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雪の女王と探し人  作者: さか榊
1章 はじまりは宝玉の遺言から
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04

 守護者と言われているのだから、それぞれの国を守る者なのだろう。スノーリルトを含め。けれど、エルラルドはそんな存在を、自国でも他国でも、話に聞いたことすら一度もなかった。


「宝玉とは第二代雪の女王へ雪の守り人が残したものだ。初代の時は奴が宝玉の役目を負っていた。いや、違うな。その役目をやらせるために宝玉を作った、と言った方が正しいか。ルーアという俺の存在は、当時、まだ幼かった第二代雪の女王のために作られた。おまえと同じで早くに母を亡くしたアレの成長を見守り導く存在として、な」


 ルーアが今、こんな話をするのは意味があるはずなのだけれど、エルラルドには彼の言葉の意味する所が分からない。だから、率直に問い掛けた。


「ルーアは何が言いたいんだよ?」

「……雪の守り人は気まぐれだ。宝玉は奴の力を高濃度で凝縮して結晶化したものだが、奴が永の眠りから目覚めたとしても同じように宝玉を作るとは断言できない」


 ルーアの視線がエルラルドからあからさまにそらされる。その発言と態度に、エルラルドの顔が引きつった。

「ほぉ~。気まぐれ、ねぇ。そんな下らない理由で、そいつは国一つを滅ぼせるのか。……そんな奴に誰が頼むか。こっちから願い下げだ。俺は別の方法を探す」

 怒りを含んだ声質は、普段よりも低くくぐもっている。

 エルラルドは踵を返してその場から去ろうとしたが、その動きをルーアが強制的に止める。

「まあ、そう怒るな。自然の理に真っ向から逆らえる奴は雪の守り人くらいのものだ。それに、そのための代償を払っている」

 その代償こそが、雪の守り人の望みだったのかもしれないが……。


 ルーアはそう思ったが、その部分を口に出すようなことはしない。

 身体の自由をルーアに奪われ、むくれたエルラルドの表情が「代償」という単語に反応して訝しげなものになる。エルラルドは視線だけで、それが何かを問い掛けた。


「雪の守り人は強大な力のほとんどを、宝玉を作るために使い果たした。強大なその力を回復させるために、いまだに奴は眠ったままだ」


「……その時からずっと、眠ったままなのか?」

 いくらなんでも眠り過ぎだ。というか――。

「そいつ、人間か?」


 雪の守り人が人間だとしたら、あり得ない年月を生きていることになる。

 ルーアの拘束が無くなり、自由になった身体をエルラルドは解す。

「種族が何かは知らんが、いまだに眠ったままなのは確かだ。ただ、力はもう回復しているはずだからな。そろそろ起きてきても良い頃合いなんだが……」

 起きて来ない以上、こんな事態になってしまえば強制的にでも起こすしかない。ただ、問題は――。

「奴が閉ざされた場所で眠っているのは知っているが、それがどこかまでは俺も知らん。だから、他の三つの国にいる守護者に会いに行け、と言った」


 雪の守り人は目覚めることを望んでいない。ルーアには察知できないように身を隠し、その場所を知らせないまま眠りについた。


「その守護者達に会いに行けば、どうにかなるのか?」

 エルラルドの表情は呆れを含み、口調からは疲れが滲み出ている。

「さあな。断言はできん。だが、奴らは雪の守り人との付き合いが長い。何かしら知っているはずだ。類友だからな」

 非常にうれしくない大雑把な返答を軽い口調でされて、エルラルドはがっくりと肩を落とす。

「……そいつらも気まぐれな奴らだ、と?」

「そういうことだ」

 無表情に戻ったルーアにあっさり肯定され、エルラルドは更なる脱力感に深く息を吐き出す。

「ここ何百年かは俺も会ってないからな。今、奴らがどうしているかは知らん。だが、殺しても死にそうにない奴らのことだ。守護者をやっているのは確かだから、それぞれの国で気の向くまま生きているはずだ」

 他人事のように、まったく参考にならないことを告げるルーアを、エルラルドは恨めしげに見る。


「他にそいつらの特徴は?」

「外観は人間と変わらん」


「それは特徴じゃないし……。何か、こうズバッと守護者だって分かるものは無いのかよ」

 今のままではあまりにも情報が少ない。国が限定されていたとしても、それぞれの国はスノーリルトよりも大きく、人口も多い。その中からたった一人を探し出すのは不可能に近かった。

