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第三章 観測


『ハロー

 わたしです

 先生

 本日もよろしくお願いします』


 風力発電機を修理してから数日が経つ。

 あの風力発電機を修理した次の日から、青年から天体望遠鏡の扱いや天文学の知識を教わり始めた。

 そうやって授業を受けている間だけ、わたしは彼のことを親しみを込めて《先生》と呼ぶようにしていた。


『先生って知識の幅がほんとうに広いよね

 色々なことに“造詣”があるね』


 最近覚えた単語を早速使ってみる。


『実は、造詣はそれ程でもない。恐らく天文学の分野では、君の方が遥かに理解は深いはずだ。俺はただ手元にあるコンピューターに記録されている情報を読み取って、それを教材として君に伝えているだけに過ぎない。』


 その教えられるということこそが、実は一番凄いことなのだとわたしは知っている。


『先生って幾つなの?

 大学生なの?』


 前々から気になってはいたが、果たして彼は幾つなのだろうか。


『十五歳だ。』


 嘘か真か。彼はわたしよりも一つ年下であった。しかも青年どころか、少年とも言える年齢ではないか。


『もしかして飛び級とかしてる人?』


『確かに普通の教育課程とは違う経歴ではあるが、恐らく君の想定している飛び級とは意味合いが大きく異なると思う。そこは幼少の頃から学ぶ分野を自由に選択出来る環境だった。そこで色々とやっている内に、いつの間にか指導教官の資格を取っていただけだ。』


 もしかすれば少年は、どこか遠くの異国の教育課程を受けていたのかもしれない。国によっては十八才で教師になれるところだってあるのだし。少なくとも、我が国の教育制度とは大きく違っていた。


『指導教官って何?』


 字面だけ見れば、それとなく意味はわかるのだが、一応たずねてみる。


『意味合いは教師に近い。そう解釈してくれれば良い。』


 どうやら、教師以外の意味も含めての『指導教官』ということらしい。


『十五歳で教師って凄くない?』


 少しだけ間を空けてから、返信が来る。その空白の時間は、少年が画面の向こうで、何かを思い返していたことをわたしに悟らせる。


『仲間達と初めて会った時、確かにみんな驚いていた。自分よりも一つか二つ年上か、一つか二つ年下の隊員ばかりだったから、まさか同年代の子どもが指導教官に来るとは思っていなかったのだろう。』


 また一つ気になる単語が出てきた。


『隊員?』


 もしかすれば彼は軍人なのだろうか。少年はこの数ヶ月間、我が国のどこかにある施設にいると聞いていたが、そこは何らかの軍事的な施設なのかもしれない。


『本来の意味そのもので解釈してくれれば良い。解り難ければ生徒と解釈してくれれば良い。どちらの関係でも概ね正しい。』


 そして――仲間でもあると。


『もしかして自衛官か軍人さん?』


 だが、十五歳前でそれになるのは無理なのはわかる。それを理解した上での質問だった。


『全く違うものだ。どこの国にも所属していない組織だ。ただ、少しばかり軍隊等に近い形の組織の中で生きて来た事は確かだ。』


『気になるな~』


 少年の話が本当なら、それはまるで秘密結社の様だった。


『君が素性を打ち明けてくれるなら御返しに教えても構わない。どうせ世界はこんな状態であるし、社会に秘匿する必要はもうあまり無いだろう。』


 なら話してよと思うが、わたしは拒否する。


『それはできないな~

 情報社会の落とし穴ってあるしね

 わたし女の子だから特にそういうのうるさいよ~

 わたしは何もわたしのことを教えないよ

 だからそっちもそんな感じでいいよ』


 こちらが向こうに踏み込むということは、それは、向こうにも踏み込まれるということだからだ。ネットでの付き合いはこれくらいで丁度良いのだ。

 それこそ、世界がこんな状態であるなら、最早どうでもよいことなのかもしれないが。


『今はそれでも構わない。さて、そろそろ授業を始めようか。』


 そうして、本日の講義が始まった。




『――君には最終的に、ダストレイル発見の習熟と、ダストレイル発生地点から、地球にそれが飛来するまでの期間を計測出来る様になって貰いたい。』


 この前、少年から習ったばかりの単語である《ダストレイル》の意味を、今一度思い返してみる。実はすでに知っている単語なのだが、自然と思い出してしまう。

 ――ダストレイルとは、彗星から放出された塵の集まりのことで、拡散する前の塵群のことを指す。そのダストレイルこそが、獅子座流星群の大元である。そのダストレイルの塵一つ、一つが、やがて地球に向かって飛来するのだ。


『従来の獅子座流星群と、件の獅子座隕石群は、今日までの学説的には、全く性質の異なるものだと言える。今君に教えている流星天文学の見地だけでは、現状、その全貌を推し量る事は出来ない。今後、新たな天文学分野として開拓して行く必要があるだろう。』


 それならばなぜそれを、よりによってこの“わたし”に教えるのだろうか。何のために――


『流星天文学じゃ獅子座隕石群のことはわからないんだよね?

