シロイヒガンバナ2
私、希世といいます。歳は18です。
あの日、私の人生は思いがけない方向へ動きました。
あの日とは、鷹東央一郎様に連れられ、D村を出た日のことです。
これから、あの日何があったのか、そして現在どうしているのかお話ししたいと思います。
どうぞお付き合いください。
初めに私のことをお話しさせてください。
私はD村から2つ山を越えたE村の小作人の娘です。父・母・弟2人の5人家族です。姉は嫁に行きました。
私が12になった時、D村の庄屋の藤角家へ奉公にあがりました。家を助けるために当然のことです。
藤角様のお屋敷で初めて苑子様を見た時、あまりの美しさに驚きました。日焼けをしたひっつめ髪の女しか見たことがなかった私は、世の中にこんなに美しい人がいることを知りました。
また、苑子様はとても優しくて、奉公に上がって間もない私を気にかけてくださいました。苑子様は歳が2つ上で近かったこともあり、身分の違いをわきまえながらも、勝手に姉のように友のように思っておりました。本当に苑子様は誰からも愛される方なのです。そしてそのうち苑子様に側で仕えるようになりました。
ある日、奥様から私に内密に話がありました。
それは苑子様の行動を報告するようにとのことでした。
ピンときました。心当たりがあります。
最近苑子様は頻繁に鷹東家の央一郎様とこっそり文のやり取りをしておいででした。
たまに大楠の祠の裏で会われることもありました。私がお供でついていくと、央一郎様は「ついて来なくていいのに」と言いたげな態度をあからさまに出されます。
お邪魔であることはわかっています。ですが、これが私の仕事なので仕方ありません。
なので、私は央一郎様にあまりいい印象を持っていません。
央一郎様に限らず、世の中の男性が苑子様に惹かれる理由はわかりますが、苑子様がどうして央一郎様を慕っているのか不思議です。
奥様は苑子様と央一郎様の関係に気づいておられるのです。藤角家は長女の万里様とお嬢様が二人です。旦那様と奥様はお嬢様方に養子に迎えるお相手をお探しのようです。
万里様はたくさんお話がありましたが、なぜか縁談がまとまらず、いまだ独身です。旦那様と奥様が苑子様に期待するのも無理はありません。
確執の相手、鷹東家の一人息子と恋仲であるならば絶対阻止せねばと思われるのも当然のことだと思います。
しかし、私は苑子様を裏切るわけにはいきません。奥様に尋ねられた時は不信感を持たれないようになんとかごまかしましたが、ごまかせていたのかどうか。
私の気持ちが変わったのは、お二人が駆け落ちを計画していると知ったからです。お二人が夫婦になったところで苑子様が大きな苦労をされることは目に見えています。苑子様は絶対に幸せになれない。私は阻止しなければいけないと決心しました。
しかし「お考え直しください」と言いだせないまま、決行の日を迎えました。
あの日、私がしたことは二つ。一つは、今日が決行の日であると万里様に気づかせるよう匂わせ発言をしたこと。勘の鋭い万里様はしっかり引っかかってくれ、ご両親宛の書き置きまで見つけ出された。万里様はすぐさまご両親に報告され、苑子様は見張りをつけられ、部屋に閉じ込められたのです。
私は見張りの人に頼み、苑子様がいる部屋へ入りました。
苑子様は白い表情をされ「希世、待ってたのよ」と言われました。そして外の見張りに聞こえないように「大楠の祠に央一郎様がいるからこれを渡してちょうだい」と文を出されました。目は涙でうるんでおられます。
私はすぐに目を伏せました。苑子様を正視すると私がしたことがバレそうで怖かったのです。いやもしかすると苑子様は私のしたことと気づいておられるかもしれません。
「かしこまりました」と文を受け取りました。
「必ず届けてね」これが苑子様との最後の会話になるなんて、この時は思ってもいませんでした。
藤角の家が騒がしくピリピリした中、旦那様は大番頭さんと小番頭さんを連れて、鷹東家へ出かけられました。女達は黙々と夕餉の片づけや就寝の準備などをしていました。
もう一つは文を渡しに行ったことです。
