EP 3
拠点はゴミ溜め、人材は廃棄物
「……ここが、王宮だってのか?」
案内された場所の前に立ち、俺は呆れた声を漏らした。
目の前にあるのは、王都の煌びやかな城壁……から数キロ離れた、下町の工業地区。
その最果てにある、錆びついたトタン屋根の巨大な倉庫だった。
入り口には『旧・資材置き場(立ち入り禁止)』という看板が、片方の釘が外れて斜めにぶら下がっている。
隙間風が吹くたびに、キィキィと不快な音を立てていた。
「いや、違う。王宮はあっちだ」
倉庫の中から、気の抜けた声が響く。
中に入ると、埃っぽい空気とカビの臭いが鼻をついた。
広い空間には何もなく、ただ中央にポツンと置かれたパイプ椅子に、ジャージ姿の男が座っていた。
佐藤太郎。この国の国王だ。
手にはコンビニのおにぎり(ツナマヨ)、膝の上には『週刊少年ジャンプ(先週号)』。
どこからどう見ても、深夜のコンビニ前にたむろするヤンキーだが、纏っているオーラだけは妙に底知れない。
「よう、待ってたぞ。元SWAT隊長さん」
太郎は最後の一口を頬張ると、指についた米粒を舐め取った。
「昨夜のコンビニでの立ち回り、見事だったな。ウチの石頭な騎士団じゃ、あそこまで綺麗にはいかない」
「……監視カメラか。趣味が悪いな」
俺はサンダルで床の埃を蹴りながら近づいた。
「で、呼び出した用件はなんだ? 俺を逮捕するのか、それとも表彰状でもくれるのか」
「仕事の斡旋だよ。俺は今、この国に新しい治安維持組織を作りたいんだ」
太郎はパイプ椅子から立ち上がり、両手を広げた。
「騎士団は魔獣討伐や戦争には強いが、都市部の犯罪には疎い。魔法を使えない閉鎖空間や、人質がいる状況じゃ無力だ。昨日のようにな」
「だから、俺に警察をやれと?」
「警察じゃない。もっと実戦的な部隊だ。……『T-SWAT(タロー・スペシャル・ウェポンズ・アンド・タクティクス)』。どうだ、いい名前だろ?」
ネーミングセンスのなさに眩暈がしたが、俺は無視して周囲を見渡した。
「名前はいいとして、この場所はなんだ」
「T-SWATの本部だ」
「は?」
「予算がなくてな。使える物件はここしかなかった。リフォームは自由にしていいぞ」
俺はポケットから赤マルを取り出し、火をつけた。
やってられるか。こんな廃墟で、しかも得体の知れない王様の下請け仕事なんて。
「悪いが断る。俺は元の世界に帰る方法を探す」
「帰る方法はないぞ。ルチアナが『一方通行』だって言ってたしな」
太郎は悪びれもせず言うと、足元に置いてあった木箱を蹴った。
ゴトッ、と重い音がする。
「それに、タダで働けとは言わない。……ほら、『前金』だ」
俺は訝しげに眉をひそめながら、その木箱の蓋を開けた。
中には緩衝材代わりの新聞紙が詰め込まれている。それを掻き分けた瞬間、俺の手が止まった。
「……こいつは」
黒いタクティカルベスト。ヘルメット。バリスティックシールド。
そして、その奥に鎮座していた、鈍い輝きを放つ黒鉄の塊。
俺は震える手でそれを手に取った。
ずっしりとした重量感。手に吸い付くようなグリップの感触。オイルの匂い。
ドイツ製リボルバー『Korth NXS』。
8連発、.357マグナム。
俺が殉職する時まで愛用していた、魂の相棒だ。
隣には、真鍮の輝きも美しい.357マグナム弾の箱が山積みにされている。
「ルチアナに聞いたら、君がこれが好きらしくてね。なんとか取り寄せたよ」
太郎がニヤリと笑った。
「この世界じゃ、銃火器は俺の権限か、ルチアナの気まぐれがないと手に入らない。……どうだ? 働いてくれるよね? 鮫島君」
俺はシリンダーをスイングアウトさせた。
チャキッ、という金属音が、静まり返った倉庫に響く。
この音だ。この感触だ。
これさえあれば、どんな理不尽な魔法が飛び交う世界でも、俺は「俺」でいられる。
俺はタバコを深く吸い込み、紫煙と共に覚悟を吐き出した。
「……これ以上の装備は? 弾薬の補給や、隊員への支給品、それに活動予算は」
俺が尋ねると、太郎はポンと俺の肩を叩いた。
「君の……T-SWATの活躍次第だ、鮫島隊長」
「……ブラック企業かよ」
「ウチは『アットホームな職場』が売りだからな」
太郎は笑いながら倉庫の出口へと歩き出した。
「あ、そうだ。人材も自分で探してくれ。優秀な奴はみんな騎士団や冒険者ギルドに取られちまってるから、その辺のゴミ捨て場からでも『原石』を拾ってきてくれよ。じゃ!」
バタン、と錆びついた扉が閉まる。
残されたのは、俺と、愛銃と、埃まみれの廃倉庫だけ。
「……ゴミ捨て場から拾え、か」
俺はKorthを構え、何もない空間に狙いをつける。
トリガーに指をかける感触。悪くない。
「上等だ。俺好みの狂犬を探してやるよ」
俺はホルスターをベルトに通すと、サンダルを鳴らして「本部(ゴミ溜め)」を後にした。
***
数時間後。
俺は下町の路地裏――通称「スラム街」を歩いていた。
人材を探すなら、ハローワークより吹き溜まりの方が早い。俺の勘がそう告げている。
その時、公園の茂みから爆発音と怒号が聞こえた。
「オラァ! 俺様の肉を返せぇぇ!!」
ドゴォォォォン!!
見ると、燃えるような赤髪の男が、口から凄まじい火炎を吐いていた。
チンピラたちが黒焦げになって逃げ惑っている。
男の背中には竜の翼。手には巨大な斧……ではなく、食べかけの焼き鳥の串が握られている。
「……火力馬鹿か」
さらに視線を移すと、その騒ぎの横で、別の乱闘が起きていた。
ウサギの耳を生やした可愛らしい少女が、絡んできた酔っ払いの股間を、安全靴で思い切り蹴り上げていた。
「キャルルのとこに落ちてるお金は、キャルルのものなのっ!」
ゴォン! という重い金属音が響く。
酔っ払いは白目を剥いて悶絶し、少女はその隙に財布を抜き取ってピースサインをしている。
「……CQC(近接格闘)の使い手」
竜人の男は、腹を空かせた野良犬のような目をしていた。
ウサギの少女は、生きるためなら何でもする強かさを持っていた。
騎士団からは弾かれるだろう。
冒険者ギルドでも問題児扱いだろう。
だが、SWATなら――。
俺はポケットからタバコを取り出し、火をつけながら、そのカオスな光景の中に足を踏み入れた。
「……いい『廃棄物』を見つけた」
俺のリクルート活動は、まずこの二匹の野獣を躾けることから始まりそうだ。




