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ラブコメ禁止のはずの俺と生意気な後輩


「聞いたところによると橘、君は剣道部に所属しているそうじゃないか」


 あれから一週間後。昼休み、いつもの蓮と綾に加え、今日は勉も一緒に弁当を広げていた。


「そーだけど何? 入部希望?」

「サッカー部入ってくれよ。マネージャーね」

「お願い〜! マネージャー私ひとりで大変なんだから」

「ええい! 違う!」

 勉が机をドンと叩く。

「私はどこの部活にも所属していないし、する気もない!」


「じゃあなんでそんなこと聞いたんだよ」


 すると勉はメガネをくいっと持ち上げ、真剣な顔で言った。


「橘。はっきり言おう。部活動は学習の妨げになる!」

「……は?」

「日々の練習、遠征、大会。どれも時間の浪費だ! 大学受験を目指すなら、一刻も早く退部するべきだと私は提言する!」


「いやいやいや……」

 俺は呆れたように笑う。

「お前の言いたいことは分かるけどさ、俺は剣道がそこそこ好きなんだよ。勝った時は嬉しいし、体を動かすのも気持ちいい。だから辞めるつもりはない」


 勉は腕を組み、「ふむ……非効率だ」とため息をついた。

 その横で蓮と綾は笑いをこらえている。


「何笑ってんだよ」

「いやぁ、蒼真らしいなって」

「うん、いいと思うよ。好きなこと続けられるのは」

「ついでに恋愛も禁止してないでみたらどうよ」

「それは別!」


「そうだぞ橘!! 百歩譲って部活動は体を動かすことにより、脳のリフレッシュが期待できるが、恋愛は学習の邪魔にしかならない!!」


 勉の力説に、教室の空気が一瞬止まった。

 ……そして次の瞬間。


「ぷっ……あはは!」

 蓮が吹き出し、綾も肩を震わせながら笑い出す。


「な、何がおかしい!」

「いや、ごめん。だってそれなんか身に覚えがあるなーって思って」

「うん。それ私たちのことだね、蓮」


「笑い事じゃないんだぞ!受験戦争はもうすでに始まっているのだ!!」

 勉が赤くなりながら弁当箱を片づける。


「……まあでも、勉の言うことも分かるよ」

 俺は肩をすくめて言った。

「恋愛にうつつを抜かしてばっかじゃな……」


「おっ、出た。蒼真の“恋愛禁止令”」

 蓮が茶化すように笑い、綾も頷く。

「でもさ、もし好きな子ができたらどうすんの?」

「……それは...諦めるしかないだろ」

「へぇ〜?」


 チャイムが鳴り、昼休みは終わりを告げた。

(……まったく。人の決意を茶化しやがって)








*

 放課後部活動にて。


「集ー合ーー!!」


 顧問により集められた俺たちは期待感に溢れていた。それは、今日から新入生が部活動に参加するからだ。後輩ができるのはやはり嬉しい。現在男子部員8名、女子部員6名と、人数に特に困っているわけではないが多く入ってくれたらその分嬉しい。