 じゃあなんでそれをわたしに教えるの?』


『獅子座隕石群は、獅子座流星群でもあったんだ。いや、正確には、同時に来ていたと言えば良い。先程言った様に、これはまだ未知の分野なのだから、一つの括りにするのは早計だ。そうだな、今取り敢えずは、別個のものとして考えた方が良いだろう。』


 この少年は専門家でもないのに、なぜそこまで洞察できるのだろうか。


『半年前、世界中に降り注いだのは、何も明確な質量と熱量を持ったメテオだけじゃない。同時に流星も降り注いでいた。獅子座流星群は、獅子座隕石群に付随する形で、ちゃんと飛来していた。』


『その獅子座隕石群の隕石はもしかして彗星の欠片なの?』


『専門家ではない俺にははっきりとは判らないが、ただ、これだけは言える。今日までの流星天文学においては、彗星は主に氷と塵から出来ていると述べられている。その彗星から発生したダストレイルも、ただの氷や塵であるはずだ。それらは地球に飛来しても、大気圏突入時に蒸発するか、燃え尽きるかしてしまう程度の大きさだ。今言った事は、従来の獅子座流星群の原理そのもので、流星が訪れる仕組みそのものでもある。だからこそ、ダストレイルは、獅子座隕石群の様な脅威には先ず成り得ない。』


 ようやく理解できてきた気がする。確かに隕石群と、流星群は性質が違う。やはり、そうだったのか――


『だが、獅子座隕石群は、獅子座流星群と一緒に来る事は確かだ。こちらのコンピューターには、数日間に渡って降り注ぎ続けた例の獅子座隕石群の画像データがある。それを今からそちらに送ろう。』


 しばらくすると、わたしのノートパソコンに一枚の画像が送られて来た。それは暗い星々の海を写したものであった。だがそれは、静止したかの様に宇宙に浮遊する星々を単に撮影したものなどではなく、そこに写るほとんどの星々が尾を引いて流れて行く様を写し取ったものだった。


『画像を見ると分かると思うが、メテオの隙間や手前に、無数の細い光の軌跡が見えるはずだ。』


 太い軌跡を残している隕石群の隙間には、確かに無数の流星らしきものが見える。もしかすればその内の幾つかは、遠い距離のために、隕石と誤認しているものもあるのかもしれない。だが、それだけではない。最も大きく映し出された隕石の軌跡の手前側に、糸の様に細く見える光の軌跡が、隕石に並走するようにして流れているのが確認できた。それは隕石の赤くて太い軌跡の中に、青白い軌跡を走らせているため、はっきりと見てとることができた。


『隕石群が降り注いだ数日間、実は流星群も降り注ぎ続けていた。隕石群の波が去った日と同じくして、流星群の波も引いた。これはただの偶然ではない。隕石群と流星群には何らかの関係性がある。だからこそ、ダストレイルの発生を確認する事は、ダストレイルの発生地点から飛来する時期を求める事は、獅子座隕石群の襲来を予測する事にもなる。』


 隕石群は流星群と共に訪れていた。では、近い将来にも襲来するといわれている隕石群が、以前と同じ様に、流星群をともなって来る根拠とは何なのだろうか。


『風力発電機を修理する前の日

 先生が教えてくれましたが

 次に来るのは隕石群なんですか?

