10.ホタル
500PVまでもう少し……!
ピリカとヴィザールが石段を登る音だけが、静穏たる夜に響く。
「〜♪」
「ご機嫌ですね……階段登ってるだけでしょう?」
「んー、久しぶりにホタルンに会えるって考えると〜なんだか嬉しくなっちゃう? みたいな」
「そうですか……」
鼻歌混じりで軽快に石段を登る。夜風が石段を撫で、ふと服の袖が揺れる。木々も一斉にゆさゆさと揺れていた。ピリカ達を歓迎してくれているかのようだった
「とうちゃ〜く☆」
長い石段から顔を出したのは、古びた純和風建築だった。ここにホタルが棲んでいるはずだ
「ワフー建築……だっけ」
「ですね」
「あ、合ってたんだ。にしても、ホタルンの文化はイマイチよく分からないなぁ」
「右手に同じく」
〝鬼神の禁域〟に居を構えている「ホタル」
魔界が大いに栄華を誇っていた頃、名も分からぬ角人、今で言うホタルが突如として魔界に現れた。
ホタル以外にも、数十名、似た特徴を持つ者が共に現れた。
ホタル達は魔界の開拓予定地を占領し、そこに縄張りを張った。
彼らの文化は異様そのものだった。食文化も、建築様式も。魔界、いや、この世界の何処を探してもこんな文化は見当たらないほどに、異様で、美しい文化だった。
ピリカやヴィザールも訪れたことが1度ある。ただ、あまりにも文化が違うが故に、異国にいる気がして堪らなかった。
「あの〜……何? サシミ……だっけ。あれはやっぱり食べらんないなぁ」
「あれを躊躇なく食べれる人は居ませんよ。逆にいたら会ってみたいくらいです」
ふと、話してる月明かりに照らされ、暗かった世界は多少の光源を手にした。
「ホタルーーーン!!遊びに来たよー!」
雰囲気をぶち壊したその声はホタルの家に吸い込まれ、奥からカランッという音がする
「アハッ! 起きてるみたいだね〜!」
カラン、コロン。奥から響く乾いた音は、ピリカの快活なる声に応える挨拶のようにも聞こえた
「うるっせぇな……」
物憂げで低い声をした人物が顔を出す。その正体は鬼神の禁域の主「ホタル」だ。
ゆったりとした装束に、質素な行灯袴。荒れ狂う嵐の稲妻のような髪が、より威圧感を引き出している
「何の用だ? 借りは返したはずだが」
ホタルは事実を淡々と述べる。その声に私念は無く、単なる業務連絡だとピリカは受け取った。
「ん〜、なーんて言えば良いのかなぁ〜?」
「事実を述べろ。端的に済ませたい」
ホタルはピリカに対して恨みがある訳では無いし、ピリカの右手にいる目ん玉が嫌いな訳でもない。
ただただ面倒くさいだけだとピリカは直感的に感じ取る。
「私は、人間に復讐しよーって話をしに来たの」
言われた通り、端的に話す。
「それに協力して何か俺にメリットはあんのか?」
「ん〜、特に?」
その返答を聞いて、ホタルは呆れたのかジト目になる
「はぁ……なんも考えてないんだな。お前って奴は」
よくよく考えれば、ホタルは感情論で動くようなやつではなかった。どんな時も必ず、利害損失を気にしていた。
どこまで行っても機械的で冷たい。良く言えば、損得の天秤が釣り合えば必ずこなす信頼できる奴だ。
「ん〜、じゃあ、戦って〜私が勝ったら従う……とかはどう?」
エリュシオンがよく言ってた言葉「負けたら大人しく従え」一応、ホタルも魔界に棲んでた者なのだから、この言葉は何度か耳にしたはずだ
「俺が勝ってもなんにもならねぇだろ。それ。それに、俺は別にあの魔女を慕っていた訳じゃあねぇ。アイツの言葉に従う必要性は俺にはないんだよ」
グサリ、事実がピリカにダイレクトに突き刺さる。確かにそりゃそうだ。考えてみればそりゃそうだ。
