13.限界
シオリは王都へと足を進めていた。王都までの道は無駄に長く、歩いても歩いても終わりが見えないほどだった。ただただ、シオリの歩く速度が遅いだけかもしれない。
事実、シオリの思考速度と身のこなしは襲撃開始時に比べ、かなり鈍くなっていた。走るにしても歩くにしても、ワンテンポ準備を挟まなければいけないほどに体は重く、元から馬鹿だった頭にプラスで阿呆が追加されてしまい、どうしようも無かった。
数時間ほど前までは鳴っていた爆発音も、今ではなくなり、聞こえるのはシオリの足音だけになってしまった。
ただの勘だが、ゼロもピリカも死んでないと思う。あの二人が敗北するなんて到底思えない。ヴィザールは知らん。多分元気にやってるだろう。
というか、眠気が酷い。瞼が今までにないほどに重い。少しでもボーッとしてたら意識を失ってしまうほどに、限界が来ていた。ただ、もう結構歩いてしまっている。ここは障害物も無ければ、血も無い。死を偽装するには明らかに不向きだ。
アドレナリン、アドレナリンを出せばいい。
まだ動ける、まだ終わりじゃない、まだ死ねない。
そう自分に言い聞かせても、視界の端はどんどんと暗くなっていく。
このまま止まれば、倒れる。猿でも分かる事だ。
自分の判断能力の無さを改めて知って溜息を吐く。どんな時も、シオリは二者択一を迫られれば必ず悪い方へと進んでしまう。たまたま運が悪かった時もあれば、ちゃんと考えれば避けられた物も。
今回は後者の方だ。仮眠でもなんでも取ってればもっと楽に行けたのだろう。
ただまぁ、起きてしまったものは仕方がない。どうにかするしかない。自分のケツは自分で拭く。当たり前だ。
いつしか付いていた頬の傷に爪を食い込ませる。
ムギュッ──という文字に起こせば可愛らしい音が脳に直接響く。間もなくして鋭く、そして鈍い痛みが走り出す。そして、さっきまでの眠気は嘘かのように吹っ飛んだ。
「……少しは、これで……」
息を荒くする。無理やり肺を動かす。重かった体が、若干だが軽くなる。
欲を言えばもっと軽くしたかった。ただ、今は駄々をこねてる余裕なんてない。頭は回らない。何も考えられない。ただ、足は動く。ならば、向かうべき場所は1つ。王都だ。王都に向かわなければ他にどこに行けというのだ。
地面がゼリーのように柔らかい。踏み込みが安定しない。足が変に反発する。ただ、走れはしてるのだから問題はない。
走れはしてる、というのは、客観的事実ではなく、シオリの願望に近いものだった。多分、きっと、足を引き摺り、もつれ、今にも倒れそうな走り方に違いない。
傷から溢れた血が、首筋を伝って服の中へと侵入する。門までは、あと数百メートルあるかないかくらいだった。ただ、なぜかは分からないが果てしなく遠く感じた。
右足を出したはずなのに、左足が出ている気がする。平衡感覚はとっくのとうにゴミ箱に捨てていた。
ふと、前を見れば、巨大な壁が姿を現した。王都の、高慢な程に高い壁だ。
その壁は、終わりを示してくれているはずなのに、何故か忌々しくて仕方がなかった。目の前に障害物があることが癪だった。
早く、早く、刺激があればもっと起きていられる──
人を殺せば、自分が傷ついたら、もっと起きていられる──
シオリの考えは、もう常人のそれではなかった。まさに魔女に相応しい、イカれた考えだった。
シオリは門に到達した。やっと、王都に入ることができる。そして、シオリは門に手をかけ──────
◇◇◇
響は、仔竜に跨り、風を切りながら走っていた。この仔竜は、エルドランドの中でもかなり速い個体だ。今回は特別に、無料で貸し出してもらった。
目的地は「ルーディア公国」エルドランドとは古き良き仲の国だ。ただ、かなり離れたところにあるため、頻繁に交流をすることは難しい。
そんなルーディアから救援要請が届いた。襲撃者は今のところ3人。うち1人は〝魔女〟との事。
