雑草という名前の植物はない
「暇」
「……姉さん、まだ滞在二日目だよ。観光とか行けば……」
「生まれ育った街観光して何が楽しいのよ」
全くの正論で、ランは溜息を吐きたくなった。
セリアと分かれて次の日、宿でベッドに寝転がりながらアンリはそう言った。
「あっ、ならもうこっちに来てる花の様子を見に行けば?」
「残念なことに、無理なのよねぇ」
「え」
花は今、王都植物研究所に保管されているが、その研究所に出場者は立ち入り禁止令が敷かれているのだ。
理由としては他の出場者の花を荒らす行為を防ぐためで、花の管理は全て研究員が行っている。
勿論、アンリも言わずとしれず禁止されている。
「……それ知ってて、早く来たの?」
「まさか、契約書をマトモに見ないで来たのよ。つい昨日宿屋の主人から聞いたの」
顔には出さなかったが、あの時の絶望感は深いところまで突き刺さった。
祭りまで花を愛でながら過ごそうと思っていたのに、祭りの趣旨通りに花を愛でようとしたのに。
「なら姉さん、チェスでもする?」
「嫌よ。貴女強いじゃない」
「姉さんって勝負事に弱いよね……やっぱり《幸福刈り》が関係してるのかな」
出しかかったチェス盤を鞄にしまうランを見て、アンリはらしくもなく溜息を吐いた。
確かに運はない、だがそれを能力のせいだと決めつけるのはどうなのだろうか。
そんな事を言われるなら、もっと便利な能力と変えてもらいたい。
ー……変える……。
「………ねぇラン、私の服って可愛いと思わない?」
「アウトーーー!!このパターン前にもあった!!」
「まぁまぁ、お姉ちゃんの為って思って服をさっさと貸し出しなさい」
「え、ちょっどこ触って……え、コート返してっ………ね、姉さん胸触んないで!!」
「おっきいわねぇ、うふふっ」
……この時、一階にいた男共は、上から聞こえてくる声に顔を赤くしていたとか。
† † †
髪を一つに纏めて、赤いコートを軽く羽織る。
壁に掛けられた鏡でそれを確認して笑うアンリの後ろで、アンリの服を着たランが呆れたようにその様子を見ていた。
「一応言っとくけど、私の名前使って悪さはしないでよね」
「大丈夫よ、ちょっと研究所に忍び込んでくるだけだから」
「………は?え、ちょっと姉さんそれ犯ざ」
ランの言葉を聞き終える前に、窓枠に手を添える。
このまま話を聞いたら確実に説教コースだ、逃げるに限る。
「夕方には帰るわね!」
「あっ、逃げ……コラーーーー!!」
そして、二階の窓から飛び降りた……着地に少し失敗したが。
服に付いた土埃を払い、二階の窓からこちらを見下ろしてくるランに手を軽く振り、王都植物研究所のある方角へと走り出した。
街は昨日より賑わっている。花を集めるために商人が各地から来ているのだろう。商人あるところに市場はあり、だ。
王都植物研究所は王立メルリーン学院の横に位置し、学院を卒業した者の中にはそこに就職する者もいる。
全体が巨大な温室で、特殊な魔法によって室内は常に安定した温度を保っている。
今思うと、もしも学院を卒業していたらアンリは研究所に就職していたかもしれない。
ー……まぁ、今の環境の方が断然好きだけれど…。
ー……にしても、どう入ろうかしら……。
「その姿は……ラン様?」
ふと、昨日聞いたばかりの声が背後からした。
振り返るとそこには、セリアの姿があった。
「あ、セリちゃ………セリアさん、こんにちは」
「今日はアンリ様はご一緒ではないのですね」
今の自分はランだ、妹だ、バレたら何かが崩壊しそうで嫌だ。
アンリが珍しく内心焦っていると、セリアは少し首を傾げた。
「アンリ様に言われて、植物の状態でも見に来たのですか?」
「え、あ、はい……でも中に……」
「それでしたら私、今から中に入るのでご一緒にどうですか?私植物には余り詳しくないので……」
「あ、ありがとうございます!」
勝った。アンリは栄光を掴んだ。
セリアの後ろについて行くと見張りに止められかかったが、セリアが適当に話を付けてくれたのかすんなりと入れた。
中は外より少し暖かかったが、汗が出るほどではない。
「助かりました、仲間と仕事の時間を交代したもので……ですが、アンリ様の花が見れるとなるともう嬉しくて……」
「ね、姉さんもきっと喜びます………ウフフ……」
つい、苦笑い。やはりセリアは少しおかしいと自覚出来た。
と、心の声が聞こえたのかセリアがこちらを見てきてドキッとしたが、それとは少し違うような表情だ。
口を開きかけて閉じ、間を置いて今度は口に出した。
「あの……失礼ですが、昨日ラン様達と別れたのは家の前ですよね?」
「?そうだけ……ですけど、それが?」
「昨日気付いたら訓練所に戻っていたので……不思議に思っていて………すみません急に……」
夢遊病だろうか、だがセリアみたいな人間がそんなものにかかると思わない。因みにこれは褒め言葉である。
だとすると疲れから来る記憶障害……というか、何故こんな他人のことで思考しているのだろうか。
「えっと、セリち……セリアさんきっと疲れてるんです!」
「そうですね……ここ最近書類とばかり睨み合っていましたから……この仕事が終わったら自室で仮眠でも取ることにします」
「そうですよ!勉強しても寝なきゃ忘れちゃうんですから!」
たった一言、これは墓穴を掘ってしまったと口に出して気付いた。
これはよく学生時代に徹夜ばかりしていたアンリに……今もよく徹夜しているが、セリアが言ってきた言葉だった。
案の定、セリアは目を丸くしてアンリを見てくる。
「……間違えたら謝罪します、アンリ様何をなさっているのですか」
「え?いやだなぁセリアさん、どっからどう見てもピッチピチの美少女じゃないですかぁ!」
「………………」
「…………冗談よ、今自分で言ってぞっとしたわ」
セリアから冷たい視線を受け、折れた。
セリアのことだ、通報するなんて事はしないでくれるだろう。ひとまずセリアを連れて早く自分の花の元へ、話はそこでしよう。
そんな事を考えていて、アンリは気付かなかった。
セリアの目から、光が消えていくところを。
「…………アンリ・ヴェストルドの捕獲……」
「!!」
そこでやっとアンリは振り返って……首筋から脳にかけて、強い衝撃を受けた。
音無く床に倒れるアンリを、光のない目で見るセリア。
「…………お待ちしていました、《龍胆》様……《賢梟》様が、お待ちです………」
「せ、りちゃ………」
そしてアンリの意識は、消え去った。
一方、宿屋でアンリの所行に苛ついているラン。
「全く……姉さん大丈夫かな……私の服着てると、姉さんがやったこと全部私のせいになるんだもんな……」
ふとーーー部屋の扉がノックされた。
姉だったらノックする必要はない、だとしたらこの店の従業員だろうか。
首を傾げつつランは扉を開いてーーー
振りかぶられる大振りのナイフを、目の前で見た。




