百万桁とか覚えられたら天才だよね
お忘れかもしれないがクリスタは国境の近くにある町だ。
国境沿いは約20M程の小高い木の柵で守られている。話を聞けば不安要素満載だが、柵には防御魔法が幾重にも掛けられているので安心だ。
だがその防御魔法も崩れるときや弱いところが自然と現れる。なので国境沿いにある町や村には自然と国境に出現する魔物退治の依頼が来るのだ。
「…………」
「…………」
「……………………どこで間違っちゃったのかしら」
そんな国境の近くで。
沈黙する蒼姫と無言の神月の間に挟まれて、アンリは面倒臭そうにそう小さく呟いた。
神月の人に対する苦手意識は、本人が気付かないだけで重症だ。特に極東の人間によく間違われるミライに対しての態度と対応……幾ら何でも酷い、笑えるが。
ー……冗談半分で蒼姫ちゃん連れてきたけど
ー………この空気は少し駄目ね
ランがいたら憤慨していただろう。ランは他人に対しては譲歩するが、自分の意見は曲げない所がある。
自分だってグイグイ行っているのに、何故それ以外は許せないのだろうか?自分には似ていないのは確かだ、セスか?セストか?
ー……セス君、きっとあいつに似ちゃったんだわ……
ー……次会ったら再会記念に一発殴りましょ
と、アンリがそんな事を思っても空気が和らぐ訳ではない。
蒼姫はどうせ、今晩何食べるかとか考えているのだろうが、神月に関しては明らかに警戒している。
そんな状況に挟まれ、アンリは小さく溜息を吐いた。
ーそうね、円周率でも黙読してましょ
ー3.1415926535897932384626433832795028841971693993
「……………おいアンリ」
「7510582097……ん、何かしら」
「何の呪文だそれは……こいつに関して、まだ何も聞いていない」
神月が指で示したのは、空をぼけっと見上げている蒼姫。
あぁ……と小さく言って、神月を見る。
「農業に燃える三十路っ子でランの師匠の妹さん。私とは簡単に言うと同業者に近い関係ね、よく圃場借りて薬草研究させて貰ってるの」
圃場は簡単に言えば畑である。
「百地蒼姫、あなたにはこっちの言い方がしっくりくるかしら?」
「………ランの師範の妹か。最初連れてきたとき、お前はどれほど人の傷を抉るのが好きなのかとつい再認識した」
「今一単語いらなかったわよ?再って言葉いらないわよ?」
「あの女は、違うんだな」
神月の視線は蒼姫に向けられている。
当の本人は遂に鍬を置いて近くにいた猫を触り始めていた。緊張感という言葉に無縁だからこそ出来る無茶だ。
「ランと同じで、何も言わない」
「否、蒼姫ちゃんは元々何も言わないわよ……?」
「そう言う意味じゃない…分かる人間に分かれば良い」
そして神月は刀を構えなおして、小さく笑ってアンリを見た。
「あの町は心地良いな、益々骨を埋める気になった」
「ふふっ、なら今から骨だけになる?灼熱魔法を組み立てれば一瞬で……」
「お前は少し沈黙を知れ」
「……………ん、二人とも仲良し………」
ふと、蒼姫が猫を抱えながら二人を見た。
「…………仲が良い、とても、良い事………ニャー……」
「…………にゃあ?どうしたお前…?」
「気にしたらあの町で生きていけないわよ?さっ魔物退治行きましょ!そろそろ動かないと怒られちゃうわ」
「…………了解………」
「蒼姫ちゃん、猫じゃなくて鍬持って頂戴」
その日の夕方。
悠々亭で、ランが仁王立ちして待っていた。
「姉さん!依頼行くなんて聞いてないよ、一言言ってって何度言ったら分かるのさ!」
「ゴーメーンーナーサーイー」
「棒読み禁止!ったく……お疲れさま二人とも、嫌な予感がしたんだけど、私の杞憂みたいだったね……」
ふぅ、と息を吐くランから、アンリと神月はさり気なく視線を逸らした。
その嫌な予感は当たってはいた、だが安心している彼女に真実を伝えるのもそれはそれで後味が悪い。
ふと二人の後ろにいた蒼姫がランに近付いて、小さく首を傾げる。
「……………緑茶の匂い?」
「師匠が送ってきてくれてたみたいで、開けて入れてたの。飲む?」
「ん……兄さん、今どこ………?」
「首都で取引中って手紙にあったよ、蒼姫も見るでしょ?」
そんな事を言って、二人は厨房の方へと入っていく。
それを見て微笑し、アンリは神月の背中を押した。
「私もお茶飲むんだから、早く中入って」
「……お前は大名の娘か」
「……………あっ」
テーブルに向かう二人の前で、蒼姫が躓いた。
手には緑茶の入った盆があって……この後の流れは、言うまでもない。
「姉さんーーーーーっっ!?」
「…………ごめん」
「…………南無」
三人はそれぞれ反応を見せ、アンリは昇天したとか……。
※死んでいません。




