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6.1人目 其の三

 霧で何も見えない。これは奴の視界を不明瞭にさせるのには十分だった。ただ、これで安心できるほど、甘い敵ではないこと位、シオリ達は承知していた

 奴は、何かをした。霧の中ではよく見えなかった。 その直後、大地が呻くような轟音と共に、何かが軋んでいるかのような音が大地を震わした。地面をふと見れば、血管のような黒い線がビッシリと張り巡らされていた。その線は脈動していた。まるで体の1部かのように。

 シオリは前を向き、攻撃に備える。どんな攻撃が来るかなんて分かりやしないが、まぁ下を向いてるよりかはマシだろう。という魂胆だ

 不気味な静寂が少し自己主張をし始めた所で、奴がその静寂を引っ込めた。

 霧をも切り裂くんじゃないか、と思うほどに速く細い棘が、シオリの下腹部を狙ってきた。何とか視認でき、シオリは回避に成功する。ただ、1度回避すれば安全。なんてものでも無く、次々に棘が襲いかかってくる。なんとか全て回避はできた。


 シオリは試しに、前方に剣を振り下ろしてみた。直後、グチャッ、という音と共にシオリの頭に黒い液体が付着した。

 なんか斬れた。というのが正直な感想だった。

 死角からの刺突に肉体変化を合わせられるほどに完璧で絶対的な存在が、これほどまでに粗暴な攻撃をしてくるだろうか。

 もっと手段があったはずだ。さっきみたいなクソでかい脚で霧全体に攻撃をするだとか、霧の中心に居座ってないでさっさと外に出てこちら側からの攻撃を待つだとか。

 シオリでもちょっと考えれば分かるほどに、この攻撃は確実性が無く、実に無駄なものだった。

 もしかして、焦っているのか──。

 怒っているのか──。

 もしかすれば、あいつは思ってたほどに冷静じゃなくて、上の存在なんかじゃなくて、感情に操られる存在なんじゃないか?

 シオリが思ってたほどに奴は完璧ではなくて、完璧を装ってるだけの平凡な奴なんじゃないか?

 成程──────


 それなら、勝った。


 シオリは一気に姿勢を低くし、前に急進する。霧を抜けたかと思えば頭上に黒い棘が伸びていた。

 恐らく上半身を狙ったのだろう。シオリは剣を構え、悔しいのか怒ってるのか分からないクッシャクシャな表情(口)をしている奴へと急接近する

 奴は肉体変化が間に合わないと察したのか、もう一本の腕を振り上げる。これで仕留めるつもりなのだろう。

 ただなぁ。

 そんな細い腕でねぇ。

 私を殺そうだなんて。


「舐めてんじゃねぇよ」


 そこから繰り出されたのは神速の斬撃。奴は肉体変化もまともに出来ず、腰から胸元にかけてを綺麗に断たれた──と、思ったが、どうやら皮一枚繋いでいたようだ。

 傷口からドロっとした黒い血が溢れ出す。だがそれは、地に落ちるよりも早く、奴の肉体を接続した。シオリは1歩下がる。ここで何をしてくるか。どのような手を打つか。

ギチギチ、と地面が悲鳴をあげる。ほんの一瞬、チラッと地面を見れば、あの気色悪い黒い線がズルズルと奴に引き込まれていくのが確認できた。

 全部引き込まれたかと思えば背丈がグンッと伸びた。先程までシオリと同じ程しかなかったのが、シオリを見下ろすことが可能なレベルにまで。

 ただ、最初に見た時よりかは遥かに小さくなっている。

 歯がギシギシと音を立てている。奴の腕は今すぐにでも破裂するんじゃないかというレベルで膨張している。

 ある程度腕が大きくなったところで、奴はシオリに急接近する。そして、射程圏内に入ったかと思えば乱暴に腕を振り回す。

 無論、そんな適当な攻撃がシオリに当たるはずもなく、シオリは無造作に避ける。前までは、死にそう、とか。ゼロ達は大丈夫なのかな。とか考えてたけど、それがバカバカしくなってくるほどに、今、目の前にいる奴は弱く、哀れな存在だった。

