第13話 運も実力のうち
「今日は冥送術の練習をしようか。そろそろ術を教えても良い頃じゃろ」
「よっしゃ!」
陽菜の目に、一気にやる気の炎が灯った。
「まず自分の属性を把握することからじゃ。あの竹に向かって術を出してみよ」
「出してみろと言われてもどうやって???」
祖父は陽菜のお臍の数センチ下を指す。
「術を使えるようになるには、力の源である丹田を締めることじゃ。丹田は人間の身体の中心に位置する。
丹田に意識を置くことで、体軸の安定・脱力と出力の両立・精神の安定を促す。不老不死の丹薬を作り出す聖域とも考えられておる。練り上げれば練り上げるほど、あらゆる力の源泉へと変貌してゆく」
陽菜は言われたとおり、合っているかは分からないがお臍の下に力を入れ、薙刀を振る。
すると小さな黄色い光の刃が目の前の竹をかすった。
「ふむ、やはり思った通り陽菜ちゃんは光属性じゃのう」
祖父は属性について教えてくれる。
「人間にはそれぞれ生まれ持った属性が備わっておる。
属性の始まりは、二柱の始祖である光と闇から始まったとされる。
光= 属性の始祖であり、万物の基盤。
闇=光と共にあり、世界に奥行きと均衡をもたらす。
この2属性から世界を形作る力として、火・水・土・木・金の五属性が派生した。これらは自然界の理となり、現在の多種多様な属性へと枝分かれする中核を担っておる。
属性の基盤である光には、他の属性にはない特異な性質があってのお。
それは、光は何色にも染まることが出来るということじゃ。これは、あらゆる可能性を秘めているとも言える。どんな環境や色にも適応し、それらを受け入れ、自在に姿を変えることが出来る寛容さと柔軟性。
だがその反面、自分の色が定まっていないがゆえに、周囲の影響を強く受け、自分自身を見失いかねない危うさをも秘めておる」
「うちが光属性なんて矛盾してるよ……」
陽菜は硬い豆だらけになった自分の手のひらを見つめた。かつては白くて柔らかかったはずの手は美しさを失い、ゴツゴツとした岩肌のようだ。
光属性は選ばれし聖者や、汚れなき魂を持つ者に与えられるべき属性。
だが今の私の胸中にあるのは、どす黒く濁った執念。
夜が来るたびに思い出すのは、無残に殺された父と母の姿や焼き尽くされる家。
憎しみがガソリンのように全身を駆け巡り、復讐という名の炎が彼女を突き動かしている。そんな自分が、慈愛の象徴である光を宿しているなど、神様の悪質な冗談にしか思えなかった。
ギリッと音を立てて手のひらを強く握りしめる。
「属性なんて、どうでもいい」
この光が、奴らを骨まで焼き尽くすための業火になるならそれでいい。たとえその光が、自分自身の魂をも焼き切るものだとしてもこの力を最大限に利用するまで。
三郎といつも通り近所の公園に行くと、そこにはいじめっ子三人組がサッカーをしていた。
三人は陽菜と三郎に気づく。
「呑気に犬の散歩か。お前の犬もお前と似て間抜けずらな顔してんな」
腹を抱えて笑い、取り巻きの弟分がそれに追従する。
三郎は何か言いたげに、今にも噛みつきそうに吠える。
「おっと怖い怖い」
「行きましょうぜ兄貴、こんなやつに構ってるだけ時間の無駄ですし」
今はただ耐え忍ぶしかなかった。言い返したところで、今は結果が伴っていない。陽菜はただ見返してやろうと決意するのだった。
冬休みの間、陽菜は食事や寝るのを忘れるほど我武者羅に鍛錬を続けた。
「まだだ。こんなんじゃ、こんなんじゃ、風雅どころか、星霊にも勝てない」
散歩から帰ったばかりの三郎も、さすがにこの寒さには勝てないようで、炬燵の中に潜り込んでくる。
普段は元気いっぱいに走り回っている三郎も、一度炬燵の温もりを知ってしまうと、そこから動けなくなるのは人間と同じようだ。
冬といえばミカンとお餅だ。祖母がミカンの皮を剥いて食べやすく処理してくれる。お餅は祖母が焼いてくれて、砂糖醤油に付けて食べる。これ以上ない日本の冬だ。そういえば小学校の冬休みの間、校庭で善哉やきな粉餅を和紗ちゃんとよく食べに行ったのを懐かしく思う。
外気はひんやりと冷え、窓ガラスが白く曇る。
祖母は陽菜がどれだけ拒否しても、厚手の着物や半纏、靴下などを着させようとしてくる。
さらに夜中には、陽菜が寝てる間に風邪を引かないように布団を何枚も被せてくる。
足元に畳んであった毛布を広げ、私の体の上に起こさないようにふわりと乗せる。
それだけでは飽き足らず、押し入れから出してきたであろう厚手の羽毛布団をさらに重ね、色鮮やかな重みのある綿布団まで重ねる。最後にはダメ押しの半纏を一番上に積み上げる。
陽菜が朝目を覚ますと、体中が汗びっしょりでパジャマは肌に張り付くほど濡れてサウナのように熱い。まぶたを開けた瞬間、視界に入るのは何層にも重なった布団の壁。身動き一つ取れないその重みは、まるで砂漠の砂に埋もれているかのようだ。
驚くべきことに、この攻防は冬の間毎日繰り返された。
