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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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ABENSHEE

ABENSHEE SIDE:都の怪物の詩:introduction

作者: 千馬弘久
掲載日:2026/08/16





 人生とは、長い階段をのぼるようなものだと誰かがいっていた気がする。重い足を上げ、一歩一歩、登れば上るほど息が切れ、苦しくなっていく。だが疲労の中、次第に生まれていく達成感と高揚感が麻酔となって更なる高みへ登っていく。そんな感覚。


 16歳の少女は階段を上ってビルの屋上をめざしていた。


 エレベーターは使えない。今は廃ビルとなっている。この西塞宿にはそんなビルがあちこちに立っている。

 捨てられた街、ごみ捨てにはうってつけだ。


 階段の手すりを支えに、息を荒くしながらも、錆びた扉にたどりつく。扉に鍵はかかっていない。

 扉を開けると、さえぎることの無い冷たい風が肌にはりつく。灰色の空、雲で日が見えないのに、やけに明るくみえる。


 視界の端に、東京のシンボルともいえるアーコロジー、ビックカップが映った。今日は平日、今の時間、みんな学校で授業を受け、会社で仕事をし、人間社会で当たり前に励んでいることだろう。

 こんな廃ビルの屋上の扉を開けただけで、そんなつまらないものから自分は解放された気がした。あんな息のつまるところで励む連中の愚かさが嗤えてくる。

 

 そうだ、自分はこれから死ぬのだ。


 上ったからこそ落ちるのだ。それが自然、それが正常。

 靴を脱いだ。理由はない、ただあえていうなら、空を踏むのに靴は不要だ。

 

 錆びたフェンスを上って、ビルの端に足をつける、あと一歩のところ。本能的に肌がピリピリひりつく。自分にまだこんなまともな感性があったことに、少し驚く。だがその程度だ、恐怖なんて理性で押さえつけることができる。人間が自殺することができる生き物であることを実感する。