ホタルはエリュシオンに救われた訳でもなければ、魔界出身の魔族でもない。
タルタロス派閥……とかは関係ない。タルタロスもエリュシオンと同じことを言っていたからだ。
「それに、今の俺とお前が戦ってもまともな勝負にはならねぇ」
「えっ? なんで」
「お前、自分の手持ち見てみろよ」
ピリカは言われるがままに自分の手玉の数を確認した
「えっ──」
手玉は既にヴィザール戦で使い切ってしまっていた。黒手玉はある。はずだったのだが、出発前に黒は使わないと踏んで、魔界に置いてきてしまったのだ。
「あっはは〜……在庫切れ……」
ピリカはホタルの洞察力と自分の失念に苦笑いをする。
「ほんっとに……いつか死ぬぞ。気を付けろ」
「はいはーい」
やっぱ、優しいんだな。ふと、ピリカは思う。
このホタルとかいう鬼は、他人に無頓着で薄情者だと思われがちだが、実際は結構優しい奴なのだ。言葉の端々から優しさを感じるのは根がいいやつなのを指している。ただただ、優しさの見せ方がわかっていないだけなのだ。
「今思ったんだが……お前の右手にいるそいつ誰だ?」
ホタルの視線の先にあるのはピリカの右手にちょこんと鎮座している目ん玉。その目ん玉は偉そうにピリカの方を向いて、説明してやれ。と言わんばかりの目力を送ってきた
「あぁ……この子はヴィザール。会ったことあるでしょ?」
「……お前ヴィザールだったのか」
半信半疑な声がホタルの口から出る。ホタルはヴィザールの核を見た事なく、あの黒い肉体の塊しか目にしたことがなかった
「えぇ、お久しぶりですね。ホタルさん」
「あぁ」
短く挨拶を交わす。それ以上は何も話さなかった
「……」
誰も何も話さない。時止めを食らったみたいだ
「まぁ……なんだ。帰った帰った。ここにいたって面白みなんかないだろ」
実にその通りで、最適案なのだろう。普通なら、ここで踵を返して帰る以外の選択肢は無い。
「やだね」
それがピリカでなければ……の話だが
ピリカは帰るどころか勢いよくホタルに飛びかかり、そのまま胸に顔を埋め、逃げられないように、両手をスルリとホタルの後ろに回した。ヴィザールの事はちゃんと考えられているのか、潰さないように優しく右手は握られていた。
「……は?」
ホタルの体は鋼鉄のように固まった。あまりにもピリカの行動が異常だったからなのか、数秒の沈黙が流れる
「……離れろ」
そう呟くが、ピリカはこれっぽっちも離れようとしない。なんなら頬を押し付けるように密着する
「2回目だ……離れろ」
「やだね。私はホタルンが言うこと聞いてくれないと一緒に爆散するつもりだし」
「あの、ワタクシも死ぬんですが」
ヴィザールが何忘れてんだよ、と言わんばかりにツッコミを飛ばす。が、そんなの気にせずにピリカはギューッと抱きしめる。
ホタルはピリカが離れないと悟ったのか、大きく溜息を着く
「あ〜……分かった分かった……言うこと聞きゃいいんだろめんどくせぇ」
その声は諦念が隠しきれていなかった。僅かに声の毒素も抜けていた。
「ほんと? やったぁ☆」
ピリカがすっと上を向き、ニヒッと笑顔になる
「とりあえず中入れ。こんな所で立ち話もアレだ」
そう言い、ホタルは未だに離れようとしないピリカの頭頂部に語りかける
「……いつまでくっついてんだ。離れろ」
「んー、なんか暖かくて〜……離れたくないかなぁ」
「……はぁ?」
つくづく面倒な奴だ。心からホタルはそう思った。
「しょうがねぇな……」
「おわっ」
ホタルは自分の後ろに回ってる腕を手で離し、軽くお姫様抱っこをした。そのまま家へと歩いていく