「今だ!」抜け出す機会を窺っていた私はこっそりと屋敷を出ました。
大楠までの道中、文の入った懐に何度も手を当て所在を確認しました。落としてしまっては大変です。
苑子様を裏切った私ができるせめてもの罪滅ぼしだと思いました。
大楠に近づくにつれ話し声が聞こえてきました。
息を殺して近づくと央一郎様と万里様の姿が提灯の灯りの中に浮かび上がっていました。
この場所を突き止めるなんて、万里様の嗅覚はさすがです。
お二人の様子を固唾をのんで見ていると、突然大声を出し、央一郎様が万里様に馬乗りになって首を絞めたのです。私は思考より体の方が早く反応し、央一郎様を止めに入りました。
その後「誰だ」という声で我に返りました。
頭が混乱し記憶がとぎれとぎれですが、動かない万里様を見て叫んだことを覚えていました。
央一郎様に強引に手を引かれ、足がもつれながららも走っている時、私も殺されるかもしれないとういう恐怖より、不思議な高揚感に満たされていました。
だって、苑子様も万里様も見ず知らずの許嫁の方も手にいれられなかった央一郎様がいる。
特に好きではないけれど、この人の弱みを握ったのだ。最大の秘密を共有しているのだ。
私のような身分の者が、お三方よりも上に立てた気がしてうれしかった。
苑子様、文はちゃんとお渡しました。こんなことになり申し訳ありません。
どこをどう走り、歩いたのか覚えていませんが、央一郎様と私はとある家に着きました。家といっても粗末なものです。
「中に入るんだ」央一郎様はやっと私の手を離し、私を先に入れてから後ろ手に戸を閉めました。
目が慣れてくると、外観とは違い、中はほどよく手入れされていて、生活に必要なものは最低限揃っているようでした。まるで最近まで誰かが住んでいたような。
「喉が渇いたな」その声に私は周りを見渡し、見つけた水がめから柄杓ですくって水を差し出しました。「ああうまい」と言って何杯か飲まれ、「お前も飲め」と柄杓を渡してきました。この時ほどお水がおいしいと思ったことはありませんでした。
しばし沈黙―
央一郎様は「こんなことになってすまない。僕もだいぶ混乱している。まずは休もう。大丈夫、お前には何もしない」人殺しの言葉など信じられませんが、央一郎様が部屋の隅に寝転がったのを確認して、いつでも逃げられるように入口に近い土間に寝転がりました。
ごつごつして痛かったけれど疲れと睡魔には勝てず、すぐに寝入ってしまいました。
翌日、入口の戸を叩く音で目が覚めびっくりして飛び起きました。
寝坊したと思いましたが、目に入ったのは見知らぬ家の中でした。
私は昨日の出来事を全て思い出し、央一郎様の姿を探しました。央一郎様は柄杓を持ち静かに入口に近づいてきます。私は息を止めてその様子を見ていました。
すると戸の向こうから「央一郎、いるんだろう、俺だ、政だ」と小さな声がしました。
央一郎様が警戒しながら戸を開けるとほっかむりをした男が立っていました。
「央一郎、無事だったんだな」
「政…」
「人目に付く、中に入れてくれ」この方は倉光政介様とおっしゃいます。D村で小作人を抱える地主様の次男様です。央一郎様の幼馴染です。
「腹が減っているだろう、握り飯だ、食え」政介様は背中のカゴを下ろし、包みを差し出した。
「政、僕は、僕は、とんでもないことをした」央一郎様は包みは受け取らず、体を震わせその場に座り込んでしまいました。
「俺はてっきり苑子さんとうまく逃げたんだと思っていたんだ。なのに、昨夜は村が騒がしく、万里様が死んだだの、央一郎がいないだの、もう訳が分からなくて」央一郎様はうなだれたままです。
「央一郎何があったのだ?それにその娘、藤角の使用人だろ」と政介様は私に気づいていました。
央一郎様は、昨夜駆け落ちを決行すべく、苑子様を待っていたが、万里様が現れ、駆け落ちがバレて苑子様は来ないと告げられたこと。万里様と言い合いになり、逆上し首を絞めて殺してしまったこと。それを見ていた私を道連れに逃げてきたことを話されました。
「なんてことだ…」政介様は天を仰ぎました。
央一郎様は「取り返しのつかないことをした」と震えて泣くばかり。