 自殺の理由なんて、言葉にすれば月並みなものだ。

 いじめ、家庭内不和、そんな程度のつまらないもの。

 でも、そんなことはどうでもいいのだ。

 すべてがどうでもいい。


 風がフェンスの向こうから、自分の背中を押すように吹いてくる。喝采の拍手のようだ。

 息を呑み、意を決した時だった。


「昔の映画で、似たような光景をみたことがあるわ」


「!?」


 不意に、隣から誰に話しかけたのかもよくわからない声が発せられた。少女の横、同じビルの少し離れた端に喪服の少女が座っていた。

「何…あなた」

「壁に囲まれた廃墟の街で、苦しみながら生活する人間たちを見下ろしていた天使は、やがて恋をして、地上に降り、そして死ぬの」

「なにそれ」

「この街に壁はないけれど、閉鎖的という意味では、近いものがあると思わない?」

「…どうでもいい」

「あなたは、何をしにここへ?」

 もしかして新手の自殺防止(ゲートキーパー)だろうか?なんてことを思う少女を無視して、喪服の少女は世間話をもちかける。

「死ぬためにきまってるでしょ、そうでないとわざわざこんなところに来ないわ」

「まぁ、そうなの?」


 喪服の少女は手を合わせながら、嬉しそうに言う。そんな彼女にすこし少女はたじろぐが、喪服の少女は気にすることなく彼女に近づいた。

「それはとても素晴らしいわ。わざわざこうやって行動を起こすなんて、人間の割に、あなたは正直ね?」

「あっ、アナタ何?…死神か何かなの?」

「ふふっ、光栄ね。でも残念ながら違うわ。生という操り糸につられた、ただの肉の傀儡よ?」

 少女の正面に立つ喪服の少女は、少女よりずっと小さく、子供と同じくらいの背丈だ。にもかかわらず、その存在感はとても大きく感じた。


「ねぇ、アナタは天国って信じる?」

「え?」

「私はね?、天国とか地獄とか、死者の国ってものが好きではないの。生者がたどり着いた幸福の先にあるのが同じような国だの世界だなんて、あまりにも残酷だわ…」

 手が伸びる。まるで舞踏会でダンスでもするかのように、喪服の少女は少女の手をつかむ。

「ひっ…」

「あら?…案外初心なのね。恐怖というものは生者の特権よ?それは置いていくべきだわ」

「な、‥‥なんなの、アナタ」

「怖いなら、私も一緒に行ってあげる。さ、笑いましょう?最後の幸福、すべてを置いていける幸せに」


 足が、離れた。

「  」

 産声のような絶叫の後、ぐしゃりとつぶれるような、さして大きくもない音があった。


 赤と黒が彩るアスファルトと、常人なら目を背けるようなかつて少女だったものもそばで、同じように中身を出しながら、喪服の少女は涙を流していた。


「あぁ、こんなにそばにあったのに…今は醜い命の残骸だけだなんて。…でも、美しい」

 真っ赤な瞳で死を見つめながら

「死で彩られた、生を否定する徒花だわ」


 霧が立ち込めていた。少女たちの死体を隠すかのように。

 そんな霧の中、真っ黒な帽子を目深にかぶった喪服の少女は、黒い花を咲かせながら、赤い靴で歩き出す。

 少女は怪物。殉教者。決して交わらないものをつなぐもの。

 ハーモニー。そうよばれた。





  *





 百年前、世界に黒い霧が現れた。

 霧は生物の体を侵食し、その姿を怪物へと変貌させた。そして世界は、その怪物「鵺」に対抗すべく、世界警備機関。通称ARSSを設立した。

 そこに所属するは、鵺の天敵、怪物を殺す異能を持つ人間。アーベント。

 つまりアーベントは、鵺にとっての死だ。




  **





 実を言うと、ハーモニーは自分が異常であるという自覚はあった。

 自分と同じらしい、胎の中にいる子供たち含め、自分のようなタイプの鵺はみたことがない。

 哲学書を読み、電車に乗り、グレン・グールドを聴くような鵺になど、会うはずもないのは当然ではあるのだが。


 東京に来て1日目、時刻は0:00を迎えようとしていた。

「夜は好きなのだけど、この街はずっと騒がしいわね」

 路上には飲酒して寝転がる人間があふれ、警察の手も回らないほどのようだった。軽く食事をするつもりで人の多い場所に足を運んだのだが、かえって食欲が失せてしまう。

「ねぇ君」

 擬石の上に座ってあたりをみるハーモニーへ、警備員のような風体だが、少し違うような男が話しかけてきた。

「いつからここにいるの?」

「今来たばかり、さして時間は経ってないないわ」

「ふうん、何してるの?」

「ご飯でも食べようと思って。でも決まらくって」

「いいね、俺おいしいレストランのあるホテルしってるけど、来る?」

「私、お金もっていないわ」

「大丈夫大丈夫、俺がおごってあげるから」

「あら、そう?じゃあお言葉に甘えようかしら」

「決まり、じゃあついてきて」

 男はそう言うと、ハーモニーを近くに止めていた車に乗せ、走りだした。


 ハーモニーは、鵺の中でも異常な部類だ。

 だが、他の鵺と共通している感性もある。そこは同じだ。

 鵺としての本質だけは。




 ***




 その車は、防音対策をしており、いくら泣き叫んでも、中から外に音が漏れない作りになっていた。

 それが致命的だった。

「あぁあああああッッ!!!!!やめっ、たずっ!!ヴぁッ」

 その車は、外から中をのぞくことができないよう、ブラックミラーになっていた。

 それが致命的だった。

 車の中はすでに血の海になっていて、中にいた3人のうち、二人の臓物でいっぱいになっていた。


「生きるって、かくも残酷だと思わない?、私の能力を使えば、こんなに内臓がでても、死ぬことはない。でも、あなたたちは今、生きたいと感じているの?このまま生き続けていた行って思えるのかしら?」


