第9話 敗北の味
道場を見学した日の夜、陽菜は祖父母に入門したい意思を告げる。
「じいちゃん、ばあちゃん、うち道場に入りたい!」
孫の一言を聞いて、祖父母はお互い目を合わし困惑する。
「また普通に学校に通い直してもいいんじゃぞ」
「そうよ。無理しないで、お家でもう少しゆっくりしてても良いのよ」と祖父母は気を遣う。
「このまま何もなかったかのように普通の生活を送るのは嫌や。ママとパパを殺されて、こうしてる今でも自分と同じように大切な家族や友達を亡くして、苦しんでいる人がいるかもしれない。だからうちはじいちゃんみたいに強くなりたい。だから道場で学びたい」
陽菜は今の気持ちを二人にぶつける。
祖父は熱く語る陽菜を見て、娘の昔の姿と重ねる。
「そういう所ママにそっくりじゃの。よかろう。何事も試しにやって見るべきじゃ。嫌になればいつでも止めたらいいしの。」
祖母は祖父が反対すると思っていたのか。
「お父さん。いいんですか?陽菜ちゃんを道場に入れて。道場に入るということは、戦場に送り出すようなもの。それはお父さんが誰よりも一番分かっているでしょ」
祖母は孫が危険な道を進もうとしているのを気兼ねに思う。
「お母さんは大袈裟なんじゃよ。道場に入るだけで、実際に星霊と戦うわけではない。それに孫が決めたことじゃ、わしらは温かく応援しようではないか。学校の部活をしに行くようなもんじゃよ」
祖母は渋々了承する。
道場に入門する日がやってきた。
祖母は一日朝と夜、仏壇にお供えをして手を合わす。
両親が亡くなってから数日が経ち、陽菜はある程度自分の気持ちを話せるようになってきた。
なぜだか祖母の作るご飯の量は、日に日に増えている気がする。
「ばあちゃん、また作り過ぎだよ!」
「運動するんだから、しっかり食べて元気つけとかないと。無理なら残してもいいからね」
残しても良いと言うが、自分は残すのは良心的に心が痛む。
過保護すぎるのも問題だな……。
たまに食べられなかった分は、コソッと三郎のご飯に追加で入れておく。
祖父母は門扉で陽菜を見送る。
「怪我だけは気をつけてね」
「気張ってくるんじゃぞ」
二人の顔は期待と不安が入り交じった表情に見えた。
先日道場を案内してくれたのはこの道場の師範補佐の村田栄進。彼に連れられて道場に行くと、門下生達が集まっている。
彼らは見知らぬ私を見て、誰だろうと言う不思議な目で私を見てくる。
「あいつ見ない顔だな」
村田さんが私を皆に紹介する。
「皆さん、新しい門下生を紹介します。如月陽菜さんです。元12神将の右京様のお孫さんでもあります。皆さん今日から仲良くして下さいね」
みんなそれを聞いてざわつき始める。
「へー、面白え。少し遊んでやるか。笑」
陽菜は男たちに目をつけられるのだった。
道場では本物の薙刀ではなく、練習用の薙刀でしなりのある竹を使用し、刃部に革たんぽが付いている安全性に考慮した作りになっている。
持って見ると、祖父の薙刀ほど大きくなく軽くて持ちやすい。
まずは一人稽古。軽くウォーミングアップから始まる。
正座や立礼、薙刀の正しい置き方などの礼法を学ぶ。
そして薙刀の構えや振り方などの基本動作を反復練習する。
次に相対稽古。
2人1組で打ち返したり、演技競技の練習をする。
最後に試合稽古。
袴に大きな面や甲冑等の防具を着用し、実際の試合形式で打ち合う。
これまでの練習の成果を試す場でもある。
「おい新人。」と声をかけられ振り向くと、男3人組が話しかけてきた。
「俺の名は黒鉄風雅。俺が試合のルールを教えてやるよ。笑」と提案する。
陽菜は初めてでルールを知らないので、喜んで提案を受ける。
陽菜は風雅と場内で向かい合う。
「いいか。相手よりも先に、有効打突を決めること。3本中2本先取した方が勝ちだ。
片足全部もしくは倒れて体の一部が場外に出ると反則だ。
また相手の面を柄部で打ったり、薙刀を落としても反則になる。試合中に2回反則をすると相手に1本が入る。」
一度試しに打ち合ってみることになった。
「はじめ!」審判の号令とともに試合が始まる。