 だというのに、どこまでも大雑把なルーアはこれまたあっさりエルラルドの期待を裏切る言葉を口にする。

「無いな」

 エルラルドの顔が引きつった。

「ルーア!」

 非難を込めて宝玉の化身の名を叫べば、ルーアが肩を竦める。

「守護者を示す物は無い。ただ――」

 言葉を区切り、ルーアがその顔に意味ありげな笑みを浮かべてエルラルドを見た。エルラルドは訝しげな顔になり、その続きを問う。


「ただ――?」

「それぞれの国に行けば、おまえの存在に奴らは絶対に気づく。探さずとも奴らの方から姿を見せるはずだ」


 そう告げた声は確信に満ちていた。だが、その発言はやはりなんの役にも立ちそうにない。

「相手の出方次第ってことか……」

 俯き深く息を吐き出すエルラルドに、ルーアが告げる。

「おまえだからこそ、できる。そのことを忘れるなよ、エルラルド」

 はっとしてエルラルドが顔を上げた時には、ルーアの姿は消えていた。ただ、声だけが聞こえる。

「俺の欠片を持っていけ」

 それを最後にルーアの声は途切れる。エルラルドが何度呼びかけても返事はなかった。




「エルラルド様。あの御方はもしや……」

 泉の間の入り口で、ウォロが呆気にとられた様子で立ち尽くしている。その隣には驚きを顔に浮かべたシルファーの姿もあった。そして、その後ろには宝玉が砕けたことを知らせに来た者達の姿があり、どの反応も彼らと同じようなものだった。

「その様子だとおまえ達にも見えたんだな。前にも言ったことがあっただろ? あれが宝玉の化身、ルーアだ」


 本来、ルーアの姿は王族以外に見えない。ルーアが望まない限り、その姿と声は他の者には見えないし聞こえないものだと、以前、エルラルドは聞いたことがある。だから、彼らがその姿を見たというのなら、ルーアが己の意思で姿を見せたということになる。


「なら、話も聞こえていたよな。俺はスノーリルトに接する三つの国へ行くからしばらく留守にするけど、その間、大丈夫だよな? もともと国政にはあまり関わってないし、俺がいない間、スノーリルトを頼む」

 一行にそう告げ、エルラルドは泉の底に散った宝玉の欠片の中で唯一、指で摘まめるほど大きな、それでも小指の爪ほどしかない小さな欠片を拾い上げる。そして、彼はそのまま立ち尽くしている一行の横を通り抜ける。

「お待ちください、エルラルド様」

 ようやく衝撃から立ち直ったウォロが呼び止める。ここで無視すると実力行使に出そうな固い声に、仕方なくエルラルドは立ち止まり振り返った。

 顰め面なエルラルドの表情が面倒だと語っていたが、ウォロは気にせずに言葉を続ける。


「まさか、お一人で、出掛けるつもりでは、ありませんよね?」


 探るような視線をエルラルドに向け、注意深く、確かめるように一句一句区切って告げたウォロに、エルラルドは何を今更とでも言いたげな表情になる。そして――。

「悪いか?」

 当然とでも言いたげに、そう告げたのだった。

 その答えを予想していたシルファーが、ウォロの隣でため息をついて耳を塞ぐ。

 次の瞬間。

「悪いに決まっているでしょうが!!」

 彼の予想通り、ウォロが怒鳴った。先程よりも比較的小さめな声だったが、それでも近くで聞けば耳にやさしくない。

 エルラルドが非難するようにウォロを見たが、彼の言葉にはまだ続きがあった。


「エルラルド様。あなたはスノーリルトの雪の女王です。一国の主です。そんな方をお一人で、はいそうですかと国外へ行かせられると本気でお思いですか? 国内でも駄目だというのに、国外に護衛も無しに出掛けるなど問題外です!」


 言葉と共に素早く歩み寄られ、ズズイと顔が近づき、間近で凄まれたエルラルドは顔を引きつらせる。反射的に一歩後ろに下がるが、咄嗟には反論する言葉が浮かばなかった。


 ウォロはああ言っているが、国内は平和過ぎるほどで護衛など必要なく、エルラルド一人で出掛けることも可能だ。こっそり王城を抜け出して、街に出掛けたこともある。実の所、それは一度や二度ではなかった。

 国外は訪れたことがないので正確な所は分からないが、どこもきな臭い話は聞いたことがない。それなりに安定した治世が続き、どこも平和だと判断できるくらいの情報は持っていた。

 だが、それらを今は口にできなければ意味がない。


 エルラルドが無言なのを了承と受け取り、ウォロが更に言葉を続ける。

「護衛は慎重に、私が責任を持って選抜させていただきます。よろしいですね?」

 問い掛けのようだが、了承以外の答えは求められていない。否と言った所で、慎重な安全策を提示するウォロよりエルラルドの方が不利だった。

 エルラルドは仕方なく、この場では頷いておくことにする。

 それにウォロは笑顔を見せ、

「では、人選は私がさせていただきます。――ああ。もうこんな時間ではありませんか。衣装合わせは後日に回すとして、エルラルド様はシルファーと魔術の勉強の時間です。さあ」

 さあ。


 有無を言わさぬウォロの言葉に逆らえるはずもなく、とりあえず衣装合わせを免れたこともあって、エルラルドはシルファーと共にその場から立ち去る。

 予定外のことはあっても、それは衣装合わせから逃げるという当初の目的が果たされた瞬間だった。


 その場に残されたのは、いまだに状況を理解しきれていない人々と護衛の人選を考え始めたウォロのみ。

 騒然とした場の中で、底に宝玉の欠片が散らばった泉の水は静々と変わることなく湧き続け、水面を揺らすのだった。



1章はこれにて終了。

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