第10話 燃える闘志
本日は自主練習の日。
練習するために薙刀を取ろうとすると、風雅に横取りされる。
「ふん。新入生の分際で、数が限られている薙刀を使う資格はねえんだよ。特に毎回掃除当番のお前にわな。笑」
薙刀を所持出来ない者は、屋外で練習するのが習わしだった。
まずは横一列に並んで、全員反り腰になりながら大声で発声練習をする。
叫びすぎて喉がヒリヒリと痛み、声帯が炎症を起こし声が枯れる。
陽菜はただ叫んでいるだけで、これに何の意味があるのか分からない。
次に薙刀を手に持たずに素振りを行う。
「メーーーーーーーン!!!」
「スネーーーーーーー!!!」
「ツキーーーーーーー!!!」
実際薙刀を持つと、その重さを支えるための体幹や下半身の踏ん張りが必要だ。しかも空気抵抗と重さで同じスピードでは振れない。こんなの実戦で役に立たない。
最後に道場の周りを外周する。
陽菜にとって、今まで長距離を走ることはしたことがなかったが、追いかけっこでは速い方だと自負している。
だが最初は調子よく皆について行けていたが、だんだんと距離が長くなるにつれ、脇腹が痛みだし集団から遅れをとり始める。
あんなにおっちょこちょいで、私よりもずっと頼りなげなはずの黎羅が、迷いなく集団の背中を追っていく。
結局陽菜は一番最後にゴールするのだった。
足の感覚はとうに消え、ついに支えきれなくなった体が地面へと崩れ落ちる。
焼けるような肺の痛みと心臓の爆音。滴り落ちる汗が地面の土を黒く染めていく。
このままじゃダメだと心の奥底で、冷たく確かな決意となって燃え始めた。
道場での練習が終わると、すぐさま家に帰宅する。
「あら、おかえり」祖母は台所で晩御飯の支度をしている。
「じいちゃんは!?」と祖父の居場所を尋ねる。
「多分自分の部屋じゃないかしら」すぐさま祖父の部屋に急ぐ。
「じいちゃん!!!」部屋の襖を開けると、祖父がうつ伏せで倒れていた。
「じいちゃん?じいちゃん!?」背中を揺するがビクともしない。
「死んでる!!??まだくたばってもらっちゃ困るんだよ!!一言もなしで逝くとはどういう了見だ!!まあ殺されて苦しみながら死ぬより、寝ながら死ねるなんて幸せか……」と愚痴をこぼす。
すると祖父の体が急にもぞもぞと動き出す。
「あいにくまだくたばっとらんわ。いたたたた!」
祖父は腰を押さえながら、ゆっくり起き上がる。
陽菜はホッとしたのか「なんだ、生きてたのか…。心配して損したわ」
「可愛げがないのー、ほんと誰に似たんじゃか」
陽菜は早速本題をきり出す。
「じいちゃん、うちに修行をつけてほしい。」と急に真剣なまなざしで、孫が頼みごとをしてきた。
「どうしたんじゃ急に?」道場で何かあったのだろうか。
「うちもじいちゃんみたいに一日でも早く術を使えるようになって強くなりたい。だからうちに修行をつけて欲しい」
孫の瞳に宿る強い光を見て、娘の面影が鮮やかに蘇る。自分を必要としてくれるその眼差しに応えたいという思いが、祖父の活力となっていた。
だがその期待に応えてやりたいが、あいにく今日はそれどころではない。
「教えてあげたいのはやまやまなんじゃが、さっき腰をいわしてもうたんじゃ。」
祖父はギックリ腰になり体が動かせない。
「部屋が散らかってるからそうなるんだよ!」
祖父は書物や骨董品などの収集癖がある。
いつか役に立つかもと思うとなかなか捨てられない。
「まあ、そう焦るでない。術を使えるようになるには、まず基礎が身についてからじゃからの」
本当なら練習に付き合ってやりたいが、他に手近で練習出来る方法を模索する。
「そうじゃ!三郎の散歩がてらに調度良いのぉ」何か閃いたようだ。
「犬の散歩と修行に何の関係があるんだ?」
「これはただの散歩ではない。瞬発力と持久力を鍛えられる。日常生活の動作を少し工夫するだけで、体は十分に鍛えられる」
中庭の犬小屋の中で横たわっていた三郎は、陽菜がリードを持って近づいてくるのを察して、犬小屋から飛び出してきた。
三郎は尻尾を振ってリードを付けてくれとばかりに、陽菜の前にお座りする。散歩したい気満々のようだ。
初めて一人で寝る時もそうだったが、三郎は賢い犬だと思うのだった。
家を出発すると三郎は道を覚えているのか、私の前を迷うことなくスタスタと歩き始める。
