第4話 胸騒ぎ
周りが寝静まっている深夜、トントンと玄関の戸を叩く音が聞こえる。
「ごめんくださーい!」と誰かが尋ねてきた。
父がその声に気づき、「誰だろ?こんな夜遅くに」と玄関へ様子を見に行く。
特に尋ねてくる約束もないし、近くで何かあったのか。
玄関の明かりをつけ、戸を開けると見知らぬ男性が立っていた。
背が180cmほどの高さで、体付きは少し細身で痩せている。
「どちら様ですか?」と尋ねると、「藪遅くに申し訳ございません。私佐藤悠麻と申します。今旅をしておりまして、この辺りで宿を探していたのですが見つからなくて……。今夜だけで構いませんので泊めていただけないでしょうか???」切実な顔で申し訳なさそうに頼む。
「どなた?」と妻もその場に様子を見に来た。
「旅人で宿を探しているそうだ」30代ぐらいの見た目でリュックを背負い、水筒を肩にかけて特に危険物は持っていなさそうだ。
「ここは田舎町だから、宿は隣町に行かないとないわね。今夜だけなら泊めてあげてもいいんじゃない?」と妻は泊めることに支障はないようだ。
「そうだな。今夜だけならどうぞ」娘は眠りが深いためそう簡単には起きないだろうし、居間で寝てもらえば問題ないだろう。
「え!!??いいんですか!!ありがとうございます!」 険しい顔が緩み嬉しそうだ。
ぐるるるる〜と大きなお腹の音が聞こえる。
「すみません、昨日の夜から何も食べてなくて」と彼は恥ずかしそうにお腹を手で隠す。
妻はその様子を見かねて「夕飯の残りでよかったら食べて下さい」と勧める。
「何から何まですみません。そしたらお言葉に甘えて頂きます」彼はつま先を外に向けて、きちんと靴を並べて上がる。旅人にしては新品の靴で、きれい好きなのだろうか。
彼は暗い寝室に人気を感じたのか、うつ伏せで気持ちよさそうに眠っている陽菜を見つける。
「あら、可愛い娘さんですね。おいくつなんですか?」と尋ねてきた。
「今は12歳で小学校6年生になります」
子供の話をするとふと思うことがある。
ついこの前まで腕にぶら下がったり、おんぶしたりして子供だったのに、月日が経つのは早いなとしみじみと感じるのだった。
妻は冷えた白米と天ぷらを温め直し、食卓へと並べる。
「たいしたものではございませんが召し上がって下さい」
彼は妻の手料理を見て「うわーー、奥さん料理お上手ですね。しかも最近お肉ばっかり食べてたので、ちょうど魚が食べたいと思っていたところなんですよ」と褒める。
妻はその褒め言葉に嬉しそうな笑顔を見せる。
昔お付き合いしていた頃は、美味しいと言っていたが、いつの間にか当たり前になり過ぎて、美味しいと口にするのが逆に恥ずかしくて言ってあげられていない。言葉にするのは大事だと改めて気付かされた。
妻は彼が食べている間に、居間に予備の布団を敷きに行く。
彼は海老の尻尾まで綺麗にペロリと食べ尽くした。
よっぽどお腹が空いていたんだろう。満腹で幸せそうな顔をしている。
妻は食器の片付けがあるので、代わりに居間まで案内する。
「わざわざお布団まで引いて頂いてありがとうございます!」よそよそしく、他人の家だから肩身が狭そうで緊張しているようだ。少し質問をして打ち解けよう。
「佐藤さんはなぜ旅をしているんですか?」
「特に目的があるわけではないんですけど、旅先の家庭にお世話になったりと生き当たりばったりです」首を傾け苦笑いしながら答える。
「でもどこのご家庭もこんな僕を暖かく迎え入れてくれて、温かいご飯に寝床まで用意して下さってありがたい限りです。当てもなく彷徨っていたら如月さん家にたどり着いて、素晴らしいご家族に出会えて、これも何かの縁ですね」
「佐藤さんは、ご家族はいらっしゃるんですか?」
急に表情が曇り、返事まで少し間が空く。聞いてはいけないことを聞いてしまったのだろうか。
「僕はあまり家庭環境が良くなくて、あまり家族という形は好きになれないんです…。如月さんは毎日家庭を支えてくれる奥様がいて、可愛い娘さんもいて、ご主人は本当に幸せ者ですね」
家族関係など人それぞれ家庭環境は違う。余り話したくないような辛いことがあったのだろう。
「結婚生活も大変ですよ。独身の頃と比べると自由な時間やお金もないですし。おっと妻に聞かれたら大変だ」と挽回しようと気を紛らわす。
時計を見ると深夜2時。明日も仕事があるので話はこれくらいできり上げよう。
「さて長旅でお疲れでしょう。ゆっくり休んで下さい」
「実は昨日の夜あまり寝ていなくて、ついついお昼寝をしてしまったのであまり眠たくないんです。明日の準備もあるので、僕のことはお気になさらず寝て下さい。今日はよく眠れると思いますよ」
お休みの挨拶を交わし、陽菜が寝ているので居間の扉をゆっくりと音を立てないように閉じる。
一段落して、両親は寝床につく。父は眠ろうと目を閉じる。だがふと彼の意味深な言葉の数々が、どうにも引っかかる。
しかも旅人にしてはやけに簡易的な服装で、旅をするには薄着すぎる。靴も長い距離を旅してきたとは思えないほど綺麗だった。
考えすぎなのであればいいのだが…。
その頃居間では……。
電気を消して、薄暗い月明かりだけが頼りの真っ暗な居間で、佐藤さんは微動だにせず立ちつくしている。
「星霊宮の扉 開門」
奇妙な呪文を唱えると、佐藤さんの体はみるみる変化していく。
骨格が変形し、指と指の隙間から刃物のような鋭い爪が生え、顔は鬼のような口が裂けて鋭い犬歯が生え、頭からツノが生えてくる。
父は寝落ちしかけていた時、キーキーと金属が擦れるような音が聞こえてくる。
音の正体を確かめようと廊下に出て、廊下の明かりをつける。佐藤さんのいる居間の方から音がする。
少しだけ扉の隙間が開いていて、電気は消えているようだ。
だがこのままでは気になって眠れないので、「佐藤さん開けますね」と居間の扉を開く。
すると目の前には佐藤さんではなく、鋭い牙と大きな爪を持った化け物が、赤く光る目でこちらを睨みつけ、鋭い爪を振り上げる。
「うわーーーーー!!!!!」母が夫の悲鳴を聞いて飛び起きる。
すぐさま声が聞こえた方に駆けつける。
「あなたどうしたの!!??」するとそこには信じられないほど見るも無惨な夫の姿が目に映る。
化け物が夫の腹を鋭い刃物で貫いていた。夫の血が床に滴り落ちる。
「いやーーーーー!!!!!」突然の非日常的な光景に衝撃と恐怖心で悲鳴をあげる。
「陽菜を連れて逃げろ…」夫は必死に呼びかける。
彼の正体は魔物だった。この世の生き物とは思えないほどの不気味で悍ましい姿をしている。
「そそるねぇ」魔物は不気味な笑みを浮かべながら笑っている。
流石の騒ぎで陽菜も目が覚める。「ママ?パパ?」
陽菜も廊下に様子を見に行くと、激しい驚きで目を見開き、口が塞がらない。
血の気が引き、顔色が真っ青になる。
陽菜は目の前で起こっている状況に何がなんだか分からない。まるで地獄絵図だ。
これはまた怖い悪夢なのか、それとも………。




