そんな一日が始まる
クリスタにある宿屋“悠々亭“
昼間は食事処をしているその店は、至って世間一般的には普通の店である。
そんな宿屋の二階の一室に、アンリとランは住んでいた。
「ふー、今日も夜泣きが凄かったわね……少し眠い」
「だーぶー」
「………この分は、ランの出世払いで返してもらいましょう」
ー………シャワー浴びよ
眠気を払うために、タオルと服を持ち、ランを抱き上げて浴室へと向かう。
何故宿屋の二階に浴室があるのかと言うと、本来は長期滞在の客のために用意された部屋だからだ。
因みに家賃は三万四千ギル、安い。
「シャワー付きって良いわよねぇ、わざわざ下に行ってセス君の顔見ないで済むし。何より楽だわ」
「うー?」
「ふふっ、子供にはまだ早いかしら?」
笑って入ってーーー濡れた床に思いきり足を滑らした。
手前に体が傾き、顔の先には剃刀(ある事に昨日使用)
「ーーーーっっ」
階段を上がり、セストはアンリの部屋に入った。
「起きてるかー、母ちゃんが飯にするから降りて来いって……あ?」
だが誰もいないので、セストは首を傾げた。
この時間には何時も既に起きているはずだ。そもそも勝手に入っているので何時もだったら棍が飛んでくるはずだ。
とーーー?
「セス君!?ちょっ……来て来て!」
「!何だよ風呂か……行くわけねぇだろ、行ったらどうせ母ちゃんとかにセクハラされたとかまた言いふらすんだろ」
「いいからっ、早くっ」
「……………はぁ」
仕方なく、浴室の扉を開いて………固まった。
頭が今にも壁に当たりそうなギリギリの距離で、片手にランを抱き、もう片手で壁に手を付き、どうに引っかけていたのか棍の軸に片足を乗せ、バランスを取っているアンリの姿があった。
「…………新体操でも始めんのか?」
「んなわけないでしょ馬鹿のあんた!?早くラン持って!」
「はぁ!?そんな微妙すぎる体勢からどうに救出するんだよ!?って言うか何で棍がここにあるんだよ!?」
「昨日軽く剃刀で削ってたのよ!早く出しなさい!手を!」
「出来るかぁぁぁぁぁあ!!!」
「ふふっ、朝から元気だったのねぇ」
「母ちゃん……軽くね?」
「おば様にはご迷惑をかけさせちゃって、ほら謝りなさいよセス君」
「何で俺じゃボケェェエ!てめぇがしろよ!!」
「嫌よ、セス君のセはプー太郎のセでしょ」
「名前に入ってねぇよ!」
二人の言い合いに、赤髪の女性と髪を後ろに流した男性は笑った。
男性がリュウズ・ウイングス、セスト父である。
女性はアリス・ウイングス、セス母である。
「喧嘩するほど仲が良いって本当なのねぇ」
「え、母ちゃん何言ってくれてんの?」
「良いじゃないかセスト、お前は女子の友達がいなかったもんなぁ」
手慣れた手付きでほ乳瓶を振るリュウズに、セストは溜息を吐いた。
この両親は幾ら何でも大らかすぎるのではないのだろうか、自分の親だが。
「…お前がこんなに面倒臭い性格なんて思ってなかったよ」
「あらありがとう」
「褒めてねぇよ」
「…………お、そうだアンリちゃん」
ふと、ランにげっぷをさせながらリュウズはアンリを見た。
アンリもサラダを頬張る手を止めてリュウズを見る。
「さっきイヴァルから連絡があった、用があるからギルドに来いだってさ」
「あの人が?」
「あれじゃね?イヴァル式着せ替え人形の実験台」
「ははは、あれは拷問だろ?」
あっさりと父親が言った言葉にセストは恐怖を覚えた。
「…………気になるわね、着せ替え人形」
「…………お前の考えが俺はよく分からない」