長時間犬小屋でじっとしていたからか、溜まったエネルギーを一気に発散するかのように急にスイッチが入って走り出す。
「ちょいちょいちょいちょい!!!」
陽菜は三郎の速度を抑えようとリードを引くが、大型犬で力が強く、体が持っていかれる。
足が絡まって前に転けそうだ。
すると駄菓子屋の前で急に止まった。
三郎はお店に向かってワンワンと吠え始めた。
「行くで!」と陽菜はリードを引っ張るが、三郎はビクともしない。
「あら、三郎じゃない」
すると駄菓子屋のおばちゃんが、三郎の声に気づいたのか奥から出て来た。
「もしかして、右京さんのお孫さんの陽菜ちゃん?」
初めて会うのになぜか名前を知っている。
「右京さんの奥さんが話してた通り、かわいいお孫さんね」
話からすると祖母の友人のようだ。
駄菓子屋のおばちゃんは三郎にいつもお菓子をあげているようで、陽菜にも無料でお菓子をくれた。
「また来ておくれよ」
散歩の度にお菓子をもらっているにも関わらず、いつものご飯の食べっぷりを思うと恐ろしい犬だ。
大人しくなったと思いきや、地面をクンクンと嗅ぎ始める。そして急に走り疲れたのか、地べたに腰を落とす。本当に自分勝手な犬だ。そしたら次の瞬間、お尻から黒いものが顔を出した。
「まさか!!??」
道端でう◯こをした。
「どうやって拾うんだよ!」
祖母に鞄を渡されたは良いが、拾い方が分からない。
こっちは真剣に悩んでるのに、三郎のスッキリした顔が腹立つ。
なんとか近所の公園にたどり着いたが、とんだ散々な目に遭った。
「陽菜………???」と誰かが呼ぶ声がする。
声がする方を振り向くと、友達の凪紗がトイプードルを連れて立っていた。
急に凪紗は陽菜に向かって走って来て、思いっきり抱きつく。
「生きてて良かった…」彼女は涙ながらにきつく陽菜を抱きしめる。
「朝いつも通り陽菜の家に行ったら火事でボロボロで、一言もなしにいなくなるからてっきり死んじゃったのかと……」
陽菜はそういえば、あの事件以来友達に何も伝えていないことを思い出し、心配かけてしまったと申し訳なく思う。
凪紗に何があったのか、陽菜は打ち明ける。
「前和紗は、うちに進路どうするか聞いたやん。あの時は、正直特にしたいこともなかった。でも今は分かる。うちは冥送術師になることに決めた」
凪紗は陽菜の表情を見て、以前とは違って見えた。内面にある迷いが消え、目に力が入り瞳の奥に光が宿ったように一点を凝視する。
「陽菜らしいな。私も陽菜に負けないぐらい勉強して、獣医になれるように頑張るね」
お互い自分達の夢に向かって誓い合うのだった。
三郎はトイプードルに一目惚れしたようで、大好きだと言わんばかりに吠えながら、夢中で追いかけ回している。
手に負えない困った犬だ。でも凪紗と再会出来たのも、三郎のおかげでもあるので憎めない。
次の日も陽菜と黎羅は厠の掃除当番。
毎日掃除しても、次の日には汚れている。
「誰だよ、トイレットペーパー少し残すやつ」
昔母に、無くなったら取り替えて芯は捨てるようにとよく言われたものだ。
しつこい汚れはブラシで擦り洗う。
「どうせすぐ汚れるから、こんなもんでいいだろ」
陽菜は適当で手抜かりが多い。O型だけに大雑把だ。
そこにいじめっ子3人集が厠にやって来た。
そのまま大人しく出ていくかと思いきや、床に置いていたバケツを足でこかした。
そのせいでせっかく拭いた床が水浸しになる。
「おっと、なんか蹴飛ばしたような。気のせいか。笑」
ざまあみろと言わんばかりの憎たらしい顔で、意図的にわざとやったに違いない。暇人達のおふざけにはうんざりだ。
今日もいじめっ子たちに陽菜は絡まれる。
それを遠くから見ていた村田は、「またあいつら!」と止めに入ろうとする。
「一時の感情や安易な同情による手助けは、かえってためにならないからの。もう少し見守ろうではないか」そこに師範が現れ、村田を引き止める。
陽菜は祖父が言っていたことを思い出す。
日常生活の動作を少し工夫するだけで、体は十分に鍛えられると祖父は言っていた。
廊下の雑巾がけでは、盥の水で雑巾を絞り、膝をつかずに四つん這いになり、お腹に力を入れて床を拭く。
足を前後に動かすので、太ももやふくらはぎに効く。
掃き掃除では体をひねる動作が脇腹を刺激し、二の腕や背中を鍛えられる。
ただの掃除も少し意識すれば、有酸素運動になり有意義な時間になるのだと思うのだった。




