口車に乗せられました。だが、後悔はしない。
奴隷商の建物は小奇麗で、とても人身売買をしている所だとは思えなかった。
その事からも、奴隷制度がこの世界では裏稼業ではなくごく当たり前、むしろ上流にあたるという事が解る。
金持ち相手の商売であるからして、日本で言う所の宝石商のようなものなのだろう。
流石にこの辺は女神講座で聞かなかったので情報が足りないが。
そして俺は今、奴隷商と向かい合わせに座って茶など飲んでいる。どうしてこうなった。
俺が建物に近付き、うろうろとしていると中から使用人の様な人が出てきて、あれよあれよという間にセッティングされてしまったのだ。
ただ冷やかしに来ただけなのに・・。冷や汗が出る。
「それで、お客様。お客様はどんな奴隷をお求めですかな?」
「いや、お求めっていうか、たまたま近くを通りかかっただけでしてーー」
「ほう、そうなのですか。では、将来的に奴隷を買う予定などは御座いませんか?」
「う、む、それは、解らないですけどーー」
「ではウチの娘たちを一目見て行ってください。なに、見るだけでお金を取ったりはしませんから」
「は、はぁ・・」
そうして気が付けば、奴隷たちが並んで立っている部屋に通されていた。
薄いワンピースの様なものを着せられた女性が10名ほど、部屋の中で所在無げにしている。
中には明らかにこちらに色目を使ってくる者もいたが、大半はボーッとこちらを見ている。
「これらはまだウチに入ったばかりの、まだ"教育"が出来ていない娘たちですな。しかし、その方が良いというお客様もいらっしゃいますので」
奴隷商が流暢に喋りながら、部屋の中へ歩みを進める。俺もそれに続くが、視線は奴隷の一人に釘付けだ。
さっき見た、猫耳少女だ。年のころは18くらい、スレンダーな体系で、出るところは適度に出て、引っ込む所は適度に引っ込んでいる。
顔は欧米風の彫の深い顔立ちだが、あどけなく、金髪な事も相俟ってフランス人形を思わせる。
「どうですかな? お気に召す娘はいらっしゃいますかな?」
「あ、いえ、その・・」
こいつ、多分全部解ってるな。俺がどうしてここまで来る羽目になったか。
猫耳少女に目を奪われてフラフラこんな所に来た事を承知で、俺に商談を持ちかけてるな?
「ちなみに、この娘達はおいくらですか? いえ、買えるだけのお金の持ち合わせは当然ありませんが」
値段を聞いた際に奴隷商の目が輝いたので、慌てて補足する。正直、自分の服さえ買えてない俺は1文無しと言っても過言ではない。
「そうですねぇ・・。しっかりと"教育"した娘でしたら大金貨5枚なのですが、この娘達でしたら大金貨1枚といった所でしょうか」
わーお。見た事もない貨幣が出てきたね。
えーと。1000000ソルか。100万円相当? あれ、安いのか高いのか解らんぞ?
「実に眼福でした。それでは俺はこの辺でお暇させてもらいましょうかね」
「そうですか。売約はいれなくて宜しいので?」
奴隷商、チラリと猫耳少女の方を向いてから言う。糞、何か悔しい。
「大金貨ともなりますと、いつ稼げるか解りませんしねぇ・・」
「そのような呉服を着てらっしゃる所から、何処か別の国の貴族様かと思ってましたが」
奴隷商の口調が、若干荒くなる。あぁ、そういう勘違いしてたのか。
「いえ、これは俺の住んでた地方だとありふれた服ですよ。貴族なんてとんでもない」
「そうですか。これはとんだ失礼を」
奴隷商は丁寧に謝罪した。俺がただの貧乏人だとわかった以上、このまま追い返して塩でも撒く事だろう。
そう思っていたのだが・・。
「いつ稼げるか解らずとも、この娘達は売約なしでは明日にでも"教育"が始まります。そして、"教育"済みの娘が売れるのは早い」
「今売約しておけば、1年はこちらで"教育"なしで面倒を見ましょう。ですが、売約なしだとあの娘とは二度と会えないと思った方が賢明ですぞ?」
セールストークだ。だが、真実でもあるだろう。売約しなければ、もう2度と会えない。
別に良いんじゃないか?という思考が鎌首をもたげる。たまたま街ですれ違った美人と2度と会えない位、別に大した事じゃない。
一目惚れした、って訳でもない。可愛いなーって思ってフラフラと近寄っただけだ。
そう思い、猫耳少女をチラリと見る。
猫耳少女の口が、動く。
タ・ス・ケ・テ
猫耳少女は声なき声で助けを求めていた。
「・・主人。聞きたい事がある」
「なんでございましょう?」
「この娘達、どうやって入荷したんだ?」
「この娘たちは、みな親に売られた者たちですよ。借金でも、犯罪でもございません」
・・そうか。
自身に咎なく奴隷に堕ちて、明日には"教育"が待っている。
具体的に何をされるかは解らないが、"教育"を受ければ奴隷となるのだろう。
解放するには、"教育"前に買い上げるしか方法はないのか。
「・・主人」
「はい、何で御座いましょうか、お客様」
奴隷商のニヤニヤ笑いにイラつきながらも、吐き捨てるように宣言する。
「あの娘を、予約したい」