8.英雄と魔女
静寂が紡ぐ夜に、詩織、響、そして残りの3人が立っていた。
シオリが対話を望んでいることを察したのか。奴らも攻撃をしなかった。
「シオリさん……俺はすごく残念です。貴方が、魔女を選んでしまったことに」
同じ日本人なのに敵対しているのが、ヒビキは悲しかったのだろう。悲しみと、怒り。それを掻き混ぜたような表情が浮かんでいる
「私も、なりたくてなった訳じゃないんだけどね」
シオリは4人を見つめ、思いを告げる
「この世界、偏見がすごいじゃない。純白と純黒は魔女って。全員が全員そうとは限らないと思うんだよね。まぁ、私が言っても説得力ないかな?」
そう言った後、シオリの頭の中に、過去に殺した人物達が蘇ってくる。
襲いかかってきた奴、何だか癪だった男2人、偏見主義者な門番たち。
確かに、躊躇いが無さすぎるかもしれない。エリスも、間接的にシオリが殺した事になるのだろう。
「……魔女の祖を恨んでください」
どうも、返答に困っているようだった。彼は〝英雄〟という名誉高き立ち位置。偏見には同情するようだが、世界の代表であるが故、完全な否定はできないみたいだ
「なんで英雄なんかになろうと思ったの?」
「なんででしょうね……強いて言えば、異世界と言ったら、主人公な気がして。主人公といえば、英雄な気がしまして。ただの連想ゲームですけどね」
自信なさげにヒビキは答える。きっと、なる理由なんて無かったんだろう。ただ、神のまにまに身を委ねていたら、英雄になったのだろう
「おい──」
シオリとヒビキの対話を聞いていて、何かが気に食わなかったのか、不満の声を漏らす者が居た。
オレンジ髪のアイツだ。結構デカめな戦斧をシオリに向け、イライラした表情で話し始める
「いつまでくだらねー事話してんだ?テメーは〝魔女〟だ。何話しても、テメーが死ぬことに変わりはねぇ」
「ちょ、ちょっと失礼──」
「んだったら、こんなクソみてぇな話しないでさっさとくたばれ。死の魔女」
シオリはその言い分に、ふーん。と言った感情を乗せる。誰が相手でも関係ない泰然自若な性格。まさに予想通り
「そうかい」
だけどね──
「口の利き方がなってないんだね」
予想通りでも──
「もう少しマシな態度を取れるようになってから来て欲しかったな」
ムカつきはするんだよ。
ドサッ────
ヒビキの横で何かが倒れる。ヒビキ達は、皆一斉に、油が切れたロボットのような動きで、音のなる方を向いた。
そこで見たのは、心臓部位に何かを突き立てられた痕がある男の姿だった。赤い液体は自然な色をしていた地面を侵食し、男の命を蝕んだ
何処か、懐かしい感じがした。エリスの時だろうか。エリスも、似た死に方をしていた気がする。
ヒビキ達は続いて、シオリの右手に着目する。先ほどまではついていなかった、赤い何かが、ぽたぽたと垂れていた
「ごめんね。ヒビキ。私は君以外と話す気は無くてね」
ヒビキの目をしっかりと見て、にっこりと笑う
「だから、全員殺すね」
◇◇◇
ゼロは、不安で不安で仕方がなかった。あのシオリの言葉は、ゼロ達を守るために言ったに違いない
『分からない? 今すぐ、ヴィザールとピリカ引っ提げて逃げろって言ってんの』
『いいから従えよ。守るのが多いと面倒なんだよ』
「──ッ!」
脳裏に浮かぶシオリたちが放った〝言葉たち〟
やっと、仲良くなってきて、話せるようになったのに。唐突にいなくなってしまった〝あの人〟を彷彿とさせる。
『あぁ……そうか。気が向けばやっておく』
いつも曖昧な返事なのに、次の日には必ずやってくれていたあの人。
『なんで風なんかと共鳴を……』
風属性と共鳴したせいで浄化魔法を習得出来なくなったから、渋々体を洗ってくれたあの人。
そして────────
『強く生きろ。お前は、私の名に恥じぬ、立派な弟子だ』
もう二度と、顔を見れなくなってしまったあの人
あの人はきっと、守るものが多かったから、死んでしまった。負けてしまった。きっと、ゼロがいなければ、他の魔族がいなければ、彼女は負けなかった