私はどうすることもできず、ただお二人を見ていました。
「お前、名前は?」と政介様が私に尋ねました。
「希世と申します」
「この家は俺が二人のために用意した仮の住まいだ。この様子では飯も食わず、死ぬことを考えるかもしれん。最低限のものは揃っている。希世、央一郎の世話を頼む。良いか?」
「はい」そう答えるしかありませんでした。
「誰が来ても絶対に開けるなよ、また来る」と政介様は帰っていかれました。
籠の中には野菜が入っており、早速それで汁を作りました。
「お口に合うかどうか…」と言って汁を出しましたが、央一郎様は手をつけませんでした。私は作っている最中から、汁の匂いが鼻をくすぐり空腹を感じていました。
央一郎様が食べないのに私が食べるのも躊躇しましたが、空腹には勝てませんでした。
汁が胃に沁みわたり頭の先から爪の先まで、温かさが伝わっていく。
「ああ生きている…」涙が出ました。
私が余計なことをしなければ、お二人は今頃この家で、不安ながらも幸せを感じていたかもしれない。
万里様も死なずにすんだ。
私も苑子様を失いながらも、藤角の使用人として、今日も働いていたのだろう。
なんてことをしたんだ。
央一郎様と同じでもう取り返しがつかない。
後悔してももう遅い。
それからというもの、私は央一郎様のお世話をしました。
口封じのためにいつ殺されるかわからない緊張した日々が続きましたが、それも次第に薄れていきました。
ひどく思い詰めていた央一郎様も空腹には勝てず、少しずつ食べ物を口にし、一日に数回は家の外へ出て、空を見上げていました。
政介様は週に1度、野菜や米を持ってこっそり様子を見に来ていました。
央一郎様は、苑子様のこと、鷹東の家のこと、ご自身の捜索や村の様子などをお尋ねになっていました。私も自分のことが気になり、恐る恐る聞いてみました。
すると「騒動に紛れて逃げ出したのだろう。道中、崖から落ちたか、熊にでも襲われたか」と言われているとのことでした。
苑子様は文を託していなくなった私のことをどう思っているのだろう。
父や母は藤角家からお咎めなど受けていないだろうか?
家族には無事だと伝えたい。
央一郎様と私は暮らしになれ、普通に会話をするようになっていた。人殺しとその目撃者という関係を忘れるほどに。
そして二か月が経とうという頃、突然戸を激しく叩く音がしました。
央一郎様と私は飛び上がりました。
外からは「央一郎、央一郎」と政介様の声がします。
ただならぬ様子に急いで央一郎様が戸を開けました。
「央一郎逃げろ、今すぐ逃げろ、お前がここにいるのがバレた。もうすぐ追手が来る、さあ早く!」政介様に急き立てられ、とりあえず綿入れを羽織り慌てて外へ飛び出しました。
別に一緒に逃げる必要もなく、逃げ出すチャンスだったのに、二人で暗く寒い道を走りました。
あと少しで正月が来るというのに。
「あの日と同じだな」走りながら央一郎様が言いました。
私は「はい」と答えました。
同じことを考えていたなんて少しうれしかったです。
しかし、私は万里様が殺された記憶を思い出し、央一郎様が殺人者だったと改めて思いました。
でも不思議と怖い人だとは、もう思わなくなっていました。
実はあの後、政介様が藤角家へ養子に入る形で、苑子様との婚礼が執り行われたと私の耳に入りました。私の情報網を侮ってもらっては困ります。
私が思うに、政介様は央一郎様の存在が邪魔になったのでしょう。
元々苑子様に好意を寄せていたのか?
政介様が仕組んだことなのか?
政介様の知らぬところで、親同士がどんどん話を進めてしまったのか?
真実は政介様にしかわかりませんが、結果的に幼馴染の央一郎様を裏切ったことが、心苦しかったのでしょう。
本当に居場所がバレたのか?あの日本当に追手が来ていたのかはわかりません。
私は政介様の演技だったと思っています。
そしてまた2年が経ちました。
央一郎様は子のいなかった武家の夫婦に拾われ、養子に入られました。
今は「小橋新之次」という名前になっておられます。
そして私のお腹には子がいます。
何があったかって?
ふふ、それはまた機会があればお話しすることにします。




