陽炎
ローツェルブにある宿屋の二階、アンリは窓を開けて、息を吸い込んだ
ローツェルブはクリスタまでとはいかないが自然が多い。空気もその影響で美味しく感じるのだ。
「水着、持ってくれば良かったわ……」
「姉さん、まさか私達の状況分かってない?」
「あら」
声に反応して振り返れば、コウキの面倒をサラと共に見ていた筈のランが部屋の入り口に立っていた。
アンリが窓枠から離れ、ベッドに腰掛ける。
「コウキ、あの男の人捜しに行くって煩くって……」
「だから殺したの?」
「そうそう、サラが席を外している間に首を…って、コラ!」
「お姉ちゃん、ランがこういう冗談に乗ってくれるようになって嬉しいわぁ」
ケラケラと笑い、そしてアンリはランを見た。
「私も話があったのよ。行くの面倒だったからアナタから来てくれて本当良かった」
「一人で残すと姉さん危ないから……話って?」
「斬り方よ」
唐突に言われ、ランの頭が固まった。
しかし固まっても仕方ないので、斬り方を思い出す。
「たしか、振り返られてからの正面から斜め縦だったよね。ばさーって」
「見て思ったのだけれど、あの斬り方は人を殺す斬り方じゃないわ……心臓を傷つけてないし、第一臓器まで刀は入ってない」
「!じゃ、あの人は元からコウキを殺すつもりじゃ……」
「断定は出来ないわ。怪盗さんの頭の回転が速かっただけかもしれないし………話は戻るのだけれど、コウキ君は?」
アンリがそう問えば、何故かランは目をそらした。
その反応を見て、何となくだが分かった。
「案の定、暴れてるのねあの患者は」
「キャットウォークマンとあの人捕まえるって………取り敢えず鳩尾殴って今は気絶させてる」
「嫌ねぇ、医者の言うこと聞かない患者は」
「姉さん医者じゃなくて薬剤師でしょ」
「良いじゃない別に、薬剤師が本職で医者は趣味よ」
そう言い放つアンリの専門は外科だと本人は自負している。
その堂々としている様に、ランは溜息すら出なかった。
「で、サラが面倒見てくれるって言うから任せちゃった」
「コウキ君、サラちゃんの言うことなら聞いてくれるのに……まぁいいわ、ラン。私達は街で情報収集よ」
「はーい」
軽くやり取りをして、二人は外に出た。
予想通りとはいえ、情報はほぼ皆無だった。
露店で買ったジュースを飲みつつ、溜息を吐くラン。
「溜息吐くと、幸せが逃げるわよ」
「……姉さんが言うと、凄く説得力を感じる………目撃情報はあるのに、肝心の正体を見た人が居ないもんなぁ」
「そうねぇ、あ。ランのジュース頂戴」
「姉さんのも美味しそうだね、はい……さて。これからどうするか」
「一度宿に戻りましょう、作戦練り直しよ」
「はーー」
「………!ストップ」
返事をしかかったランを手で止めるアンリ。
何故か鼻を動かして、飲みかけのジュースを一気に飲んだ。
「血の匂いがするわ、行くわよ」
「え。ちょっ姉さん!?どんな鼻してるのねぇ!?」
ランも慌ててジュースを飲み、アンリを見失わないように走り出した。
アンリが路地に入っていくのが見え、ランも入り………アンリの背中に激突した。
「痛ッ!ごめん姉さん、大丈夫?」
「………ラン、情報が手に入るかもよ?」
「え?…………っ」
アンリの背中から現場を見て………ランは目を見開いた。
最早、原型を留めていない数人の死体。
その中央にーーーあの男が立っていた。
「コウキ君が居なくて正解ね」
「あなたっ………!?」
ランの青い目と、男の赤い目があった。
そして、急に走ったかと思うと、正面の路地から走り去ってしまった。
それが逃走だと気づくのに、そう時間はかからなかった。
「待ちなさい!姉さん死体よろしく!」
「えー」
「仮にも医者でしょっ、文句言わない!」
アンリにそう言い放つと、ランも走っていった。
………死体を見るアンリ。
「これは、警察に連絡かしら………私の手に負えないわ」




