EP 5
忍び寄る「数字」の影
「隊長、この車……揺れすぎじゃねぇか?」
イグニスが巨体を縮こまらせながら文句を言う。
俺たちが乗っているのは、太郎が手配したT-SWAT専用車両――通称『ブラック・バイソン号』だ。
見た目は装甲車のように黒く塗られた鉄製の馬車だが、牽引しているのは軍用トラック並みの馬力を持つ巨大魔獣「ロックバイソン」。
サスペンションが死んでいるのか、路面の凹凸をダイレクトに拾い、車内は洗濯機の中のようだった。
「文句を言うな。徒歩よりマシだ」
俺は揺れる車内で、冷静にタバコの灰を携帯灰皿に落とした。
隣ではキャルルが、振動を楽しんでいるのか耳を揺らしながら、支給されたコンバットナイフの手入れをしている。
「現着まであと30秒。総員、装備チェック(ロード・チェック)」
俺の号令に、二人が表情を引き締める。
イグニスがハンマーを握りしめ、キャルルが安全靴の紐を確認する。
「現場は上級貴族、カルバドス子爵の屋敷だ。爆破事件との通報だが、生存者の救助と現場の制圧が最優先だ」
キキィィッ!!
ロックバイソンが蹄を鳴らして急停止した。
後部ドアを蹴り開け、俺たちは朝霧の立ち込める貴族街へと降り立った。
***
「な……なんだ、これは」
現場の惨状を見て、イグニスが息を呑んだ。
そこにあるはずの豪邸は、半分が「消失」していた。
爆発で吹き飛んだのではない。
まるで巨大なスプーンでえぐり取られたかのように、屋敷の右半分が綺麗さっぱり消滅しているのだ。
瓦礫も、燃え跡もない。ただ、断面だけが鏡のように滑らかに残されている。
「……騎士団は何をしてる?」
俺は先着していた騎士団の小隊長に歩み寄った。
「状況は?」
「あ、貴様らは……噂の『T-SWAT』か。見ての通りだ! 魔法探知を行っているが、魔力反応が一切ない! 火薬の匂いもしない! 何が起きたのかさっぱりだ!」
騎士たちは混乱し、右往左往している。
俺は崩れかけた壁の断面に触れた。熱くない。冷たいくらいだ。
(魔法じゃない。物理的な破壊でもない。分子レベルでの崩壊……か?)
俺の背筋に、冷たいものが走る。
これはテロではない。一方的な「蹂躙」の痕跡だ。
「隊長! 誰かいるよ!」
キャルルの鋭い声。
彼女の指差す先、半壊した屋敷のホールに、数名の男たちが立っていた。
顔には、のっぺりとした白い仮面。
手には袋を持っている。火事場泥棒か? いや、雰囲気が違う。
「……貴様ら、何者だ」
騎士団員の一人が剣を抜いて近づく。
仮面の男の一人が、懐から掌サイズの水晶を取り出した。
カッ!
水晶が輝くと同時に、騎士団員が吹き飛ばされた。
衝撃波だ。
「魔導具による攻撃か。……総員、交戦規定(ROE)解除。鎮圧せよ!」
俺の指示と同時に、T-SWATが動いた。
「オラァァ! どきやがれ騎士共ォ!」
イグニスがバリスティック・シールドを構え、重戦車のように突撃する。
仮面の男たちが放つ衝撃波を、イグニスは盾で真正面から受け止めた。
ドォン!
重い音が響くが、イグニスの足は止まらない。
ドラゴンの膂力と、現代の防弾素材のハイブリッド。
「うおぉぉ! シールド・バッシュ(盾殴打)!!」
イグニスは盾ごと男の一人を弾き飛ばし、壁に叩きつけた。
「次はあたし!」
キャルルがイグニスの背後から飛び出す。
その速度は、仮面の男たちが反応する暇を与えない。
鉄芯入り安全靴が唸りを上げる。
「月影流・脛砕き!」
ゴキッ!
「ぐあぁっ!?」
男の膝関節を的確に破壊し、体勢が崩れたところにトンファーの一撃を加えて昏倒させる。
残る一人が、水晶を俺に向けようとした。
遅い。
バンッ!
乾いた銃声が一つ。
俺のKorthから放たれた.357マグナム弾が、男の手にある水晶を粉砕した。
「なっ……!?」
男が驚愕に固まる隙に、俺は距離を詰めた。
銃口を突きつけながら、足払いで転倒させ、膝で首を押さえつける。
手錠を取り出し、迅速に拘束する。
「確保」
あまりに鮮やかな制圧劇に、騎士団たちは口を開けて呆然としていた。
***
「……何も話さないつもりか」
拘束した仮面の男は、尋問に一切答えようとしなかった。
ただ不気味に笑い、奥歯を噛み締めようとした。
毒か。
「させるかよ」
俺は男の顎を掴み、強制的に口を開かせ、毒のカプセルを吐き出させる。
SWATにおいて、容疑者の自殺防止は基本中の基本だ。
「……隊長、これ見て」
キャルルが、屋敷の残った柱を指差した。
そこには、鋭利な刃物で刻まれたような、奇妙な数字が残されていた。
『1』
「いち……?」
「ナンバーワン、か」
俺はその数字を見た瞬間、この異様な破壊痕と繋がった気がした。
この屋敷を「消滅」させた何者かが残したサイン。
仮面の男たちは、その後始末か、あるいは成果の確認に来た末端に過ぎない。
「……面倒なことになりそうだ」
俺はタバコを取り出そうとして、現場保存のために手を止めた。
この国には、魔法や騎士団の常識が通じない「組織」がいる。
そいつらは、この太郎国を――いや、世界そのものを盤上の駒としか思っていない。
「イグニス、キャルル。撤収だ。このヤマは深そうだぞ」
俺たちは連行する仮面の男をブラック・バイソン号に押し込み、困惑する騎士団を尻目に現場を去った。
夕暮れの空に、不穏な影が忍び寄っていた。
それはまだ、俺たちT-SWATにとっても、未知の脅威の始まりでしかなかった。




