間にでも繋がっているのだろうか。
と……神月が刀に手を添えた。
「構えろ」
「話し合い………は、無理なのかな」
「ふん、無理に決まっているだろう」
三人が向く方向から、一つの影が歩いてくる。
橙色をベースとしたワンピース型の服、犬耳が付いている帽子をどっかの[占術士]みたく目が隠れるほど被っている。
そしてその両手には……血が滴り落ちる手甲鈎が装備されていた。
どうやら女性らしく……神月を見て、首を傾げた。
「ありっ、もしかして《鬼門》しゃん?久しぶりッス!」
……彼女の視線をたどり、神月を見る二人。
「……神月、知り合い?」
「あんな奴が知り合いだったらギルドでのことに一々驚かない」
「鬼門……極東の時間を示すときに使う言葉だったな」
「さり気なく酷いッス!しかもあんな奴って!けど、《鬼門》しゃんに会ったら連れてくるよう言われてるし……この場合邪魔者排除と連行……どっちが優先かと思うッスか?」
「イヤイヤ、私達に聞かれても」
とーーー思いついたかのように、彼女は手を叩いた。
そして……手甲鈎に付いた血を払いながら、構えてこちらを見てくる。
「決めたッス!邪魔者排除と連行一緒にするッスよ!覚悟するッス《鬼門》しゃん!!」
「邪魔者って……」
「ふん、私達に決まっているだろう」
そう言って銃を両手に出して構えるセッカ。
やる気と殺気に満ち溢れている、珍しく本気らしい……が。
「撃ち殺すには惜しいほど従順な犬だ………是非飼いたい!」
「それは全部終わってからにしようね!!」




