EP 2
深夜のコンビニ・シージ(包囲戦)
異世界に来て数時間が経過した。
俺、鮫島勇護は、呆れた顔で目の前の光景を見上げていた。
石造りの重厚な街並みの中に、そこだけ異質極まりないプラスチックの看板が輝いている。
青と白のストライプ。そして、腹が立つほど親しみやすい書体で書かれた文字。
『タローソン 王都中央店』
「……マジかよ」
女神ルチアナの言葉は本当だったらしい。
俺はサンダルを引きずりながら、自動ドア(魔石センサー式)をくぐった。
『いらっしゃいませ~♪ タロー、タロー、タローソン♪』
軽快な入店音が神経を逆撫でする。
店内は、日本のコンビニそのものだった。
清潔な白い床、整然と並べられた商品棚。
雑誌コーナーには『月刊 騎士道』や『週刊 魔女の宅急便(物理)』が並び、レジ横では「からあげクン」ならぬ「オークの唐揚げ」がホットショーケースの中で汗をかいている。
「コーヒー。ブラックで」
俺はレジカウンターに向かい、ルチアナに持たされた小銭(この国の通貨らしい)を置いた。
店員は、尖った耳を持つエルフの少女だった。
制服のストライプシャツが妙に似合っているが、その顔には深い隈がある。深夜シフトのワンオペか。世知辛いな。
「あ、はい。レギュラーサイズでよろしいですか……?」
彼女が気怠げにカップを取ろうとした、その時だ。
ガシャァァァン!!
入り口の自動ドアが、物理的な衝撃で粉砕された。
飛び込んできたのは、緑色の肌をした筋肉の塊――オークだ。しかも3体。
ボロボロの革鎧を身に着け、手には錆びついた手斧や棍棒を持っている。
「グガァァッ! 金だ! レジの金を出しやがれェェ!!」
「騒ぐとこの店ごとぶっ潰すぞオラァ!」
典型的なコンビニ強盗だ。ただし、犯人がファンタジー生物であることを除けば。
「ヒッ……!」
エルフの店員が悲鳴を上げ、カウンターの中に縮こまる。
オークの一人がカウンターを乗り越え、彼女の髪を掴んで引きずり出した。
「誰か騎士団を呼べぇ! 動くなよネーチャン、喉笛噛みちぎるぞ!」
(……やれやれ)
俺は音もなく後退し、雑誌コーナーの影に身を潜めた。
状況確認。
敵性勢力、3名。
武装、近接武器のみ。
人質、1名。
俺の装備、ジャージ、サンダル、ライター、タバコ。
「騎士団だ! 貴様ら、包囲されているぞ! 大人しく投降しろ!」
店の外から拡声魔法の声が響く。対応が早い。
ガラス越しに見ると、銀色の鎧を着た騎士たちが数名、剣を抜いて店を取り囲んでいる。
だが、彼らは突入してこない。いや、できないのだ。
「隊長! 店内に人質がいます! 火球魔法は使えません!」
「くそっ、狭い店内じゃ長剣も振り回せんぞ! 誰か交渉人を呼べ!」
騎士たちは「魔法ぶっ放して解決」が基本戦術らしい。
市街地におけるCQB(近接戦闘)や人質救出作戦のノウハウがないのだ。
このままでは膠着状態が続き、痺れを切らしたオークが人質を害する可能性が高い。
「……仕方ねぇな」
俺は深く息を吐き出すと、雑誌棚の横に立てかけてあった「清掃用モップ」を手に取った。
柄のバランスを確認する。悪くない。警棒代わりにはなる。
俺はサンダルを脱ぎ捨てた。裸足の方が足音が消せる。
呼吸を整える。心拍数を制御。
意識を「日常」から「戦闘(仕事)」へ切り替える。
スッ……。
俺は陳列棚の死角を縫うように移動した。
オークたちは入り口の騎士団に気を取られ、店内の奥にいる俺の存在に気づいていない。
距離、3メートル。
ターゲットA、見張り役。
ターゲットB、商品漁り中。
ターゲットC、リーダー格(人質確保中)。
俺は手に持っていた『週刊 魔女の宅急便(物理)』を、入り口とは逆の窓ガラスに向けて全力で投擲した。
バァン!!
「ああん!? なんだ!?」
3体のオークが一斉に音のした方を向く。
意識の空白。
その瞬間、俺は飛び出した。
「制圧開始!」
ズドンッ!
「グベッ!?」
見張り役のオークの後頭部に、モップの柄をフルスイングで叩き込む。
正確に延髄を捉えた一撃。巨体が音もなく崩れ落ちる。
「なっ、テメェ――」
商品を漁っていたオークが振り返るより速く、俺は懐に潜り込んだ。
鳩尾への掌底。
呼吸ができずに前のめりになった敵の腕を取り、関節を極めて床に叩きつける。
ゴキリ、という嫌な音がして、オークが白目を剥いた。
残り1体。リーダー格。
エルフの店員の首に手斧を突きつけている。
「キ、キサマァァ! 動くな! こいつがどうなってもいいのかァ!」
オークが震える手で人質を盾にする。
距離、2メートル。
俺はモップを捨て、両手を挙げて降参のポーズを取った。
「わかった、落ち着け。俺はただの客だ」
「う、うるせぇ! 近づくな!」
「ああ、近づかないさ。……ところで、お前の靴紐、解けてるぞ」
「あ?」
あまりにも古典的。
だが、極限状態の素人は、突拍子もない情報を処理できない。
オークの視線が、一瞬だけ下に向いた。
コンマ1秒の隙。
俺はその場にあった「ホットスナックの保温ケース」から、トングを抜き取り――投げた。
シュッ!
銀色のトングが回転し、オークの眉間に突き刺さる……ことはなく、手斧を持つ手首を正確に弾いた。
「アチッ!?」
武器が手から離れる。
俺は踏み込んだ。
右ストレートを顎に撃ち込み、脳を揺らす。
膝から崩れ落ちるオークの首を背後からホールドし、頸動脈を圧迫して気絶させる(スリーパーホールド)。
「……ターゲット・クリア」
3体のオークが床に転がるまで、わずか十数秒。
静寂が戻った店内で、俺はエルフの店員に手を差し伸べた。
「怪我はないか?」
「は、はい……あ、あの、貴方は……?」
「ただの客だ」
俺は脱ぎ捨てたサンダルを履き直し、カウンターに置いたままだった小銭を指差した。
「コーヒー代、置いとくぞ。……あと、警察が来たらよろしく言っといてくれ」
俺は淹れたてのコーヒーを手に取り、唖然とする騎士団が突入してくるのと入れ違いに、店の裏口から夜の街へと消えた。
***
同時刻。太郎国・王城。
執務室のモニターに映し出された防犯カメラ映像を見て、一人の男がカップ麺を啜っていた。
ジャージにパーカー、頭にはボサボサの黒髪。
この国の王、佐藤太郎である。
「ズルズルッ……ふぅ。見つけたぞ」
太郎は箸を止め、画面の中で鮮やかにオークを制圧した男――ジャージ姿の鮫島を指差してニヤリと笑った。
「魔法を使わず、道具と体術だけでこの制圧力。しかも、あの躊躇のなさ」
太郎はデスクの上の電話(魔導通信機)を取り上げた。
「もしもし、ゴルド商会? ……ああ、俺だ。人材発掘の件だがな、最高の『番犬』を見つけた。……ああ、即採用だ。給料? 心配すんな、どうせ予算はねぇけどな!」
太郎は楽しげに電話を切り、残ったスープを飲み干した。
「ようこそ太郎国へ。元SWAT隊長さんよ」




