EP 8
法律という名の「盾」
「……吐け。No.1の居場所はどこだ」
T-SWAT本部(廃倉庫)の奥に設置された、急造の取調室。
俺はパイプ椅子に縛り付けた男――先日逮捕したナンバーズの末端構成員を見下ろしていた。
男は怯えきっていた。無理もない。
俺の横には、尋問担当(バッド・コップ役)のイグニスが、鼻息荒く立っているからだ。
「おいコラ、黙ってると俺様のブレスで『焼き鳥』にするぞ。部位は……そうだな、指先からジワジワいくか?」
「ひぃぃっ! 知らない! 俺はただ、指定された場所に荷物を運んでいただけだ!」
「嘘をつくな。お前の懐から出てきた『暗号表』。あれはなんだ」
俺は机をドンと叩き、Korthのリボルバーをわざとらしく置いて見せた。
男の顔色が土気色に変わる。
あと一押しだ。こいつの口から幹部の情報を引き出せば、ナンバーズの尻尾を掴める。
コンコン。
その時、鉄扉をノックする、場違いなほど上品な音が響いた。
「誰だ。取り込み中だぞ」
「失礼いたしますわ」
返事を待たずにドアが開いた。
そこに立っていたのは、カビ臭い倉庫には似つかわしくない、優雅なドレススーツを纏った金髪の美女だった。
知的な眼鏡の奥で、勝気そうな瞳が光っている。
「……誰だ、アンタ」
「初めまして、鮫島隊長。私の名前はリベラ・ゴルド。弁護士ですわ」
彼女は埃っぽい床をものともせず、優雅に歩み寄ると、俺と容疑者の間に割って入った。
「私の依頼人に対して、ずいぶんと野蛮な尋問をなさっているようですわね」
「依頼人だと? こいつはテロ組織の一味だぞ」
「ええ。ですが、彼から『弁護の依頼』がありましたの。……ゴルド商会のコネクションを通じてね」
リベラは俺の手元にあった調書をパラパラと捲り、鼻で笑った。
「逮捕状の不備。ミランダ警告(権利の告知)の欠落。さらに、取調室での『魔獣』による恫喝……。鮫島隊長、これは立派な『違法捜査』ですわよ?」
「……ここは太郎国だ。俺のやり方がルールだ」
「いいえ。国王陛下が制定した『新・刑事訴訟法』第38条をご存知ない? 『何人も自己に不利益な供述を強要されない』。……貴方のやっていることは、法の番人ではなく、ただの暴力装置ですわ」
ぐうの音も出ない正論。
太郎の野郎、変なところだけ日本(現代)の法律を輸入しやがって。
「それに、彼が運んでいた荷物……中身はただの『魔法薬の原料』でしたわ。テロの証拠にはなりません」
「そんなわけあるか! あれは爆発物の――」
「鑑定結果は『シロ』です。……私の息のかかった鑑定機関によれば、ですけれど」
リベラは扇子で口元を隠し、ニッコリと微笑んだ。
証拠の揉み消しか。あるいは、鑑定人を買収したか。
これが噂の「ゴルド・メソッド」か。
「……犯罪者を野放しにするのが、アンタの正義か?」
俺はタバコを取り出し、威圧するように噛んだ。
だが、リベラは動じない。むしろ、憐れむような目で俺を見た。
「勘違いなさらないで。私は『罪を憎んで人を憎まず』を信条としておりますの。彼にも更生の権利がある。……それに、彼をここで貴方たちに壊されては、困りますのよ」
彼女の瞳が一瞬だけ、鋭く細められた。
それは弁護士の目ではなく、獲物を狙う狩人の目だった。
「……ほう」
俺はタバコに火をつけるのを止めた。
この女、ただの悪徳弁護士じゃない。
構成員を釈放させた後、自分の手元(法律事務所)に置いて、独自に情報を引き出すつもりか。警察(俺たち)よりも深く、鋭く。
「……いいだろう。連れて行け」
俺はイグニスに目配せをして、縄を解かせた。
「あ、ありがとうございます! リベラ様、一生ついていきます!」
構成員が泣いてリベラにすがりつく。
「ええ、ええ。事務所でゆっくりお話を伺いますわ。……たっぷりと、紅茶とケーキ(尋問)を味わっていただきますから」
リベラは構成員を背に庇い、出口へと向かった。
去り際に、彼女は俺の方を振り返り、不敵に微笑んだ。
「鮫島隊長。貴方のその『暴力』が必要になる時が来るかもしれませんわね。……敵は、法で裁ける相手ばかりではないようですから」
「……忠告どうも。アンタも背中に気をつけな。ナンバーズは口封じが好きだぞ」
「ご心配なく。私の背中には、最強の『法律』という盾がありますもの」
バタン。
扉が閉まる。
残された取調室には、彼女が残していった高級な香水の香りと、俺のタバコの匂いが混ざり合っていた。
「隊長、良かったのか? あいつ絶対クロだぞ」
イグニスが不満げに鼻を鳴らす。
「ああ。だが、あの女狐に預けた方が、奴ら(ナンバーズ)の尻尾を早く掴めるかもしれん」
俺はKorthをホルスターに戻し、深く紫煙を吐き出した。
弁護士とSWAT。水と油だが、目指す場所が同じなら利用し合うのも悪くない。
しかし、俺の予感は最悪の形で的中することになる。
彼女が「盾」と呼んだ法律さえも通用しない、理不尽な暴力(No.1)がすぐそこまで迫っていた。