 もしかしたら流星群だけなのかもしれないですよ?』


 わたしの手元にある資料と言えば、《観測所》内を探しまわってかき集めた、父が残した書き殴りの文書の束だけだ。少年と本格的に天文学の講義をするようになってから、あらためて建物内を探しまわったのだが、それでもこれだけしか見つからなかった。


『君は流星群が、そう頻繁に訪れるものと思っているのか? そしてそれが、ある日突然、予測出来ない内に、気付かぬ内に起こるものだと思っているのか?』


 その先生の問いかけには、わたしはちゃんと正確に答えられた。


『獅子座流星群は基本的に約三十三年に一度訪れる周期性のものです

 無論例外はたくさんありますが今は置いておきます

 これは流星の元となるダストレイルの更にその元である彗星が訪れるサイクルと一致するからです』


 父から教わったことを、そのままなぞるようにして答えた。


『そうだ。やはり君にはこの分野の造詣がある。君の覚えている範囲で、もう少し続けてくれ。』


 語りたくて、けれどもそれは危ういことだと思うも……それでも自然と口から出てしまう。記憶を――掘り下げる。

 もう、止まらない。目を見開いて、挑む様に画面を見つめる。


『二年半前

 ある学説がこの国で発表されました

 その学説で言われていたことをまとめると次のようになります

 過去最大の獅子座流星群の襲来

 正しくは獅子座隕石群が地球に襲来するというものです

 世界は文明始まって以来の

 最大の危機に曝されると

 その学説により提唱されたのです』


 パソコンの画面の向こうにいるのであろう少年は、今どんな顔をしてわたしのことを見ているのだろうか――ふと、そんな疑問が浮かんだ。こちらの顔なんて、絶対に見ることなんてできないはずなのに。


『その学説を裏付ける要素として、次のことが述べられます

 ここ最近(発表当時以前)獅子座流星群が来ると予兆するための材料である観測対象のダストレイルの発生が宇宙の随所で散見されるようになりました

 三十三年という周期とは関係無く頻発し始めたのです

 そして三十三年周期以外の流星群の中には明確な質量と熱量を持った隕石が混ざり始めたのです

 それらが宇宙のどこから来て流星群と合流

 あるいは発生するのか

 それはまだわかっていません

 この学説で今言えることは

 その発生頻度とその隕石の大きさと量は時を追う毎に増しているということです』


 わたしはここでタイピングをいったん止めて、目尻から溢れてきたものを拭った。


『ここから続けることはあくまでわたし個人の考えです

 まだ実際の裏付けも確証もないことです

 言う前にことわっておきます』


『構わない。続けてくれ。』


 タイピングを再開する前に、息を大きく吸って、吐いた。直接喋るわけでもないのに、なぜだかわたしはそうしていた。


『それらをまとめると

 三十三年周期で訪れる獅子座流星群以外は

 全て地球の脅威となりえるということです』


 わたしが思った以上にそれは簡潔に、すらりと出てきた言葉だった。これ以上続ける必要は無かった。


『以上です』




 午前中は畑仕事。午後は少年の講義。夕食後は少し休憩を挟み、天体観測機の取り扱い説明講座となっている。


『ハロー

 わたしです

 こちらは今

 夜空を望遠鏡で見ています

 星がとても綺麗です

 先生にも見せてあげたいです』


『こちらにも天体望遠鏡の様な物があるにはあるんだが、地下だから直接見られないのが残念だ。』


 少年のいる場所にあるコンピューターは、どれだけの情報量を持っているのかはわからないが、かなり重要な代物で、しかも高性能なものなのではないだろうか。

 前にも、父の所有していた天体望遠鏡の型番を教えただけで、すぐに取り扱い方法を検索してくれた。

 それは、風力発電機の時と同様、ネットで調べても出て来ない類の情報のはずだ。


『それでは課題を与える。今この国の夜空の何処かに一機の《HOPE》が浮かんでいるはずだ。それを自力で見付けるんだ。』


《HOPE》が上空を浮かんでいる時は、必ずそれを観測するように指示されていた。


『了解であります』


 コツは、星図と実際の空をパッと全体的に見比べること。望遠鏡を覗きながらしらみつぶしに探すのではなく、先ずは自分の目で直接星空を見るのだ。そして、まるで間違い探しをするようにして二つを見比べるのだ。

 そうしていると、星図では本来そこに見えるはずの星が、実際の空では見えない場合がある。だがそれは、時間的、時季的に見えない星である場合もあるし、公転の関係でいつでもそこに見えるわけではない星というものもある。だからそこに必ずしも《HOPE》があるわけではないのだが……

 その星の名前と、見える時季と時間帯を、ネットで検索して調べる。

 思わずわたしはにやりと笑った。今日は運が良い。

 天体望遠鏡の先をその場所に向けるため、星図に記されている座標を、天体観測機に付いているテンキーで打ち込む。そうすると、自動的に天体観測機の先が望んだ方角を向いてくれるのだ。半円状のドームが緩やかに回転を始め、やがて静止した。