「ああ、なんでっあっ、なんでぇえええッ!!おか、」

「ふふっ、無料で三食なんて、アナタはとってもサービスしてくれるのね?」

「た、すけ…」

「安心して?ちゃんと救ってあげる。だってもうここは、私のお胎の中だもの。」


 黒い沼。いや、胃液のようなものが車の中に満ちていく。

 鵺の持つほかの生物には無い臓器。異能を生みだす法臓。

 彼女の能力、喰淨の子宮(マザーポット)が、すべてを食い尽くした。


「私、霧が発生したら子供をひとり必ず遊ばせるように決めているの。」

「あ、あ」

「ここでの1番はアナタがいいわ。いっぱい楽しんでちょうだいね?…お兄さん」




 ****





 霧が満ちていた。

 黒い霧が満ちれば人はいなくなり、そこは鵺の世界となる。

 その中に黒い影があった。

 喪服の少女、怪物、ハーモニーだ。

「あまり遠くにいってはダメよ?。でも、好きに壊し、好きに殺して?」


 ヴォオオオォォォ-ッと、蝦蛄のような姿をした怪物が雄たけびを上げる。


「…あら?」

 ハーモニーはふと振り返る。

 霧が立ち込める路地から、防護マスクをした者たちが走ってきていた。

 ARSSの武装した一般職員だ。

 先頭の者がこちらに気づき、後方に続く者にハンドサインを送った。

「止まれ!!鵺だ!!…クソッなんでこんな浅いところにッ!!」

 霧の発生源からは遠いため油断していたのか、全員が動揺していた。

 すぐさま一斉射撃が始まる。だが、それは鵺を討伐するための者ではなく、全員すぐさま後退を始めていた。

「そこの君!!すぐにここから避難しなさい!!」

 先頭にいた男はハーモニーに向けてそう言うと。構えた銃を鵺に向け、発砲する。

 ハーモニーはなんでもないように。



「殺して?」



 ジャッッ!!!と、

 その声に応じた蝦蛄の鵺は、長い捕脚を伸ばし、一瞬で男の上半身を抉りとった。


「今ARSSに顔を見られると困るのよね」

 悲鳴を交えながら撤退するARSSの職員を後目に、ハーモニーは踵を返した。

 それと同時だった。

 

 ドギャッッ!!と、


 空から、何かが着弾した。

 それによって蝦蛄の鵺が引かれた蛙のようにぺしゃんこにつぶされていた。

 土煙の中にいる影がやがて姿を現す。


「ギャギャギャギャギャーーッ!!!!」


 髪がタコの足のようになっていた。顔はカマキリのような、虫の形相。

 女のシルエットをした怪物。

 鵺だった。


「私に用事?…どこかで会ったかしら?」


 有無を言わせなかった。

 地面をけって高速でハーモニーの顔をつかむと、ゴリゴリと地面に叩き、削った。

 顔の原型がなくなる。


「あら?」

 ハーモニーは自分の腹から体を生やし、二つ目の目で相手の顔を凝視する。

 見たことがある。

「あなた、昨日自殺した女の子ね?」


 ともにビルから飛び降りた少女の顔を、ハーモニーは思い出す。

 そういえばあの後霧が発生していた。かろうじて息があったのか、侵食され鵺になったらしい。


「ぎゃがやぎゃぁがやぎゃぎゃッ!!!」


「可哀そうに」


 涙が、鵺の顔に飛び散った。

「勇気を出して死の道へ降りたというのに、あんまりな仕打ちだわ?…大丈夫、死に直しましょう?今度こそ、永遠に」


 声も届かなくなった怪物へ、怪物は手向けの言葉を投げる。


「ディオゲネス」

 海に潜るかのように、ハーモニーはアスファルトの下に消える。

 鵺は絶叫しながら、一心不乱に硬い地面を掘り始める。


「アリストテレス」

 地面から無数の黒い棘のようなものが鵺の体を貫き、その動きを封じる。

 ハーモニーの子供たちの法臓、中でも彼女と長くともにいる鵺たちの能力だ。

 地の海から顔をだした少女は、その手からさらに法臓を出現させる。


「ヘラクレイトス」

 鵺の体を炎が包んだ。灰も残さぬまで、燃やし続ける。


「ア゛ア゛アアアアアアアアアアッ」


 喪服の少女はすでに歩き出していた。

 あまり長く同じ場所にいるのは危険だ。


「アーベントが近くに来ているみたいね…このまま身を隠しましょう。その間…仕方ないわね。もう一人を使いましょう」


 先ほど食べたばかりで、まだ人の状態だが、時期に鵺になるだろう。

 男を吐き出すと、少女は石の地面に消えた。


「チガウ…チガウ…」


 男は、何かを、何かを否定したくて、同じ言葉をつぶやき続けながら、霧の街を徘徊する。




*****




 死は幸福だと、ハーモニーは思う。

 この世には想像を絶するほどの絶望が、いくつも転がっている。

 だがどれだけ絶望しようとも、死は平等だ。余すことなく、すべてに。


 だが人は死を恐れ、生に苦しむ。人が恐れを抱いている時の行動というものは、とてもシンプルだ。

 この世を幸福で満たすには、死で満たすほかない。

 より多く、どこまでも拡大するほどに。

 そんな幸福の中で、満たされた中で死にたい。

 どれだけたくさんの絶望があろうとも、それを無にできるほどの救いの中で。


 少し前、昼下がりの喫茶店で不思議な少女と何気ない会話をした。

 自分の死の運命について。


 それから考えたとき、不思議にも、自分の死地は故郷がいいと思った。

 産声を上げたあの場所で死にたい。

 生まれる前から死にたかった。死ぬために生まれてきたのだと思う。


 ハーメルンの笛吹き男の話がある。

 みんな残らず連れていこう。故郷の川に。

 最後には溺死するだろう。

 それがいい。

 そうやって、


 彼女の死は、決定した。


 

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