ヒビキの頭の中は不安でいっぱいだった。もしかしたら魔女というのは、シオリの事なのではないのか。もし、シオリならまた無様に負けるのではないか。それに、夜の戦闘も相まって、ヒビキの体は疲弊している。この状態で勝とうだなんて無理な話だ。
というか、いつ頃攻められたんだ? ヒビキがすやすや呑気に寝てる間に攻められたのならば、もしかしたらもう崩壊しているのではないか? はっきり言って、ルーディアは軍事に長けているわけではない。ヒビキ1人でルーディアと戦っても、もしかしたらヒビキが勝つかもしれないくらいには力を入れていない。
そんな所に、ヒビキが負けたあの女が行ってしまったのなら、もう既に滅亡しててもおかしくはない。
「頼むぞ……もっとスピードあげられるか? フェル」
フェル、この仔竜の名前だ。淡い青色に黒の模様が特徴的な可愛い竜だ。
フェルはヒビキの期待に応えるように、スピードを上げた。ジェットコースターにでも乗っているような気分だった。
普段なら心地いい風〜とかほざいているんだろうが、今日はどうしてもそんな気分にならなかった。
とりあえず、王都の確認の前に、周辺のちっこい集落の確認だ。A~Dまでの小規模な地区。E~Gまでの巨大地区。ここいらを確認して生存者がいないか捜索する。王都は他より比較的安全なので、後回し。
というか、他の奴らはどこに行ったのだろう。最初、ヒビキが国を出た時には何人か着いてきていたのだが。途中で分かれた覚えもないし、ちゃんと近くに居たはずなのだが……
ま、いいか。きっと強く生きているはずだ。
地平線の果てに、巨大な森と壁が映し出された。ルーディアに着いたのだ。
「多分……ここはA地区かな?」
方角はよく分からないが、多分Aだ。何も無いのが幸いだが──
そんな奇跡は起きるはずもなく。ヒビキは、農作物に付着している赤黒い液体を走っている最中に見てしまった。十中八九、血だろう。そして、もう少し走れば、その血の持ち主と思わしき人物が突っ伏していた。ヒビキは、目を背けた。
近付けば近付くほど、川のせせらぎと血の匂いがはっきりとしてくる。ヒビキはA地区に入った。辺りは赤黒い液体で塗れていた。其処彼処が赤黒くコーティングされている。A地区での生命活動が絶たれた事を示すのには十分な程だった。
踏み荒らされた畑、窓が黒く染まった家、そして、赤黒い地面。
「おかしい……だろ」
ポツリ、と呟いた。人1人欠かさずに殺している。逃げれた人はきっと居ない。なんとなくだが、そう感じた。
「フェル……やっぱり王都に行こう」
ヒビキは、察した。これはもう手遅れだ、と。
ただの勘だが、きっと他の地区も滅ぼされている。
フェルは小さく鳴き、再び加速した。風圧が強くなり、視界も全てを捉えることは出来なくなってきた。
不安は走れば走るほど加速されていく。この時間は、もう喧噪じみた雰囲気でもおかしくないのに、未だにそのような声がしない。
間もなくして、王都「ヴィシェル」に着いた。フェルとはここでお別れだ。フェルに何かあったら困るし、ヒビキ1人の方が何かと動きやすかったからだ。フェルから降り、頭を軽く撫でる。
ヒビキは、門に手をかけて、開けた。
シーン、と静まり返った王都が出迎えてくれた。まるで、もう誰もいませんよーとでも言いたげな雰囲気だった。
ただ──ヒビキは分かる。皆音を立ててないだけで、普通に王都に取り残されている……と。
出来れば避難させたい。ただ、この静けさが相手の罠だとしたら、下手に動くことはできない。
いや、1人は逃がせる。フェルに乗せればいいんだ。
ヒビキは最寄りの家まで走り、ノックをする。
「す、すみません。エルドランドのヒビキです。居たら開けて貰えますか?」
相手が素直であることを祈るばかりだ。
しばし待つと、扉が開く。
「おはようございます。こんな朝から御苦労ですね」
その声と共に出てきたのは、
「ですが、残念ですね。もう、ここの人は死にましたよ」
不敵な笑みを浮かべる、黒い肉体をした何かだった────