するといきなり風雅が攻めてくる。
陽菜はどう対処するべきか分からず、とりあえず反射的に守る姿勢をとる。
だが風雅はフェイントで面を打つと見せかけて、陽菜の脛に一撃を入れる。
風雅に一本が入る。
陽菜は今の一撃で足が痛み、その場に膝をつく。
「もう終わりか?かかってこいよ」風雅は陽菜を挑発してくる。
2本目。
陽菜は頭に血が昇り、その挑発に乗り前へ突っ込む。
胴に打ち込もうとすると、動きを読まれたのか、いとも簡単に弾き返されて陽菜の薙刀は手から吹き飛ぶ。そして身一つの私にすかさず、勝敗がついたにも関わらず面に思いっきり一発を打ち込んできた。
あまりの痛さで、頭部を手で押さえながらしゃがみ込んでしまう。
「2対0で黒鉄選手の勝利」
3分も経たずに勝敗が決まってしまった。
「ふん、弱っちいの。右京様の孫と聞いて期待したが大したことねえな。しかもそれでよく星霊から生き延びられたよな。あぁ、ただ運が良かっただけか。笑」
男3人組は私を痛めつけて面白がる。
だが、陽菜は睨みつけることしか出来なかった。
「なんか文句でもあんのか?」
「別に……」言い返したくても風雅の言葉はあながち間違ってはいない。それに今私が反撃しても力の差は歴然だ。悔しさを噛みしめるしかなかった。
敗者はその日の掃除当番になる。
陽菜はトイレ掃除をしに、厠に向かう。
先程の試合を思い返し「くっそー」と腹の中で煮えくり返るように腹が立つ。
厠に着くと、反対側から一人の女性がすごく重たそうに盥を運んで来る。
足元がふらついていて、いかにも危なっかしい。
次の瞬間女性は足元の小さな石ころに足が躓き、盥が宙を舞う。
陽菜は反射的に体が動き走り出す。
盥はキャッチ出来たが、入っていた水は陽菜に降り注ぐ。
頭から水を被り、体中がビショビショに濡れてしまう。
女性は目の前の陽菜に気づき、「ご、ごめんなさい。どうしよう……!」と慌てて心配する。
「あはははははははは、だっせえーー。笑」
どこから現れたのか、私のぶざまな姿を見て男3人組が笑っている。
「一人で水浴びか!笑」とバカにした口調で、その場を後にする。
陽菜は恥ずかしい姿を見られたショックと、こみ上げてくる怒りで水が沸騰しそうなぐらいムカつく。
だが、ぐっとこらえる。
ふと転んだ女性の膝元を見ると、右足から血が滴り落ちている。
「膝怪我してるやん!」と陽菜は何とかしないとと思い、「ちょっと待っててな」と陽菜は廊下に座らせ、来た道を戻る。
陽菜は村田の元へ急ぎ、救急箱を借りて急いで戻る。
「じっとしてて」と彼女の袴の裾を上げ、傷口を見る。地面に膝をついた時に摩擦で皮が削れて痛々しい。
陽菜は母が自分の怪我を治療してくれていたのを思い出しながら、なんとなく手当てしてみる。
まず血を清潔な濡れタオルで拭き取り、傷口に塗り薬を塗る。
「うん……」とその子は体に力が入る。薬が傷口に染みたようだ。
最後に綺麗なガーゼで傷口を覆う。
「よし、上手く出来たか分からんけど」
黎羅はその時、陽菜がかっこよく見えるのだった。
「ありがとうございます。私、村雨黎羅と申します。」
「よろしく。さてと。うちは厠掃除してくるから、黎羅はここで休んでな」
「でも如月さん一人に任せるわけには……」と無理に動こうとする黎羅を引き止める。
さっさと厠掃除を終わらせようと束子を持ち、男性用トイレに入る。
すると何やら異臭が鼻につく。
「何だこの匂い!?」鼻がひん曲がりそうなほどの悪臭がする。
便器を覗くと、そこにはう◯こが流れておらずそのままだった。
陽菜は先程の3人組を思い出す。
「あいつら絶対許さねえ!」また怒りが込み上げてきてもう我慢の限界だ。
するとカサカサカサと音がし、視界に何か黒いものが動いた気がした。
反射的に体がザワザワと身震いする。この違和感に覚えがある。
「まさか……」と違和感のする方を振り向くと、そこには恐ろしい黒いあいつがいた。
「キャーーーーーーーーーー!!!!!」
陽菜はゴキブリを見て悲鳴を上げるのだった。
こんなに腹が立つのは生まれて初めてだ。