その事実を知っているから、シオリのあの言葉は、ゼロの心に酷く刺さるものだった
まるで「お前は戦力外だ」と言われているかのようで、辛く、苦しかった。
「なぁ、ピリカ」
「?」
ピリカは親友からの呼び掛けに足を止め、首を傾げる。
「ヴィザールを連れて、先に進め」
「えっ? なんで、ゼロちゃんも一緒に行こーよー?」
その純粋で、澄んだ声に、胸が締め付けられるような感触がした。ゼロは後ろを向いて、ピリカの顔も見ずに、
「案内役が居なくなると、彼奴も困るだろう?」
とだけ言った
「……」
ピリカは何かを察したのか、深くは追わなかった。有難いことだ
「分かった〜」
ヴィザールを片手に、ピリカは足を進めた。
鬼の頂点「ホタル」がいる場所〝鬼神の禁域〟に──
◇◇◇
「……ふぅ」
今回は些か面倒だった。なんせ、魔法とかいう第二の戦力があったからだ。
確か、水属性だったっけ。濁流に足を取られた時は抜け出すのに苦労したかな。
死んだら魔法を打たなくなるのは、ちょっと不便だと思ってしまった。理由は単純で、この血を洗うことが出来なくなるからだ
「お待たせ。ヒビキ」
シオリはヒビキの方を向いて微笑んだ
「仲間が死ぬのを目の前で見て、なにか感想とかはないのかな?」
ヒビキは、目を見開いて、シオリを見つめていた
「君は覚悟が足りないかな」
ヒビキは、何も出来なかった。仲間が戦っていたのに。ただ、ぼーっと見つめることしか、出来なかった
英雄、主人公、救世主。それは、この血の海で、シオリと対話を許されるための筏に過ぎなかった
「……は、はは……凄いですね……あのメンバーを……意図も容易く殺すなんて」
「? 何か凄い人達だったの?」
「ま、まぁ……はい……」
「それにしては弱かったね」
シオリは死体を一瞥しながら言う
「最初は……俺だって疑ってましたよ」
「?」
「純白、純黒の髪はみんな魔女だなんて。ただの偏見だって」
絶望がよく詰まった声だった。その絶望は、かつての仲間を仲間だったものに変えた目の前の魔女に向けているものだ
「でも、この世界の人々が、魔女だって忌み嫌う理由が今理解できました」
彼は腰に帯びた剣を取り出す。その瞬間、いまにも神が降臨しそうな音が鳴り、覇気のようなものが零れ始めた
「俺は、貴方を殺します──」
短く、かっこよく、可愛く、冷たいものだった
「英雄の名にかけて。聖剣『ヴァデン』が、貴方を斬ります」
「かっこいいじゃん、英雄みたいだね」
率直な感想を伝えた。なんだか、正義VS悪って感じがしてかっこいいな。とか呑気なことを考えていた
「けれど、髪色が似合ってない。聖なる雰囲気とは正反対の色合いだね」
シオリもまた、剣を構える。自然と、負ける気はしなかった。ただ、勝てるとも思っていなかった。戦ってみなければ勝てるかは分からない。恐らく、今までで1番面倒な相手だろう。と、直観的に察した
神から見放された女と、神に愛された男。
ヒビキはなんかすごそうな覇気を発しているにも関わらず、シオリの方はよく分からん普通の剣を1本持っているだけ。これほどまでに綺麗な対比は中々にないだろう
「随分と、酷いステータス差だね」
シオリは悪運、という言葉を思い出し、フッ、と笑う。もしかしたらこれもその影響なのかも
「先手は譲るよ。なんでも来な」
負ける気はしなかったから、先手を譲った。正直、こんな奴に遅れを取っていたら、後々が心配だ。自分を勇気づけるためにも、勝たなければいけない。けれど、瀕死で勝てば意味はない。ならば、シオリの今回の戦闘の目的はたった一つ
『傷1つ付けずに勝つ』
「先手を譲ったこと、後悔しないでくださいよ」
それだけ言い、ヒビキは目を瞑る。そして、静まった夜を一言で切り裂いた。
《世界からの呼び声》
世界は揺れ、何かがぐんぐんとヒビキに吸い込まれていく。さながらその姿は神だった。白と黄色の境界線のような気体がヒビキを中心に、戦場へと放出される
ヒビキは再び口を開き、ゆっくりと喋る
死の魔女「シオリ」この場で、自害を命ずる──




