料理が出来ない人間の限界を目指して
「……………ん」
「…………………」
蒼姫から無言で差し出された魚を、無言で受け取るアストリッド。
今朝、一人だけの朝を過ごしているとき、蒼姫が急に訪ねてきたのだ、チャイムも押さずに堂々とした表情で。
「………蒼姫さん、これは………?」
「ん………兄さんが送ってくれた、けど大量、お裾分け……」
「六さんが?」
頷く蒼姫。
兄妹の仲は良好だ、それはクリスタ中の人間が知っている。
六のことだ、[漁師]と交渉した際に貰ったのだろう。
「……セストとかに、捌いてもらうのが良い……じゃあ」
「は………?」
そう言い残し、蒼姫は去っていった。
暫くその場に固まり、手中の魚を見るアストリッド。
「…………悠々亭、行くか………」
そう呟いて、上着を着るために机の上に魚を置いた。
悠々亭の裏口に向かい、扉を叩くアストリッド。
セストが居れば普通に入るが、流石にいないときは許可を貰う。
「セスト、いるか?」
……足音がして、扉に手をかけた音がした。
そして出たのは………凶悪な笑みを浮かべたアンリだった。
「セス君かと思ったか、残念だったわねぇ!」
「否別に何とも思わないが」
「おおーーっ、魚じゃー!」
扉とアンリの隙間からランも出てきたので、取りあえず中に入れてもらう。
何故か、セストとその両親三人の姿が見えなかった。
「………留守番か?」
「えぇ、面倒なのだけれどみーんな市場に、その魚は?」
「蒼姫さんから貰ったんだ、捌いてほしくてな……居ないなら良い、後でまた来る」
「………アス君、そんなのじゃ立派なフィッシュマスターになれないわよ」
「なる気は全くないから安心しろ」
アストリッドがそう言うと、何故かアンリは溜息を吐いた。
魚を指でつつきながら続ける。
「そんな氷とかに入れないで生で持ってきて、そんなの今食べないと腐って肺が腐るわよ!」
「…………食べたいのか?」
「えぇ是非とも。極東の風習で生で食べるのがあるらしいの、それ食べたい」
「………仕方ないな、俺達で捌くか………」
「魚ーー!!」
厨房へと入る三人……だが問題があった。
誰も、料理が出来ないのだ。出来たらアストリッドなんか自分で捌いてる。
ふむ、と包丁を持って魚を見るアンリ。
「取り敢えず頭切り落とす?」
「……そうか」
「私も鍛えてるし、一撃でイケると思うのだけれど…えいっ」
勢いをつけて包丁を振り下ろして……まな板に弾かれてアンリの横顔を掠り、後ろの壁に突き刺さった。
青くなるランとアストリッドを一瞥し、包丁を抜く。
「………てへっ」
「……アンリ、俺が悪かった。俺が捌くからお前はランと一緒に見てろ」
「姉ちゃんこえーよー!!」
半泣きのランを撫でつつ、言葉に甘えてアストリッドに包丁を渡すアンリ。
そこでふと思った。
「アスト、[銃剣士]なのに包丁使えないの?」
「ん?あぁ……どうにも包丁は苦手なんだ。昔使おうとして指と指の間に突き刺さってな……あまり得意じゃない」
「一体何があってそんな状況になったの?」
「俺も聞きたい………さて、切るか」
アストリッドも頭を切ろうと包丁を握り……?
「おいお前等、前回のリベンジマッチするぞ!!」
バットを持ったセッカが大きく音を立てて入ってきた。
ドン!!……音を立て、大きくズレた包丁の先がアストリッドの指の真横に突き刺さった。
……セッカを見るアストリッド。
「ん?何をしているのだ」
「殺す」
「銃撃戦か、良いぞ受けて立ってやる」
「セッカ何しに来たんだ?」
殺気を漂わせた二人の間に割って入るラン。
それを見て面倒になったのか、銃をしまいながらセッカは片手に持ったバットを見せた。
「魔法弾のリベンジに来た、今度こそ打ち返す」
「あらあら、めげないのね」
「校庭が半壊したのに反省の色は無しか?魚捌いてた」
「魚か、どうせお前達のことだ、全くもって捌いてないだろう……貸せ、私が直々に捌いてやる」
そうセッカは言って、アストリッドから包丁をひったくる。
その様子を見て、アンリは目を細めた。
「[砲撃士]って、銃火器に特化した職よね?……あの人捌けるの?」
「使っている所は見たことな……」
「ふん、頭と尾を切れば大体の奴は動けまい」
「「……は?」」
二人はセッカの言葉に疑問詞を付けて……一気に力強く頭と尾を叩き切ったセッカを見た。
血が、微かに飛ぶ。
「まだ動くか……腹を切れば大人しくなるだろう。魚の内蔵はこうなっているのか、興味深いな」
「………ね、姉ちゃん……」
「…………………私は止められないわ」
「…………………俺も、無理だ」
結論:セッカは捌き方が怖かった。
魚の切り、皿に盛りつけるセッカ。
「極東ではこれを“サシミ“と呼ぶらしいな」
「一番乗り!!」
「あっ、ちょっあんたっ」
ひょいっと刺身を口にしたラン。
そして、笑った。
「う、うめぇ……」
「……本当、おっさん偶には良いことするじゃない……出番が欲しいからなのかしら」
「?貴様何を言っている、出番?」
「お気になさらず」
笑うアンリを見つつ、アストリッドも刺身を口にする。
そして、一言。
「………包丁、使えるようにするか………」
そう心に決めたのだった。




