12.主人公に休みはない
瞼の裏に、白い光が滲んでいた。眠りの底から引きずり出されるように響は目を開ける。目を開けたらほぼ確実に目にする天蓋は、やっぱり慣れないものだった。
「……うぁ……」
喉の奥で潰れたような声が漏れる。体が鉛のように重い。寝る前のあの出来事のせいだろう
「疲労を回復する魔法でも……習得出来ないのかな」
体を目覚めさせるためにも、口に出した。ヒビキが授かった能力、いや、権能は、神気を操る能力。これと言った名前は無いらしいので、ヒビキは神威と呼んでいる。
神威は治癒魔法から攻撃魔法まで多種多様。なんなら、自分が頭の中で思い描いた技や魔法を使えたりするくらいに自由度が高い。だが、疲労を回復する魔法だけは絶対に使えない。理由は分からない。
特に行く宛もなく立ち上がってしまったので、何かないかと辺りを見渡す。そういえば、カーテンを開けてなかった。窓に近付いて、カーテンを開ける。
ふと街を見れば、まだ朝早いにも関わらず活気に満ちた声が薄い硝子越しにまで届いてきた
色とりどりの布がかけられた露店がひしめき合い、商人たちが威勢よく声を張り上げている。時折荷物や人を乗せた仔竜が通りを歩いている。
「元気だな……」
神威という万能な力を有しておきながら、自分の疲労すら回復できない。皮肉なものだ
──コンコンコン。
控えめなノックの音が室内に響く。
「……どうぞ」
「失礼致します。ヒビキ様、朝食のご準備が整いましたのでご報告に参りました」
聞き慣れたメイドの声だった。メイドはそれを伝えるやいなや、扉を閉めた。
空腹が体を動かす動力源になってくれたため、いつもより早めに食堂に向かうことができた。
背中を押されるようにして部屋を出た。ひんやりした空気が熱くなっていた耳を撫でる。
高い天井、赤いカーペット、壁に等間隔で並ぶ燭台。どれもこれも、中流階級のヒビキにはアニメでしか見たことがない物だった。
流石に、2年も城で過ごしていれば新宿に負けず劣らずな構造も把握していた。食堂に近付くにつれ、美味しそうな匂いが香りはじめる。
扉は既に開いており、扉の近くに1人の近衛騎士が立っていた。無言で会釈を交わした。
食堂に入ると、執事が流れるようにヒビキを席に案内した。
「おはよう、テレーゼ」
エルドランド竜王国、王女「テレーゼ・フォン・エルドランド」にヒビキは挨拶をし、テレーゼの隣に座る。
「おはよう、ヒビキ。今日は早いですわね」
向こうも挨拶を返してくれた。
テレーゼはアニメでしか聞いた事のない ですわ口調 で話している。最初こそ違和感だったものの、2年の月日を共にしてきたのだから、もう慣れていた。
ヒビキはテレーゼが料理に手を伸ばすまで、皿をただ見つめていた。どうやら、彼女が料理に手をつけるまで他は食べてはいけないらしい。
「では、頂きましょう」
そう言い、テレーゼは白いパンに手を伸ばした。
それを皮切りに、ヒビキも料理に手をつけた。
いつも通りの、美味い味だ。生憎、ヒビキは馬鹿舌なので、味の違いはさほど分からない。ただ、昔家で食べてたご飯よりかは高級なのだろうとは感じていた。
テレーゼの背後には、数名のメイドがピシッと立っていた。表情一つ変えず、空気のように立っていた。名前までは覚えていないが、見慣れた顔だ。この城に住んでいたら嫌でも顔を合わせる。
そして、ヒビキの隣には少年と少女が座っていた。
テレーゼと同じく淡い金の髪で、背はかなり小さい。黙々と食事を進めており、こちらもメイドと同じく一言も話さなかった。
少年の名はライア、少女の名はトルース。この少年少女の初登場時のインパクトは生きてきた中でいちばん大きいものだった。
テレーゼが綺麗に膨らんでいるドレススカートをポンポンと叩いたらそのスカートの中からスルリと出てきたのだ。
一種の変態かと思ったが、まぁ異文化として納得しておいた。
「……何か言いたそうですわね」
「いいや、別に」
テレーゼは怪訝な顔をしたまま、紅茶を口に運ぶ。ヒビキもそれを見て、残りのスープを口に運んだ。
やがて、テレーゼがカップを皿に戻した。ちょうどヒビキも食べ終わったので、同時に席を立ち上がった。
テレーゼが食べ終わったのを確認するやいなやメイド達がせっせと動き始める。後片付けをしなくていいのは随分と楽なものだった。
◇◇◇
「さて……どうすっかな〜」
ヒビキは特に考えもなく、着替えて外に出た。新しい服でも買おうか、と考えた。鎧は重かったし、ちょうどいいかもしれない。
朝の空気は冷たい。だが、もう城下町は目を覚ましている。
空をふと見上げれば竜が荷物を運んでいた。この国では普通なことだ。
ヒビキは足を進めた。武具屋が並ぶ通りに入ると、鉄と油の匂いが混じってきた。多くの露店には剣や槍、鎧などがズラーっと並んでいる。