 天体望遠鏡を覗き込み、手元のレバーと操作盤を扱いながら、少しずつピントを合わせていく。ぼやけは取れた。しかし、対象物が近過ぎるためか、真っ暗な視界が広がっているようにしか見えない状態だ。そこは操作盤のしぼりをゆっくり回していくことで、徐々に倍率を下げていく。

 ――するとそれは見えた。半年前、この《観測所》のある山の上から見た物と同じ姿。


『本日も《HOPE》はまるでクラゲのようにのん気に漂っているであります』


『その《HOPE》の事をよく覚えておいて欲しい。今君が見ている視点からそれが見えるかは判らないが、その《HOPE》には通し番号の《0007》が刻まれている。』


《0007》ということは、七番目の機体ということだろうか。どこの国の人が乗っているのだろう。


『その《HOPE》こそ、君の国の人々が乗っている八番目の機体だ。』


 呼吸が止まる――我に返ると、先生の言葉は続いていた。


『これから君は、その宇宙船の人々の為に、語り掛けねばならない。』


 半ば、わたしは心ここにあらずの状態なのに、先生の言葉は続いていく。


『君が持つものは、三つある。一般人よりも天文学に関しての造詣がある事。宇宙の状況をいつでも確認出来る、高性能で、かつ稼働する事の出来る天体望遠鏡がある事。そして、電力や食料を自給自足出来る環境。この荒廃した世界で、何にも代えがたい、金銭では到底計れない程に貴重な、三つもの武器が君にはある。そんな君だからこそ、果たさなければならない使命がある。』


 先生は――少年は、一体何を言っているのだろうか……?


『よくここまで頑張ってくれた。本当に感謝している。俺は今、君に感謝してもし切れない位、感謝している。頭を下げて、君の手を取って、何度も御礼が言いたい気持ちだ。』


 少年は、これからとても重要なことを言うのだと、それがわかった。あの時の父と同じもの……少年の言葉にはそれが感じられる。


『君は地上に残された九番目の《HOPE》なのかもしれない。君の御陰で、俺は地上に出る決心がついた。まだこの世界は助かる可能性がある。この国に生き残った人々を助ける事は俺達に任せてくれ。その代わり、君はそこで、その場所で、空に“取り残された人々”を救ってやって欲しい。』


 少年が語り終えると、膨大なデータがこちらのパソコンに送られ始める。

 画面一杯に、まるで花が咲いてゆくかの様に、何かの資料が次々に受信されてゆく。

 少年の言葉は再開される。


『これらの資料は、君の居る場所と、君の持つものだけではどうしても手に入らないものだ。今日まで君が頑張って来た様に、俺達もまた、これらの事に心血を注いで来た。今まで君に教えて来た事を総合しても、今の君の知識と経験だけではどうしても補えない、辿り着けない、そんなレベルの問題について、これらの資料の中では述べている。』


 膨大な資料の数々は、向こうであらかじめ何らかのプログラムを組まれていたのか、自動的に一箇所に集まり、圧縮され、遂には一つの《.exe》と化した。


『それを開いて見て欲しい。』


 突き動かされる様に、わたしはそれをクリックした。


1.第一獅子座隕石群襲来後の世界地図


 一番目の項目をクリックすると、ムービーが始まった。それは先ず地球が黒い宇宙の中に浮いてある状態から始まって、次第にズームアップしてゆき、最後に見慣れた長方形型の世界地図へと変形した。

 すると今度は、世界中の大陸が海に浸食されて行くのが時間経過と共に流れて行く。更に続いて、世界中に無数の赤い点が発生して行く。それは綺麗な円形になって広がり、残された世界中の大地に、島々に、無数の大小様々なクレーターを作ってゆく。

 しかしそれだけではない。膨大な隕石の影響で、海面が更に上昇して行く。それにより、世界各地で津波、地震、嵐、火災、水没……等、あらゆる災害が起こったことが想像できた。