冬休みが終わり、雪が溶け始めた頃。
庭の隅で眠っていた名もなき芽がそっと顔を出す。
凍てつくような白銀の世界は去り、景色は柔らかな土の色へと塗り替えられていく。
陽菜は、相対稽古で風雅と試合することとなる。
「今日こそお前に勝つ。売られた喧嘩は買う。それがうちの性分やからな」
「ふん、ならそのやる気をズッタズタにへし折ってやるよ笑」
「始め!」
審判の鋭い声が響くと同時に、陽菜の体が弾かれた。
迷いがない。最短距離を突っ切る陽菜の踏み込みは、床を鳴らすというより、空気を切り裂く鋭さがあった。
陽菜は風雅の懐に潜り込むと、すかさず鋭い小手から脛への変化技を繰り出す。
「――っ!?」
風雅の薙刀が、乾いた音を立てて弾き飛ばされる。防御が間に合わない。陽菜は流れるような動作で即座に体勢を立て直し、風雅の視界から消えた。
次の瞬間、風雅の脳天に衝撃が走る。
「面!!」
審判の赤旗が力強く上がった。「一本!」
まず陽菜に一本入る。
その一撃は、かつて陽菜が入部した日、風雅が彼女を打ち負かした時と全く同じ軌道だった。
「うちが入部した頃、お前は運が良かっただけとうちに言ったけど、運も実力のうちなんだぜ」
風雅は陽菜の言葉が頭にきて怒りが募る。
「たかが一本取っただけで調子のんじゃねえよ!」
風雅の顔が怒りで赤く染まる。屈辱が全身の血を沸騰させていた。
2本目が始まる。
風雅はいきなり術を発動する。
「冥送術 水銀の舞」
液体金属を自在に操り、針のように尖らせて飛ばす。
「冥送術 破暁の閃光」
陽菜は自身の前方に扇状の強烈な光波を放ち、風雅の術を打ち消す。
あいついつの間に術を使えるようになったんだ?
風雅は自分の術を止められたことが悔しく、我を忘れて叫んだ。
「おらぁぁぁーーー!!!」
怒りに任せた大振りの一撃。風雅は陽菜を力でねじ伏せようと、なりふり構わず突進する。しかし、陽菜の瞳にはその焦りが見えていた。
風雅の切っ先が届く直前、陽菜は紙一重で体を翻す。
勢い余った風雅の体重が前に突っ込み、床の上で無様にたたらを踏んだ。
「しまっ……!」
風雅が急いで振り返り、立ち上がろうとしたその瞬間。世界が凍りついた。
目の前には陽菜の薙刀の切っ先が、寸分の狂いもなく自分の喉仏に突きつけられていた。
陽菜の目はまるで、獣そのもののように獲物を狩る鋭い目をしていて、体が恐怖で動けない。動けば死ぬ。本能がそう告げていた。
赤旗が上がり、「一本!そこまで!勝負あり。2対0で如月選手の勝利」
陽菜は風雅を見下ろしながら一言告げる。
「お前とうちとでは覚悟の大きさが違う」
負けた……。これじゃあ、あの時と真逆だ。
「陽菜ちゃん、めっちゃかっこよかったよ!」
黎羅が顔を輝かせて駆け寄ってくる。
その声は弾んでいて、心からの称賛が伝わってきた。
「そ、そうかな……」
陽菜はそっけなく答えながら、わずかに視線を泳がせた。内心では心臓がうるさく跳ねるほど嬉しかった。けれど素直に喜ぶのはどうしても照れくさくて、彼女は熱くなった頬を隠すように少しだけ顔を背けた。
一方で、少し離れた地面では静寂が破られていた。
「大丈夫ですか親分!?」
子分たちが血相を変えて風雅の元に駆けつける。地に伏した風雅の周りを取り囲み、肩を揺すったり、慌てて汚れを払ったりと、現場は一気に喧騒に包まれた。
「騒ぐんじゃねえ!」
風雅は子分の手を振り払い、苦々しい表情で立ち上がる。その視線は、黎羅と並んで立つ陽菜の背中に向けられていた。屈辱とそれ以上の何かを噛み締めるような鋭い眼差しだった。
「ずるいだろ! お前はあの伝説の冥送術師の孫なんだから、俺たちより強くなるのは当たり前や!」
風雅の叫びは、道場の静謐な空気を切り裂いた。その声には、積み上げた3年という月日が、たった1年の才能に塗り替えられたことへの執念が混じっている。
「人間は生まれながらの才能で決まってる。どうせ家で、特別な特訓でもつけてもらってるんだろ。親が親なら子も子。血筋がいい奴は、努力の重みすら違うってわけだ。羨ましいぜ、本当にな!」
吐き捨てられた言葉は、陽菜の心の一番触れられたくない場所に突き刺さった。
次の瞬間、陽菜の指先が風雅の道着の胸ぐらを引きちぎらんばかりの勢いで掴み上げた。
「何も知らないくせに、勝手なこと言うなよ!」
陽菜の瞳には、怒りと深い悲しみが宿っていた。
売り言葉に買い言葉。静寂に包まれていた道場は、一気に火薬庫のような緊張感に包まれた。
「確かにうちのじいちゃんは有名人だよ。でもお前らが呑気に遊んでる間、うちは時間を犠牲にして練習してたんだ。才能でも血筋の差でもない、お前とうちの努力の差だ!」
二人が喧嘩していると、「そこまでだ」と師範の低い声が道場に響く。
風雅たちは厠掃除をすることとなった。
「くっそ、あの女!」
風雅は怒りが収まらない。だが陽菜の言葉が心に引っかかるのだった。