その中でも、いちばん大きな店で足を止めた。よく世話になっている武具屋だ。
カラン、と鈴が鳴る
「いらっしゃい! ……って、ヒビキじゃねぇか」
「ども」
「今日はどうした? 鎧でも欲しくなったか?」
「いや、騎士服だよ。鎧は重くてね」
それを聞くと、店主はニィっと口角を上げる
「ハハッ、ついてるなヒビキ。ちょうど新しい生地がはいってんだ」
そう言うと、店主は奥から何着か持ってきた。濃紺、深緑……いろいろあった。どれも見た目は似ているが、材質が全然違う。
試しに、黒色の騎士服を手に取った。
「……軽」
「だろ? 魔糸が入ってんだ。動きやすいぞ?」
魔糸入りの服とは、服に魔力が組み込まれており、色々すごい原理で体重を軽くしてくれる。それ故に、剣士に好まれて買われている。値段はご愛嬌。
「高いでしょ」
「高いな」
即答だった。ただまぁ、お金には幸い余裕はあったので、躊躇わずに買った。
「あんがとな〜ヒビキ〜」
店を出る際に、軽く手を振る。財布がかなり軽くなったのを感じた。
街を歩いていると、実は意外と挨拶をされる。一応、有名人だからだろうか。神気をこの年齢で扱えるなんて神童だ〜とかなんとか一時期言われていたし、ある程度名前は流通していたのだ。
さぁて、着替えて試し斬りにでも──
──ゴォン……
重く低い鐘の音が王都に響いた。
警鐘だ。何か緊急事態の時に鳴る音だ。さっきまで喧噪してた街は一気に静まり返り、皆音の鳴るほうを向いた。
「何かあったのか……」
そう呟いた時、
「ヒビキ様!!」
声をかけられた。王城の伝令だった。
「……どうした?」
「至急、城にお戻りください……!」
「別国、ルーディアから救援要請が来ました!!」
その一言に、ヒビキは背筋が凍った。
別国。隣国ではない。そしてルーディアは、ここエルドランド竜王国からかなり離れている。ルーディアの周りにも国はいっぱいある。普通ならそこに救援要請を出すはずだ。それなのに、わざわざここに救援を要求するということは、相当な緊急事態ということだ。
「王が……ヒビキ様をお呼びです」
「……分かった。すぐ行こう」
◇◇◇
「ヒビキ様、お連れ致しました」
普段は滅多に呼ばれない「王の間」重厚感ある扉を開け、中に入る。
中は広かった。高い天井、カーペット。そして、奥には玉座。その玉座に座っているのは国王──ではなく、王女テレーゼだった。
「生憎ですが、今国王は不在ですわ。ので、私が代わりに告げますわ」
テレーゼはいつにも増して真剣な表情をしていた。本当に、本当に緊急事態なのだろう。と、ヒビキは直感的に感じ取る。
「ルーディア帝国が襲撃を受けましたわ」
テレーゼの声が心に直接届くような感覚がする。
「襲撃者は……3名。うち1人は魔女らしいですわ」
その単語に、ヒビキは体が強ばる。
〝魔女〟
昨日の夜、ヒビキが大敗した人物。死の魔女「シオリ」
『もっと強くなってから、私を殺しにおいで』
脳裏にずっと焼き付いているこの言葉。ヒビキはあの惨状を思い出して吐き気がした。が、ぐっとこらえた
「ヒビキ」
「貴方の力が必要ですわ」
テレーゼが淡々と、しかしどこか悲しそうにそう告げた。
◇◇◇
沢山動いたせいか、腹が減った。シオリは適当な店に入り、具材を漁って貪り食った。血の味しかしなかったが、腹の中に何か入っているだけで十分だった。味なんてこの際気にしない。
未だに王都には攻め込んでいない。まずは周辺から潰そう、と考えたからだ。
本当は王都だけ攻めればいいのだが、なんだか1つの街を滅ぼした時点で楽しくなっちゃって、全部滅ぼそうと言う考えに至った。ゼロとピリカは元気にやっているのだろうか。それぞれが別々で動いているため、向こうの状況は分からない。ただ、夜襲だし、死にはしないだろうと考えている。
最初は温かかった返り血も、今ではすっかり冷たくなってしまった。
一応、女子供問わずに見つけたやつは全員殺していた。途中、若干手強いやつもいたせいで、頬に切り傷を負ってしまったが。まぁ問題はないだろう。
どこを見ても、血の海だ。何時間暴れたのだろうか。殺戮開始時は夜だったのに、今ではすっかり日も昇っている。これだけ時間が経ってようやく周辺の街を全て滅ぼせたのならば、かなりこの国はデカイのだろう。
さて、本来なら合流するのだが、肝心の合流場所を決めてなかったので、シオリはそのまま王都へ向かっていった。なんで援軍が来ないのかとずっと疑問だった。ただまぁ、援軍を送っても無駄だと判断したのだろう
「とっとと潰そう……」
制限時間はあと二日以上ある。シオリは何日も徹夜してたため、眠気が酷い。ここいらで一睡も考えたが、とっとと潰してとっとと寝ればいいだけだと考えた。
シオリは、ピシャ、ピシャ。と音を立てながらこの国の中心部、王都へと向かっていった──




