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EP 7

休日、パチンコ、隣の貧乏神

T-SWAT隊長としての激務から解放された、久々の非番。

俺、鮫島勇護は、戦場(職場)へ向かう時よりも真剣な眼差しで、鏡の前に立っていた。

「装備よし(チェック)。資金よし(チェック)。……行くか」

今日の俺は、黒いタクティカルベストも、愛銃Korthも身につけていない。

装備しているのは、着古したグレーのジャージ(上下)と、便所サンダル。

そしてポケットには、なけなしの給料(金貨)を崩した軍資金と、コーヒーキャンディ。

俺が向かうのは、王都の一等地に新しくオープンした娯楽の殿堂。

『パーラー・タロウ』だ。

***

ウィィィィン……(自動ドアが開く音)

ジャラジャラジャラ……(銀玉が流れる音)

店内に入った瞬間、タバコの煙と電子音が俺を包み込む。

異世界広しと言えど、この「空気」を味わえるのはここだけだ。

俺は慣れた足取りで、新台『CR 暴れん坊将軍タロウ』のシマへと向かった。

「……角台が空いてるな。確保セキュアする」

俺は素早く着席し、サンドに紙幣を投入。ハンドルを握る。

この瞬間の高揚感は、何度味わってもいいものだ。

……だが、開始から30分後。

俺の眉間には深い皺が刻まれていた。

「回らねぇ……。ルチアナの奴、また釘を締めやがったな」

投資がかさむ。リーチも来ない。

イライラしながらコーヒーキャンディを口に放り込んだ、その時だった。

ガンッ! ガンッ!

隣の台から、凄まじい音が響いた。

台パンだ。マナーの悪い客がいるもんだ、と横目で見る。

そこには、フードを目深に被った小柄な少女が座っていた。

「お願い……! お願いよぉぉ! 次こそ……次こそ『魚群』来てぇぇ!」

悲痛な叫び。

彼女の手元を見ると、皿にはもう玉がない。

サンドに投入しようとしているのは、震える手で握りしめた最後の小銭(500円硬貨)だ。

「これが無くなったら……今夜もパンの耳……うっ、うぅ……」

(……パンの耳?)

俺は思わず彼女の顔を覗き込んだ。

フードの下から見えたのは、透き通るような青い髪と、アクアマリンの瞳。

驚くほどの美少女だが、その頬はこけ、目は血走り、この世の終わりのようなオーラを纏っている。

彼女は、俺が街で見かけたことのある「地下アイドル」のポスターの子に似ていた。

確か名前は……リーザ、だったか。

「あと一回……この500円で確変を引けば、タローキングでハンバーグが食べられるの……!」

彼女は祈るようにハンドルを握る。

その姿は、爆弾処理に挑む兵士よりも悲壮だった。

俺はため息をつくと、ポケットからコーヒーキャンディを一つ取り出し、彼女の台の空きスペースにそっと置いた。

「……え?」

リーザがビクッとしてこちらを見る。

「糖分補給だ。カリカリしてると、来るもんも来ねぇぞ」

「か、神様……?」

彼女はキャンディを拝むように手に取ると、包装紙を丁寧に剥き、大事そうに口に含んだ。

「あまい……! カロリーの味がする……!」

「飴玉一個でそこまで感動されると、逆に引くな」

「ありがとうおじ様! 私、頑張る! この御縁(5円)にかけて!」

リーザは気合を入れ直し、ハンドルを回した。

液晶画面が輝き、激熱の演出が発生する。

魚の群れが画面を横切る。

「来た! 魚群! お願いぃぃぃ!」

「(……当たるか?)」

俺も自分の台を止めて見守る。

図柄が揃えば、彼女の今夜の夕食はハンバーグ。外れればパンの耳。

天国と地獄の分岐点。

ビタッ。

図柄は、半コマずれて停止した。

無慈悲な電子音が、外れを告げる。

「…………嘘、でしょ……?」

リーザの手から力が抜け、サンダルの上にポロリと500円玉が落ちた。

俺は無言で天井を仰いだ。

そして自分の台に戻り、残りの千円札をサンドに入れた。

「……仇は取ってやる」

1時間後。

***

夕暮れの公園。

ブランコに並んで座る、二つの影があった。

ジャージ姿の俺と、ボロボロの服を着た元王女のリーザ。

二人とも、財布の中身はスッカラカンだ。

「……あーあ。お魚さん、逃げちゃった」

リーザが虚ろな目で、地面に「の」の字を書いている。

「パチンコなんてのは、負けるように出来てんだよ。……俺たちみたいな養分が、店の電気代を払ってんのさ」

俺はタバコに火をつけ、紫煙を吐き出した。

休日の貴重な時間を浪費し、金も失った。

だが、不思議と悪い気分ではなかった。隣にいるこの「貧乏神」のような少女のおかげかもしれない。

「おじ様も負けたのに、どうしてそんなに落ち着いてるの?」

「慣れだよ。……それに、俺にはまだ『これ』がある」

俺はコンビニ袋から、二つの「タローソン特製・オニギリ(シャケ)」を取り出した。

本当はパチンコに勝って寿司を食う予定だったが、負けた時のための保険だ。

「食うか?」

俺が差し出すと、リーザの瞳がアクアマリンのように輝いた。

「えっ!? いいの!? 私、何もお返しできないよ!?」

「いいさ。隣で熱い演出を見せてもらった礼だ」

リーザはオニギリを受け取ると、包装フィルムを剥がすのに手間取りながらも、大きな一口を頬張った。

「ん〜〜っ!! 美味しい〜〜!!」

彼女の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。

どんだけ腹減ってたんだ、こいつ。

「私、アイドルやってて……いつか武道館ドームでライブするのが夢なの。でも、今はちょっとだけ……お腹が空く時期で……」

「そうか。……ま、生きてりゃ確変も来るさ」

俺は自分のオニギリをかじりながら、空を見上げた。

この世界に来てから、命のやり取りばかりしていた。

たまにはこういう、何でもない敗北感を味わうのも悪くない。

「あのね、おじ様! 私、リーザっていうの! 今度ライブがあったら招待するね!」

「……ああ、期待しないで待ってるよ」

「絶対だよ! 最前列アリーナ用意するから!」

米粒を頬につけたまま笑う彼女を見て、俺は苦笑した。

(T-SWATの活動資金から、こいつのチケット代くらい捻出できるか……? いや、リベラにバレたら殺されるな)

夕日が沈む。

俺とリーザは、ブランコを漕ぎながら、次の「決戦(給料日)」に向けて英気を養うのだった。

「……よし、帰るか。イグニスたちが腹空かせて待ってる」

「私も帰らなきゃ! キャルルちゃんが廃棄弁当もらってきてるかも!」

「……逞しいな、お前」

俺たちは公園の前で別れた。

彼女が手を振る姿を見送りながら、俺はふと思った。

この国を守る理由は、案外こういう所にあるのかもしれない、と。

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