「ヒュ〜☆ ロマンチック〜☆」
「っるっせぇ」
勿論、この抱っこに下心は微塵もなく、ホタルの頭の中にある最適解を選んだだけだった。
ヴィザールは、そんな光景をピリカの指で作られた壁を見ながら思っていた。
何聞かせられてんだろう──、と。
間もなくして家に着き、引き戸をガラガラと開ける。
下が石で作られた玄関で、ホタルは草履を脱ぎ、木の床に上がる。
そこでピリカを優しく地面に下ろす。
「靴脱げ。土足は無礼だ」
「はーい」
ピリカは言われた通り、靴を脱いで家に上がる。
ヴィザールを暗闇から解放し、辺りを物珍しそうに見渡す。
「ワフー建築……やっぱりなんか独特だね〜」
石ではなくほとんどが木で造られた建築。木の匂いが家に充満しており、なんとも言えない安心感を醸し出していた
ホタルは少し歩き、襖を開ける。そこには真ん丸なテーブルと、お尻が痛くならないように敷かれている柔らかいクッションがあった。
「座っとけ。茶出してやるから」
パチッと紐を引っ張って明かりをつけ、ホタルはどこかへ言ってしまう
「……っふへ……やっぱりホタルン可愛っ……!」
ピリカは純粋な想いを零す。優しいのに、不器用だから怖く見える。自分はそうしてるつもりはないのに、めちゃくちゃ優しくて、カッコよくて、可愛い仕草。
それには、シオリとはまた違う、ピリカを魅了させる物があった。
ピリカは言われた通り、座布団に尻を預ける。モフっ、とした感覚。いいクッションなことがすぐに分かる。
ピリカは辺りを見回した。奇妙な猫の置物に、花冠。
花冠を見て、誰かから貰ったのかな、と想像を膨らませてはキャーッ! と両手を覆う。
「何してるんですか」
ヴィザールの冷たい一言がその空間内に残った。
もしかしたら、ピリカはホタルに好意を持ってるのかもしれない。なんだか、シオリとゼロに会わせるのもちょこっとだけ嫌になってしまう。
けれど、シオリ達にも会わせてあげたい。けれど、会わせちゃったら自分と話す時間が減る……
難しく、悩ましい事を考えていた時──
「待たせたな」
ホタルの声がした。ピリカは声の主を見つめた。
彼は丸いトレーを持っており、トレーの上には持ち手がないコップが二つ、置いてあった。
トレーを机に置き、それに伴いホタルも座布団に腰を下ろした。
ホタルはコップの1つを手に取り、脚を組んで静かに1口啜った。
ピリカもそれに感化され、コップに手を伸ばす。
「熱いから気をつけろよ」
「え? あぁ……」
火傷を気遣ってくれたんだ。と、ピリカは心の中で喜んだ
コップを手に取ると、確かに熱かった。ピリカはコップの中の液体を視界に捉える。緑色の液体だった。間違いなく飲んではいけないものだが、ホタルが飲んでるのできっと大丈夫。そう信じてその液体を口にした
「……苦っ」
思わず顔を顰めた。結構苦いものだった。これを好んでホタルは飲んでいるのか。と考えると、やっぱり理解が出来ない。けれど、せっかく出してくれたのだし、最後まで飲もう。
ピリカは目を瞑り、息を止めてその液体を一気に口に入れた。味はしなかった。ただ「熱い」という感想だけが残った。
「そんな無理して飲むもんでもないんだがな……」
一部始終を見ていたホタルにツッコまれる。
「いやぁ、なんだか、せっかく出してくれたじゃん?」
それを聞いて、ホタルはフッ、と笑い、微笑した
「お前も〝らしい〟じゃねぇか」
「……? 何が?」
「いや、何でもねぇ」
意味深に笑うホタルを首を傾げながらピリカは見つめるのだった。




