EP 4
地べたの銀玉
「……こ、ここは?」
煌びやかなネオン。爆音で流れる電子音。そして、鼻をつくタバコの臭い。
ナンバーズNo.2、ルルシア・キャリデリンは、よろめきながらその「鉄火場」に足を踏み入れた。
娯楽の殿堂『パーラー・タロウ』。
「ふふん、ツーちゃん。ここはね、人生の縮図よ」
案内役のリーザが、先輩風を吹かせながらドヤ顔をする。
彼女の目は、獲物を狙う猛獣のようにギラついている。
「で、でも……私、お金なんて持ってないわよ?」
ルルシアが震える声で言う。ドレスのポケットにはハンカチ一枚入っていない。
「甘いわね。……お金がないなら、拾えばいいのよ」
リーザは人差し指を立て、床を指差した。
「いい? この床にはね、夢(銀玉)が落ちてるの。酔っ払った冒険者や、興奮したドワーフが落とした玉がね!」
「はぁ!? わ、私はキャリデリン伯爵家の令嬢よ!? そんな乞食みたいな真似……!」
ルルシアのプライドが拒絶する。
床を這いつくばって玉を拾う? あり得ない。そんな恥辱、死んだほうがマシだ。
『ギュルルルルルルル…………(重低音)』
しかし、彼女の腹の虫は、プライドよりも大きく鳴いた。
同時に、コピーしたスキル【王家の誇り(貧困耐性S)】が脳内で警鐘を鳴らす。
『警告:カロリー不足。生存のため、なりふり構わずリソースを確保せよ』
「う、うぐっ……! か、体が勝手に……!」
ルルシアの膝がガクリと折れた。
彼女は四つん這いになり、床に顔を近づけた。
ドレスが汚れる? 知ったことか。今は1円(1玉)でも多く稼がなければ、死ぬ。
「そうそう! 姿勢は低く! 視線は台の下の隙間にロックオン!」
リーザも慣れた手つきで匍匐前進を始める。
二人の美少女(片方は仮面)が、パチンコ屋の通路を地を這うように進む光景。
店員は忙しくて気づいていない。あるいは「いつものこと」として見ないふりをしているのか。
「……あ」
ルルシアの視界の端、スロットマシンの足元に、キラリと光る球体が見えた。
(銀玉……!)
それは、ダイヤモンドよりも美しく見えた。
ルルシアの手が伸びる。
埃まみれの床に指を這わせ、その冷たい球体を掴み取る。
ドクンッ!
脳内に快楽物質が溢れ出した。
拾った。タダで。資産を手に入れた。
この1玉は4円。この国では飴玉1個にも満たない価値だが、今の彼女には「希望」そのものだった。
「やったわ……! 私、拾ったわ!」
「ナイスよツーちゃん! その調子でシマを一周するわよ!」
「はいっ! リーザ先輩!」
もはやNo.2の威厳は欠片もない。
二人は競うように床を這い回り、客の足の間をすり抜け、埃まみれになりながら「銀の鉱脈」を探し続けた。
***
1時間後。
二人は新台『CR 暴れん坊将軍タロウ』の前に並んで座っていた。
手元には、執念で拾い集めた銀玉が、それぞれ5発ずつ。
「いい? ツーちゃん。この5発はただの鉄球じゃないわ」
リーザが真剣な眼差しで玉を見つめる。
「これは『ハンバーグ』の種よ。……うまく育てば、肉汁溢れるステーキにもなる」
「ごくり……ステーキ……」
ルルシアの口から涎が垂れる。
空腹は限界を超えていた。この玉を増やして景品に変えなければ、餓死する(という強迫観念)。
「狙うはヘソ(スタートチャッカー)のみ! 一球入魂! 行くわよ!」
「はいっ!」
二人は同時にハンドルを握り、玉を弾いた。
カシュッ、カシュッ……。
1発目。釘に弾かれ、虚空へ消える。
2発目。風車に弄ばれ、アウト穴へ。
3発目。無慈悲な重力に従い落下。
「お、お願い……入って……!」
「私のハンバーグ……!」
4発目。ヘソの手前で跳ね返される。
そして、運命のラスト5発目。
ルルシアの放った玉が、奇跡的な軌道を描き、ヘソに向かった。
入るか? 入るのか!?
カツンッ。
無情にも、玉はヘソの命釘に弾かれ、スルリと横を抜けていった。
シーン……。
二人の皿は空になった。
液晶画面は静止したままだ。
「…………嘘……でしょ……?」
ルルシアの手が震える。
あんなに床を這いつくばって、ドレスを汚して、プライドを捨てて集めた結晶が。
たった数秒で、何の意味もなく消滅した。
「あ、あああ……」
絶望。
圧倒的な喪失感。
これは、No.1の破壊魔法よりも恐ろしい「虚無」だった。
「……ドンマイよ、ツーちゃん」
隣のリーザが、涙を流しながらサムズアップした。彼女も全弾外したようだ。
「パチンコはね、人生の厳しさを教えてくれる学校なの。……授業料は高かったけど」
「た、高くないわよ! 元手はタダじゃない!」
「時は金なり、よ」
ルルシアはハンドルに突っ伏した。
悔しい。悲しい。そして何より――。
ギュルルルルルルルッ!!!!
腹が減った。
パチンコのストレスで、空腹感が倍増している。
「うっ、うぅ……お腹すいたぁ……」
「仕方ないわね。……次は『実食』に行くわよ」
リーザが立ち上がり、ルルシアの肩を叩いた。
「じ、実食……?」
「ええ。タローソン王都中央店。あそこの試食コーナーは今、ウィンナー祭り開催中よ」
ルルシアの目がカッと見開かれた。
ウィンナー。肉。脂。
伯爵令嬢だった頃は見向きもしなかった加工肉が、今は神の恵みに思える。
「い、行きます! 連れて行ってください先輩!」
ルルシアは立ち上がった。
その背中には、もうナンバーズの幹部としての覇気はない。
あるのは、ただ一人の「飢えた獣」としての野生だけだった。
「作戦名は『二周』よ。……変装の準備はいい?」
「(仮面をつけてるから)完璧です!」
二人はフラフラとした足取りで、ネオン輝くパチンコ店を後にした。
次なる戦場は、深夜のコンビニエンスストア。
そこで彼女たちを待ち受けるのは、店員の冷ややかな視線と、自身のプライドとの最終決戦である。




