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序章 世界

 それは二年前の事――ある日、父はわたしに言った。

『お父さんは大事な用事で出掛けてくる。しばらく家を留守にするから――』

 続く言葉は『一人でもちゃんとするんだぞ?』と、予想していたのだが。

『――学校には行かないで、あの山の上にあるお父さんの観測所に行って、お父さんが帰って来るまでそこで暮らしていなさい』

 ここ最近の父は、今の言動を含め、おかしい。そのことはわたしが一番よくわかっていた。けれどもそれは、父一人、娘一人の父子家庭で育ったわたしにとっては、最早当たり前のことだった。

 だが、さすがに『学校へ行かなくていい』などと言われるとは思わなかった。

 約十三年間、父と共に暮らしてきたわたしでも、まだ父についてわからないことがあったようだ。そんな時は、最近の出来事にさかのぼって考えれば良いのだとわたしは学んでいた。

 ――最近の父のことを思い返してみる。

 一週間前、父は仕事から帰った後も、天体望遠鏡で空を見ていた。それ自体は別に珍しくもなく、いつものことなのだが、しばらくすると父は慌てて職場へ戻って行った。

 それから三日後、父はようやくアパートに帰って来たかと思うと、今度は電話帳をめくって色々な場所に電話をかけ始めた。知り合いの天文家らしき人たちだけに留まらず、公的機関にも。

 父はしきりに電話口で説明するも、以前にもその様なことがあったためか、一向に相手にされない。父が世間的にも、学者的にも、奇人変人の類であることは、何も娘のわたしだけが与り知ることではなかった。

 何かを研究し、それに傾倒する者は――それは何も天文家だけが例外なのではなく、恐らくそういうものなのだろう。

 思えば、父が何年か前に世間に発表したあの論文は――回想が更に過去へとさかのぼりかけた時、わたしはそこで合点が行った。

 どうやら、父の研究に進展があったようだ。それならばこの数日間の行動も理解できた。

 ただ、その時の父は、いつもと雰囲気が違っていた。星のことを娘のわたしに活き活きと説明する時とは違い、何か明確な意志をともなって話していた。使命感とも言える様な強い意志が父を突き動かしていた。

 わたしにはわからない。本当によくわからないことだけれども……良い意味でも、悪い意味でも、少年の様に天文家で在り続けた父。それが今になって何かに目覚めることがあろうとは。今になって、大人の顔を見せようとは……

『――後数年もすれば……いや、早ければ一年か、二年以内に、地球は世界規模の大災害に見舞われる』


 父が数年前に世間に発表した論文は『獅子座流星群』についてのものだった。

 その概要は、子どものわたしでも理解できる範囲で、次の項目にまとめられる。

・獅子座流星群発生頻度の推移

・流星の数、及び質量の増加傾向と推移

・獅子座隕石群の襲来

 それら三つの内、最初の二つの要点を述べると、次の様な内容になる。

『約三十三年周期で訪れる獅子座流星群に、この数十年の間、不規則な傾向が見られ始めた。本来であれば、彗星から放出された拡散前の塵の発生地点等から計算することで、将来地球に飛来する流星群の発生時期は予測できるのだが、その予測外での発生がここ数十年間で多発している。その際に飛来する流星の数は、原因不明ではあるが時を追う毎に増加傾向にある。また、流星として飛来する塵が、ここ最近では塵とは到底呼べないほどの質量の物が混じる傾向も見受けられる』――と言うものだ。

 その推移を数値化、グラフ化したものも実際にはあったのだが、その数字まではもう覚えていない。

 そして、父が世間から変人の烙印を押された三つ目の学説の概要は『近い将来に獅子座隕石群により世界は未曽有の危機に瀕する』――と言うものであった。

 当時十三か十四かそこらの娘であったわたしでも、その話を受け入れるには、いささか幼さを過ぎていた。

 家を出て行ってしまった父を見送ったわたしは、最初の頃こそ、父はその内帰って来るのだろうと予想していたのだが、それから先はあの日の父の真剣さを思い返す度、心のどこかでは父の正しさを信じ始め、そう簡単には帰っては来ないのだと確信を強めて行った。

 事実、父は持論の正しさを、家を出て行ってから証明し続けた。

 最初の頃こそ世の中にそれらしき兆候は見られなかったが、ある日、父の言っていたことがあらゆる媒体やメディアで取り沙汰され始めた。

 その話は、わたしがあの日初めて聞いた話よりも、更に具体性をともなっていた。

『――二〇XX年に質量と熱量をともなった隕石群が地球に降り注ぐ』

 日を追う毎に話は大きくなり、現実味を帯びて行き、遂には世界中に広まった。父が称賛されることは無かったけれども……それは父の為した成果なのだと、わたしは理解していた。

 そして、結果だけを先に話すのならば――世界は滅んだ。完膚なきまでに。

 次に、そこに到るまでの経緯を、社会情勢も交えながら簡単に説明しておこう。


 地球温暖化が緩やかに進みながらも、その問題と向き合わず、回答を先送りにし続けていた世界中の大人たち。

 一部の科学者、メディアはそれに抗するも『焼け石に水』の様な状態が続く。年々乗数倍化してゆくかのような加速度的な海面上昇は最早抑え切れなかった。何もかもが遅過ぎた。そして、それに付随する形で、ついに人類史上最悪の天災が訪れた。

 連日放送される国会中継では、責任の擦り付け合いが続けられていた。その当時、それを見ていた一般人の中で、誰かを批判し、責任を追及することなど、最早無意味なことだと気付けた者はかなり少ない。