「人間風情にィィィィ!この俺がァァァァ!!!!」

 その声は〝完璧で知的〟なんていう高貴なものではなくただ〝高いプライド〟が残っている醜い声だった

「遅れを取るなど有り得ないのだァァァァ!!!!」

 乱暴に腕をシオリに向けて振り下ろす。ただ、それはシオリに直撃する前に静止する結末になった。

「なッ!?」

 奴の腕を止めた正体は、

「随分と小さくなったな。ヴィザール」

 ゼロだった。(ヴィザール)は元々どうしようも出来ない程に力があったのだが、それは過去の話。今はもうシオリと腕相撲をして互角程の力しか残っていない。

 力を失ったヴィザールの腕など、尻尾1本で拘束される程に貧弱だった。

 ゼロは続けて残りの四肢を尻尾で突き刺し、ヴィザールを拘束する。無理やり拘束を解こうと腕を動かそうとしても、ピクリとも動かない。

「俺がァ!俺が!俺がアァアァァァァアア!!!」

 その時、ヴィザールの頭の中に1つの映像が流れてきた。


◇◇◇


「────名前は?」

 その声に、ソレは己を口の形にして答える

「分かりません。名前は決まっていません……」

 そう告げ、すぐに口を眼球の形に戻す。何故いちいち眼球の位置に戻すのか。それは、目の前のあまりにも美しく、高貴たる存在を見ていたかったからだ。

 1秒でも長く、この目に、この存在を映していたかったから。

「そうか……」

 その美しい見た目からは考えられない嗄れた声を出していることすら、ソレには綺麗なものに見えた

 彼女はソレを見つめ、何かを理解したような表情を浮かべる。そして迷わず、自分の手首に切り傷を入れ、血をソレに分け与える

「私の血だ。推測だが、恐らくお前は血で育つ。」

 彼女の血が容赦なく、ソレに降りかかる。ぴちゃぴちゃ、という音を鳴らしながら殆どの血液はソレに吸い込まれる。

 最後の一雫が、ぴちゃり。とソレに落下した時、何かが蠢いた。吸い込んだ血が、己を侵食するかのように、蠢き、やがて肉を生成した。

 剥き出しだったソレを守るように、黒い不明瞭な肉がソレを包んだ。彼女が分け与えた血は少量だった。 ただ、少年と同じくらいの肉を生成するには十分過ぎるほどに、彼女の血は完成されていた。

「お前の名はこれから「ヴィザール」だ。生きる術が欲しければ着いてこい」

 そう言い、彼女は体の向きを変え、返事も聞かずに歩き出す。

「あ、あの!……」

 ヴィザールは振り絞って声を出した。その声に、彼女は歩みを止める

「名前を…。教えてください」

 その言葉に、彼女は数秒黙り、振り返って、答える


 エリュシオン


 それだけ言い、エリュシオンはまた歩き始める。それにヴィザールは何も言わず着いていくだけだった


 美しく、高貴で、絶対的な存在であるエリュシオン。

それはヴィザールにとっては救世主だった。


◇◇◇


 あぁ思い出した……そうだ、この肉はあのお方の物なのだ!!あのお方の加護を受けているのに負けるなんて言語道断ッ!!


「負けるはずないのだァァァァァァ!!!!」

 ヴィザールは腕を縮め拘束を解く。そのまま腕を再び作り出し、シオリに腕を振り下ろす

 それは、さっきまでのヴィザールを思わせないほどに速かった

 ただ、時すでに遅し

 シオリに避けられ、勢い余って腕が地面に突き刺さる

「やれ、ピリカ」

 ゼロの声が戦場に静かに響く。それを聞いたとほぼ同時、ヴィザールが白い霧で包まれる。

 ピリカは今の今まで潜伏していた。ヴィザールからピリカの存在を消させるために。

「ごめんねぇ〜? ちょーっと痛いかも☆」

 そしてヴィザールの視界に入ったのは1つの赤い手玉

その手玉は光を発し、間もなくして爆発した。

 普通の手玉ならこれで終わりだ。ただ、今回は条件が悪かった。

 辺りには白い霧。これはただの霧ではなく、()()()()。誰しも聞いたことがあるであろう言葉『粉塵爆発』特定の条件が揃っていれば、無害に見える粉が悍ましい爆発を起こすあれだ。それをピリカが知らないはずもなく、仕込まないはずもなく。

 手玉の爆発の時に伴う高温。それに粉が引火し、連鎖的に爆発を起こした。たった一つの手玉からは思えない程の、馬鹿みたいにデカい爆発が。

 よくアニメとかで聞くようなあの音が世界に響いた。耳は塞いでたため、鼓膜は無事だった。

 少しして、耳から手を外した。まだ爆発の余韻が残っており、ゴォォォ、という音が体全体を震わした

 ピリカは無事として、ヴィザールは生きてるのだろうか。威力高すぎて死んだなんて本末転倒だ。一応、目的は仲間にすることなのだから

「やっほ〜☆」

 爆発地に向かってゼロと共に歩いていくと、ピリカが木々から出てきた。無傷だった。

 ただ、ヴィザールの姿は近くになかった。あの爆発で塵も残らず消し飛んだ可能性も捨てられはしない。もしかしたら本当に──

「見つけた」

 そんなこと無かった。普通にゼロが見つけてくれた。ゼロの視線の先には、小さな球体があった。近付けば、それは眼球だった。

 アイツにも眼球あったのか。と、素直に感心した。

 動くこともできず、ただ天を見つめている眼球。潰してやろうかと一瞬思ったが、目的を思い出し、シオリは踏みとどまった。

「負けたら従え、だっけ」

 シオリはゼロとヴィザールの会話を思い出し、ソレに淡々と話す

「約束通り、従ってもらうよ」

 一言も喋らないソレに、シオリは話を続けるのだった

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