最後の恋文
拝啓、なんて堅苦しい言葉で始まる手紙は好きじゃない。僕は僕なりの言葉でこの手紙を綴ろうと思う。
手紙なんて書いたことがないからすごく照れ臭いよ。初めて書くのが君宛で良かった。
この手紙、どこで書いてると思う?
君と初めてデートした、駅の近くのファミレスで書いてるんだ。あの頃はまだお互いによそよそしくて会話がギクシャクしていたね。
でも、その日の帰りに、僕は初めて君を抱きしめたんだよね。覚えてるかな?
あのときはまだ一年生だったね。進路のことなんてまだ決めてなくて、当たり前に生きていけるものだと思ってた。
でも、違ったね。
僕は死んだ。
君に殺されて。
あれは、二年の夏休みだったかな。
僕たちは学校の裏山を散歩してたんだ。けっこう大きな山で、初めて山に入った僕たちは手を繋いで奥まで行った。
もう辺りも薄暗くなってたから七時くらいだったかな。二人とも肝試し気分だったよね。
山の一番奥の行き止まりの所まで来たとき、君が僕に抱きついたんだ。湿った土の上に僕は押し倒された。君は僕の唇に吸いつき、濃い接吻をした。服が汚れることも気にせず、僕たちは土の上で抱き合った。君が僕のベルトを外したとき、僕のポケットから財布を抜いたね。そのときは僕、まったく気がつかなかったよ。
君に埋められてから気づいたんだ。
君との初体験が終わったとき、君が服を着るからこっちを見ないでって言ったんだ。べつに今さらいいじゃないかと思ったけど僕は従った。夜空を飛んでいるコウモリを眺めていたら、頭に衝撃を感じた。君が煉瓦なんかを僕の脳天に叩きつけるから。
一瞬で僕の意識は無くなった。たぶんあのときに僕はもう死んでいたんじゃないかな。
君はあらかじめ掘っていた穴に僕を埋めた。
ずいぶん前に僕が、警察犬って三メートル以上深く埋まった死体の臭いには気づかないっていう話をしたよね。君がその話を覚えていてくれたのは嬉しかったなぁ。深く深く掘られた穴に僕は落とされた。いや、正確には君に蹴り落とされた、かな。
君がワイシャツも着ないで汗だくになりながら僕を埋めているところを、誰かに見られていないかってとても心配したよ。
君は僕を埋めた後、僕の三千円しか入っていない財布から金を抜いた。財布は学校の焼却炉に捨てたんだよね。あの財布、高校の合格祝いに母さんがくれた物だったから、ちょっぴり悲しかった。
君が金を必要としていたことは知っていた。言ってくれればすぐにあげたのに。でも仕方ないよね。薬が切れていてイライラしていたんだよね?
君が違法な薬物をやっていることは付き合う前から知っていた。その金を稼ぐために自分の身体を売っていたことも。ぜんぶ承知して僕は付き合っていたのに。君はお金のために僕を殺した。いや、もう僕のことが好きじゃなくなっていたのかもしれないね。でも僕は好きだった。君のことを愛していた。だから死んでもまだ、君のことが心配で君に手紙を書いている。
あ、今君がファミレスに入って来たよ。隣にいるのは新しい彼氏かな。こっちに来た。僕が座っているとも知らずに、僕の目の前に君たち二人が座ったよ。君たちは向かい合って座らないんだね。おかげで僕が君と向かい合って座れているよ。嬉しいなぁ。
新しい彼氏はお金をちゃんとくれる? 君を大切にしてくれる? 君の秘密を知っている? 心配だなぁ。それとも君は、新しい彼氏も殺すことを決めているのかな。
大丈夫。何があっても、僕が君を守ってあげるからね。
君がこの手紙を読むのがいつになるか分からないけど、とりあえずポストに入れておくよ。おっと、二人とも、こんなファミレスでキスをしないでよ。それも僕の目の前で。
それじゃあ、またね。
追伸
最近、僕が埋まっている穴の近くに友達が増えて嬉しいです。僕が寂しくならないようにしてくれているのかな。君は本当に優しいね。もっとたくさん友達を埋めてね。ありがとう。
fin