 これらは、半年前の獅子座隕石群の襲来によって起こった、世界規模の海面上昇の様子を再現しているのだろう。

 それは今現在の地球上の詳細図だった。

 次の項目に移る。


2.第二獅子座隕石群降下地点の予想図


 最初の動画で紹介した、隕石群落下後の世界地図がすぐに画面に広がった。今度のものは動画ではないようだ。だが、それに変化が起こった。

 世界中に、東西に走る赤いラインが無数に走って行く。それはよく見るとラインではなく、点の集合だった。自転する地球だからこそ、この様に降下ポイントが無数に、ライン状に散ってしまうのだろう。

 それは近い将来飛来する、隕石の落下するポイントのシミュレーション図であった。そのラインにカーソルを近付けると、具体的な日時が吹き出しで飛び出して来る。

 わたしは試しに自分の国を拡大した。無数の赤いラインは、まるで獣の爪痕の様に見えた。その獣の爪が国中を切り刻んでいた。ただでさえ、満身創痍とも言えるほどに傷付いた列島が、更に悲惨な状態になって行く。

 思わず、吐き気を催した。だが、手は止まらない。最後の動画と思われる項目をクリックした。


3.ホープ軌道予想図


 それは現在の世界地図上に、四つの円が移動をし続けるだけの動画だった。欠番があるのが気になるが、それぞれ0、1、5、7の数字が打たれた四つの円が、決まって一定の距離を一日毎に動いているのがわかった。

 なぜ欠番があるのか――その理由にすぐに気付いた。打ち上げられた八台の《HOPE》の全てが、無事に宇宙へ辿り着いたわけではない。それは以前、まだ交信を始めたばかりの頃に少年が教えてくれたことだった。

 八機の内の四機は、打ち上げに失敗したか、隕石群の軌道上にあったか、もしくはそれ以外の何らかのトラブルで宇宙の藻屑と化した。八台の内、零番と一番と五番と七番の四台だけが、未だに宇宙に存在しているのだろう。

 しばらくそのまま見ていると、新たに気付く。

 これらの円は恐らく《HOPE》が地球上から見える時間帯や日時を示すものなのだろう。実際に動いているのは円の方ではなく、地球の方なのだ。一つ前の動画同様に、この動画もまた地球の自転を考慮した上で、日々変化する《HOPE》の観測可能時期を示しているのだろう。

《HOPE》は、デブリ群の影響の少ない大気圏外より更に少し離れた宇宙空間に、半ば静止して浮遊している様な、そんな状態だと少年は言っていた。

《HOPE》がそうしているのは、スペースシャトルの様に地球の回りを周遊していると、隕石群に曝されてしまう可能性があるためだ。そのため《HOPE》は常に地球を挟む形で、地球を盾にする位置にある必要があった。

 更に経過を見て行く。しばらくすると、⑦に変化が訪れる。⑦の向かう先に、先程の動画にあった赤いラインが、わたしのいる国の上に改めて走る。やがて⑦は、完全にその赤いラインと重なってしまった。恐らく隕石軍の影響を受けない宙域から反れてしまっているのだろう。

 その予想日時は、今から約一年後だった。これはおかしい。《HOPE》は安全な宇宙空間で静止しているはずだ。それなのになぜ……

 そこで少年からの通信が割り込んできた。


『七つの《HOPE》を建造した時点で、この国の力はほぼ失われていた。』


 それは当事、実際にメディアを通して見ていたわたしにはよくわかる。

 我が国は世界中から糾弾されて、なすがままに、七つの希望を奪われるしかなかった。


『だが君の国は、ほぼ失ってしまった力の残りを総動員し、不完全ではあるが、八番目の《HOPE》を形にした。しかし、その最後に造られた《HOPE》には、隕石の軌道から逃れる為の、宇宙空間での機動制御に使う装置が十分に積まれていなかった。辛うじて完成させた一台の機動制御装置を搭載した頃には、最早隕石群の襲来は間近だった。それは本当にギリギリのタイミングで打ち上げられた。その際に運悪く、隕石の幾つかがその機動制御装置に当たってしまった。大気圏から逃れ、宇宙空間に出る事には成功したものの、どうにか一時的に安全な距離に静止する事にも成功したものの、やがてその装置は二度と動かなくなってしまった。もう二度と、新たに来る隕石群から逃れる事が出来なくなってしまった。』


 あの日の光景が脳裏に蘇る――赤茶色に焼けた空。それを、《観測所》のある山の上で、一人見上げるわたし……

 無数の隕石が降り注ぐ中、一台の巨大飛行物体が空に上昇して行くのを、わたしはただ見送ったのを、今でも、覚えている……

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