 今更言い争っていても無意味なことだと、いち早く気付けた我が国の一部の大人たちは、水面下で方針をまとめ、秘密裏に実行に移していた。

 我が国は一大プロジェクトとして、超長距離宇宙遊泳が可能な居住用宇宙船の建造に着手した。一機当たりの搭乗数は五万人。それは大きさにして東の都のシンボルであるドームほど。実際に人間が生活する上では搭乗数は半分の二万五千人程度に落とす計画だ。

 船の名は《HOPE》――希望。何とも安直である。それに、たかだか二万五千人しか乗れないのに《HOPE》とは。搭乗数二万五千人と言う数字は、世界総人口的に見れば、あまりに頼りない数字だった。

 だが皮肉にも、我が国では少子化が進んでいた。我が国の人口は数十年前には一億を切っていて、それ以後もその減少の波は緩やかではありながらも着実に続いていた。一時は人口の四割を占めていた老年層の多くも、時の流れの中で緩やかにその生を全うしてゆき、更に人口は減少の一途を辿ってゆく。

 そして、時は更に少しだけ流れる。

 計算上、千二百機。それだけの《HOPE》を建造すれば国民の全員が助かる。そう、千二百機ならば、現実的に手が届きそうなのだ。

 だが、その東京ドーム程の大きさの物を千台以上も造るには、狭き国土の我が国では土地や資源や人員が足りなかった。打ち上げるための場所も無かった。海面上昇を抑えられなかったことが悔やまれる。

 政府は当初想定していた一機あたりの搭乗数を引き上げ、四万人にした。そうなると、寝床にもなる個人スペースは、棺桶ほどの大きさになると言う。しかし、助かるならばそれに文句は言えなかった。これで必要な宇宙船の数は七百五十機にまで減少した。

 お金には最早価値があって無いようなものだから、国中にある硬貨の大半は宇宙船の材料として溶かされ、宇宙船の一部になった。いつしか金物は、国内からほとんど姿を消していた。宇宙船の建造は進む……

 一方その頃、某国では一部の政治家達だけが住める安全な地下シェルターを建造し、移住を始めていた。全ての人口を移住させられるわけもなく、また、国を背負って立つ者達が己の保身のみに走ったとあって、一般市民達は政府に対し、国に対し、信用を失っていた。

 更に他の国では、標高がある土地を目指し、他国に侵略を図ったり、保護を訴えかけたりする所があった。

 もっと事細かに細部を話すなら、数多くの国で、刹那主義に走る者達が、酒やドラッグや性に溺れ、犯罪に走ることが多発した。また、一部の人々の間では、いち早く集団自決する者達までいた。

 ――我が国に話を戻そう。

 完成したのはその時点で七機。残り七百四十三機。その数字はあまりにも絶望的だった。

 我が国が総力を挙げて宇宙船を建造している頃、やはり某国は横槍を入れて来た。

 要約すると『人類存続の為の宇宙船の建造は先進国同士が協力し合って行うべきだ』と、某国の政治家達は、安全な地下シェルターからそんなことを通信して来た。

 この行為に、国連に参加するあらゆる国の人々が猛反発した。その煽りを受けて我が国も糾弾された。

『自分達だけが助かろうとするなど言語道断! 先進国は非先進国を守る義務がある!』

 生産性の無い非難、論争が、新たに世界規模で始まった……

 その結果、我が国は現状で完成させていた七機を失うことになった。希望が絶望に変わった瞬間である。一機は某国に、残りはユーラシア――へと渡った。希望は七つの大陸に分けられた。

 その時点で我が国は、その国力のほぼ全てを失っていた。

 ――そして時は来た。

《獅子座隕石群》の襲来である。

 本来はその大半が地球の大気圏外を飛来するが、流星として視覚できる形で地球に降ることになっても、その多くは大気圏突入時にはほとんど消滅してしまう流星群。しかし、今回の獅子座流星群は違っていた。

 それは広大な宇宙の未知なる神秘とでも言うべきか。それは明確な脅威をともなった隕石群と呼べる代物であった。

 そして……一番強かなのは、我が国だったのかもしれない。

 絶望的な規模で隕石群が降り注ぐと“はっきり”と報じられたのは、我が国が隠し持っていた八機目の宇宙船が、ある日、突如打ち上げられてからだった。この事を知っていたのは先進国の極一部の政治家達だけであった。

 連日放映されていた、荒れている国会中継や国連会議自体が、全てカモフラージュであったのだ。世界中の政治家達は、世界規模で、世界中の人民を騙していたのだ。自分達だけは着々と準備を進めていたのだ。

 恐らく世界中に散った七機と、最後の一機に乗っていたのは、政治家達や医者、宇宙船の航行や整備に必要な技術者達で、その隙間に搭載されたのは最低限の家畜や食用植物だったのだろう。

 わたし達は端から見捨てられていたのだ。わたし達はそうして取り残されたのだ。気付いた時には、怒りの矛先は既に手の届かない所にあった。

 わたしは今でも覚えている……赤熱した隕石が降り注ぐ赤茶色の空を見上げながら、その宇宙船をこの山の上から一人見送ったことを。

 獅子座隕石群の飛来は数日間に渡って続き、間断無く降り注いだ。地球は自転する惑星であるがゆえに、世界中に隕石は万遍無く降り注いだ。

 それは水位上昇に更なる追い打ちをかけた。世界地図を、更に大きく書き直さねばならないほどに。

 その後、世界中の空は粉塵に覆われて、世界中のあらゆる所で、一カ月間にも渡って大豪雨が降り続けた――

 大気圏上では、獅子座隕石群により蹂躙された宇宙船が幾つかある。

 それが何処の国に配された船なのか、確かめる術は地上にはない。打ち上げの際にも、果たして何機が打ち上げに成功したのか、それすらわからない。

 わたしのいる国以外のところのことも、ましてやわたしの国のことですら、今はもう何もわからない。


 それが、今のわたし。


 わたしは、そんな世界で生きている。

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