時には休憩も必要
投稿遅れました。
「そろそろお腹すいたー!」
綾が机に突っ伏した。気づけば時刻は13時を過ぎていた。10時からスタートして3時間。少し休憩を挟んだりしたが、かなり集中して出来たはずだ。
「確かに……頭を使うとお腹が減るな」
蓮もあっさり同意する。
「ねーえ、蒼真ぁ〜ご飯作ってー。久しぶりに蒼真のご飯食べたーい」
綾が甘ったるい声で顔を上げる。
「それなー」
蓮まで調子を合わせる。
「お前らな……。俺はお前らの家政婦じゃないんだぞ」
俺は呆れたようにため息をついた。
「えーいいじゃん!ね、神凪さんも食べたいでしょ?」
「え、わ、私……?」
急に話を振られて、神凪はきょとんと瞬きをする。
「蒼真のご飯、美味しいんだよ!ほら、一緒にお願いしよ!」
綾がにこにこと神凪の手を取った。
「え、えっと……そ、それなら……お願い、したいわ」
神凪がほんの少し顔を赤らめて、か細い声で言う。
「……ぐっ。わかった、作るよ」
二人に押し切られて、俺は観念するしかなかった。
「やったー!私オムライスー!」
「俺もー」
綾と蓮が同時に叫ぶ。
「お前らな……リクエストまで当然のように言うな」
俺は頭をかきながら立ち上がる。
「……あの」
そこで神凪が小さく声を上げた。
「ん?」
「……一人に作らせるのは、悪いわ。私も……手伝わせて」
神凪は視線を落としながらも、しっかりとした声で言った。
「オムライスくらいならそこまで手間じゃないが……まあ、手伝ってもらえるなら助かるけど」
俺がそう言うと、神凪は小さく頷いた。
「じゃあ私たちはここで待ってるねー!」
「イチャイチャして待ってまーす!」
綾と蓮は勝手に宣言し、手を繋いでソファにごろんと転がった。
「……あの二人は」
神凪が呆れたように小声でつぶやく。
「放っとけ。慣れてる」
俺は苦笑しながら、神凪と並んでキッチンへ向かった。
⸻
キッチンに立つと、神凪はすっと髪を後ろでまとめた。
その仕草がやけに板についていて、俺は思わず目を丸くする。
「……何?」
「いや、思ったより慣れてるなって」
「失礼ね。料理くらい普通にできるわよ」
むっとした顔でそう返すと、神凪は冷蔵庫から卵を取り出し、手際よく割り始める。
「じゃあ俺はチキンライスやるから、神凪は卵焼き頼む」
「了解」
フライパンを受け取った神凪は、オイルを馴染ませ、シュッと卵液を流し入れる。
その真剣な横顔に、思わず見とれてしまった。
「……なに?」
「いや、なんか綺麗だなって」
神凪はピタリと動きを止め、頬をわずかに赤らめてこちらを振り返る。
「……そんなこと言っても、卵は焦げないわよ」
「そ、そういう意味じゃなくてだな……」
「ふふ、冗談」
くすっと笑って、また卵に向き直る。
その横顔が妙に眩しく見えて、俺は少しだけ呼吸を忘れた。
卵がふわりと膨らみ、半熟のまま形を整えられていく。
「……お前、本当に手際いいな」
「当然でしょ。普段から料理はしてるもの」
「へえ、将来いい奥さんになりそうだな」
何気なく口にした言葉に、神凪の手が一瞬止まった。
ゆっくりとこちらを見やり、目だけが柔らかく笑っている。
「……じゃあ、あなたは“旦那さま役”の練習、ちゃんとできるのかしら?」
「……は?」
「例えば……私を喜ばせる練習、とか」
一拍置いて意味を理解した瞬間、俺は盛大に咳き込んだ。
「お、お前……っ!」
「ふふ、顔が真っ赤よ?」
神凪はわざとらしく無邪気な声を出しながら、卵をひっくり返す。
「ちょ、ちょっと待て! そういう冗談はやめろ! この前のこと覚えてないのか?」
「冗談? さあ、どうかしら」
くすっと笑い、また何事もなかったかのように調理を続ける神凪。
……まったく、人の家だからお淑やかだと思った矢先にこれだ。
俺は火力を調整するふりをしながら、赤くなった顔を隠すしかなかった。
「それにしても、あの二人っていつからお付き合いしているのかしら?」
神凪がふと問いかける。
俺は少し考えてから、皿にチキンライスを盛りながら答えた。
「中二の頃からだな。なんだかんだで、もう三年近く続いてる」
「三年……すごいわね」
感心したように漏らす神凪。
「まあ、見ての通りだ。ケンカもちょくちょくしてるけど……」
「……ふふ。じゃあ、さっきの“イチャイチャ宣言”も本物だったのね」
「本物って言うな。……まあ、あれがあいつらの日常だ」
神凪はフライパンを振りながら、ふと小さく笑う。
「少し、羨ましいわ」
「え?」
思わず聞き返すと、神凪は慌てて視線を逸らした。
「い、いい意味でよ。ただ……あれくらい自然に一緒にいられる関係って、ちょっと素敵だなって思っただけ」
「……なるほどな」
俺は苦笑しながらチキンライスに仕上げの卵をのせる。
二人の合作、オムライスの完成だ。
「おーい! できたぞ!」
声をかけると、二階からどたどたと足音が響き、綾と蓮が勢いよく駆け降りてくる。
「やったー! 待ってました!」
「お、いい匂い!」
蓮は肘で俺の脇腹を小突き、こっそり囁いた。
「……お前ら、案外いい感じじゃね?」
「黙れ」
顔をしかめながらも、心臓の鼓動がやけに速いのを誤魔化せない。
さっきまで隣で卵を焼いていた神凪の横顔が――
妙に鮮明に、胸の奥に残っていた。
*
チキンライスに神凪の卵をのせ、ナイフを入れると、ふわりと黄金色の断面が広がった。
「わあ、完璧じゃん!」
「さすが蒼真! そして神凪さんも!」
綾と蓮が拍手しながら席に着く。
「ほら、冷めないうちに食えよ」
「いただきまーす!」
食卓に並んだ四人分のオムライス。
頬張った綾が「んー!やっぱり最高!」と無邪気に笑う。
それに釣られるように蓮も満足げにうなずき、神凪も控えめに「……美味しい」と言った。
その一言だけで、不思議と胸の奥がじんわりと温まる。
……こういう時間は、悪くない。
「――さて。腹ごしらえも済んだし、勉強の続きやるぞ」
「えー!もうちょっと休憩しようよ!」
「言っただろ。今は一分だって無駄にできないんだ」
「もうちょっとだけ!勉強だっていい感じに進んでるし!」
「いやだめだろ、もっと完璧にしなきゃ...」
気づけば口調が少しだけ強くなっていた。
三人がぽかんとこちらを見る。俺は慌ててごまかすように笑った。
「……ま、早く終わらせてから遊んだ方がいいだろ」
「それは、そうね」
神凪も頷き、蓮と綾も渋々了承した。
「うしっ!じゃあ午後も頑張るか!」
ーー俺の大学受験までおよそ一年と七ヶ月。
メリハリはしっかりつけなきゃな。