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第1話 夢見る少女

 少女は夢を見ている。

ジャリジャリとした砂地の上に仰向けで横たわっているようだ。

目を開けると、丸く切り取られた夜空に宝石を散りばめたかのような満点の星が広がっていた。

中でも一際目立つのは、美しくも不気味な大きい赤い満月が浮かんでいる。

その幻想的な景色に魅了され、「うわーー!」と思わず声が漏れてしまう。

どうやら観客席が囲む円形の巨大建造物の中にいるようだ。


起き上がろうと肘を付いて視線を落とした次の瞬間、信じられない光景が視界に飛び込んできた。

「え?」

周囲には人間の体や内蔵などの血肉が無数に散乱し、お腹を空かした烏が本能のままに肉を啄んでいる。

身の毛もよだつその光景に、ゾッとする恐怖心で体が強張る。


辺りを見渡すと中央に、無数の死体が折り重なった屍の山が聳え立つ。

大量の血が川のように流れ、刀や剣が林のように茂る。

「あはははは」山頂から笑い声が聞こえてくる。


頂上に目を凝らすと、誰かがこちらに背中を向けて座っている。

月明かりではっきりとは分からないが、長髪で両手で何かを抱きかかえているように見える。

その者は、ため息をつきながら一言こう呟いた。


「人間は本当に醜い生き物だ」


静寂に包まれた空間に響き渡った。

その声は嘲笑っているようで、どこか悲しくも聞こえた。

その者がこちらに顔を振り向く最中で夢は途切れる。

それは悪夢のようで、どこか現実味を帯びていた。



 朝7時、蝉が鳴き太陽の光が差す夏の暑い朝。

風鈴がチリンと爽やかな風が縁側から入り込む。

目覚まし時計がヂリリリリリリと鳴ると、咄嗟に右手が前に出る。

何故かそういう時だけ、いつもより俊敏なのだ。


いつも通り廊下から母の足音が聞こえてくる。

寝室の襖を勢いよく開け、母は言い放つ。

「陽菜何時まで寝てるの!学校遅れるわよ!」これが彼女の一日の始まり。

敷布団でカエルが潰れたようなうつ伏せで、よだれを垂らしながら毎日口癖のように「起きてるってばーー」と答える。

二度寝を試みるが「それを起きてるって言わないの。朝ごはん出来てるから早く起きなさい!」と阻まれる。

しょうがなく陽菜は、寝ぼけ眼でズルズルと重たい体を起こしていく。


(すごい夢だったなぁ)

普段は眠りが深く、あまり夢を見ないのだが……。

その日に見た夢は、彼女の記憶から次第に薄れていくのだった。



 ゾンビのようにのっそのっそと食卓へ向かう。

台所の方から美味しそうな味噌汁の匂いが漂ってくる。

食卓では父が、スーツを着てコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。

「陽菜おはようさん。今日もよお寝てたねぇ」

父は仕事の有無に関わらず、毎日朝6時に目を覚ます。そんな早く起きてどうするというのか。

「ほなパパ仕事に行ってくるね」

陽菜は寝ぼけ声で「うーーん」と返事をする。

鞄を手に持ち玄関に向かう父を母は玄関まで見送る。

「ほな行ってくる」

「いってらっしゃい。気をつけて」


陽菜は食卓の椅子に、寝起きで気怠げに腰掛ける。

今日の朝食は、白くて艶のある白米と様々な具材の入った味噌汁、皮目のパリッとした鮭の塩焼き、鮮やかな緑色をした菊菜のお浸し、出汁醤油のかかった温泉卵。

一汁三菜で栄養バランスに配慮された献立になっている。


のろのろと右手でお箸を持ち、左手でお椀を支え、中身の具材をお箸で押えながら味噌汁を飲む。

味噌で風味とコクが足され、煮干し出汁で味に深みが増しており飲むとホッと体が温まる。

鮭の身をお箸でほぐし、一摘みして口に運ぶ。

鮭のほどよい脂と塩味で、白米との相性は抜群だ。

温泉卵は白身がトロトロで、黄身はねっとり濃厚で滑らかな食感がたまらない。

菊菜のお浸しは、食べられなくはないが好きではない。

だがお残しはしたくない主義なので、口の中で味わう前に飲み込む。


「早く食べないと間に合わないわよ!」と口うるさい母だが、料理の腕前は素晴らしい。

さっきまで何もやる気が起きなかったのに、内側から元気が湧いてくる。

「どう?美味しい?」と毎回聞いてくるが、「まあまあ」と美味しいと言いたいが素直に口に出来ない今日この頃。



 コンコンと玄関の戸を叩く音がする。

「陽菜ーー!」と友達の呼ぶ声が聞こえてくる。

その声に反応してか、急に焦りが募る。「もうそんな時間!!??」

掛け時計を見ると、約束の8時を指していた。

陽菜は大急ぎで、食べ物を次々と口の中に掻き込む。


その間に母が玄関に向かい、戸を開ける。

「あら、凪沙ちゃんおはよう」

「おはよございます」

ハーフアップでお上品な見た目の彼女は陽菜の親友。

近所に住んでおり、学校のある日はいつも迎えに来てくれるのだ。

「陽菜ーー、凪紗ちゃんが迎えに来てるわよ!」

「ちょっと待ったあぁぁぁぁぁ!!!」叫び声が聞こえてくる。


陽菜は急いで洗面所に駆け込み、身支度を整える。

手櫛で髪を後頭部で一束に纏めて、髪ゴムで結ぶ。

爆速で歯ブラシで歯を磨き、コップで口を濯ぐ。

時間が無いので、洗顔料を使わずに水だけで顔を洗う。


そして最大の難所、どうしても避けては通れない……。

如何にしてこの短時間で袴に着替えるか。流石に寝間着で学校に登校する訳にはいかない。

まず半襦袢を着ることで肌襦袢と長襦袢を簡略化出来る。

次に着物を羽織り、帯をお腹に巻いてしっかりと結ぶ。

最後に袴を身に着け、足袋を履けば完成。色々すっ飛ばしたが着れればそれで良し。

学生鞄を肩に掛け、大慌てで草履を履き玄関から飛び出す。

「行ってきまーーす!」

「気をつけて行ってらっしゃい」


「ごめんお待たせ!」特に大したことはしていないが、心臓がバクバクして息が上がっている。

慌てず済むように早起きするべきだと理解しているが、どうしても眠気には抗えない。

「ぜんぜん大丈夫。行こ!」

その上凪紗は毎回嫌な顔一つせず受け入れてくれるので、その優しさについつい甘えてしまう。


母が後片付けをしようと台所に戻ると、食卓の上に置いてある物に気づき直さま引き返す。

「陽菜、お弁当と水筒忘れてるわよ!」

「ほんまや!」

母の呼ぶ声でハッと気づき、急いで引き返す。

そして荷物を受け取り今度こそ

「じゃあ行ってきます!」「行ってらっしゃい!」


このように彼女は、朝は滅法弱い。



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