「えー、今日から一年生が一人入部することが決まった。自己紹介頼む」


 と、顧問に言われ、前に立ったのは見覚えのある人物だった。


水瀬柚葉(みなせゆずは)です! 中学でも剣道をやってました! よろしくお願いします!」


その瞬間、ざわっ、と部内が揺れた。


「えっ……水瀬柚葉って、あの去年の全国三位の――?」

「マジかよ、何でうちに来てんだ」


 かなりのネームバリューだった。だが、柚葉は噂されても気にした様子もなく、ニッと口元を上げていた。


「えー、新一年は一人だけなので早速、稽古に混ざってもらうぞ。二年、三年は手加減するなよ」

顧問の号令で、練習が始まった。



 最初の地稽古から、柚葉は衝撃的だった。

 女子はもちろん、二年の男子をも次々に抜いていく。踏み込みの速さ、打突の鋭さ、どれも一級品だ。


「面あり!」

「胴あり!」


三年の先輩相手にも引けを取らない。

その強さに周囲が息をのんだ。


――ただし。

勝ったあと、礼が雑だったり、「もっと速くできないんですか?」なんて先輩相手に平然と口にしたり。

その生意気な態度に眉をひそめる上級生もいた。


「……強いけど、扱いにくそうだな」

「お前、先輩にあれ言える?」

「ちょっと空気読めない感じだよな」


そんな囁きがちらほら聞こえてくる。


「んふふー、セーンパイ!」

「何だよさっきからジロジロと」

「ひどくないですかー、久しぶりの再会ですよ。可愛い後輩との」

「お前は昔っから可愛げはなかったよ」

「え〜〜!」


 休憩に入った途端、柚葉は俺の元に近づいてきた。練習中もチラチラこちらの様子を確認していたのも気がついていた。別に関わりたくないわけではない、むしろ昔話に花を咲かせたいくらいの気分だったが....


「あんたたち知り合いなの?」

 隣で竹刀を肩に担いでいた二年の女子が怪訝そうに眉をひそめる。


「そーなんですよ! 蒼真センパイはあたしの憧れの人なんっすよ!」


 柚葉は得意げに胸を張った。


 こうなると少し気恥ずかしくなる。

「……はぁ? 橘が?」

「憧れって……何で?」

部員たちの視線が一斉に俺へ集まる。


「ちょ、ちょっと待て。勝手に変なこと言うな」

「え〜〜、変じゃないですよ。あたしが剣道続けようって思ったのもセンパイのおかげなんですから」


その言葉に、場の空気が一瞬止まった。

「……どういうことだ?」

「橘、お前この子の彼氏か!?」

ざわつく先輩たちに、俺は思わず頭をかいた。


「いや、彼氏じゃないし別に大した話じゃ――」

「ありますって! 中学のとき、あたし――」

「おい、柚葉」

俺は慌てて彼女の言葉を遮った。

「余計なことは言わなくていい」


柚葉は口を尖らせたが、やがて小さく笑った。

「……そーゆーとこも、昔と変わんないですね」


その様子を見ていた周囲の部員たちは、ますます困惑顔だ。




 竹刀を握りながら、あたしはふと中学時代のことを思い出していた。


 ――あの頃の自分は、強さだけが取り柄だった。

 勝ちたい一心で、周囲の空気なんて気にせず、先輩にも物怖じせずに言い返した。まあそれは今でも何だけど...

 気づけば、同級生からも先輩からも浮いた存在になっていた。


「また水瀬かよ……」

「実力はあってもね...和を乱すような人は剣道向いてないんだよねぇ」


 そんな陰口は日常茶飯事。

 やがて部室の自分の靴が隠されていたり、竹刀袋にゴミが入れられていたり――陰湿ないじめも増えていった。

 あたしは負けず嫌いだから、泣いたり弱音を吐いたりはしなかった。

 ただ、心の奥ではずっと自分の居場所はどこにもないと思っていた。辛かった。寂しかった。


 ある日の放課後。

 部室で着替えようとした柚葉は、また靴を隠されているのに気づいた。

 誰もいない廊下に座り込み、膝を抱えて天井を見上げたそのとき。


 目の前にぽん、と靴が置かれた。


 顔を上げると、そこに立っていたのは剣道部の先輩ーーー橘蒼真だった。

 

「ほい、忘れてんぞ」


 そう彼は一言だけ言い去った。



 だけど嫌がらせは次第にエスカレートしていった。日に日に暴力も受けるように。初めの頃は抵抗して殴り返してやった。だけど人数が増え、男子の先輩まで来ると、あたしは成すすべなく捕まって....今でもトラウマに残るほどのーーをされかけた時..



「おい!何してるんだお前ら!!」


 橘蒼真が助けてくれた。初めてだった、あたしは彼がここまで荒れ狂うのは見るのは。

 彼は普段悪ふざけとかは結構するタイプだったけど、他人に暴力を振るうような人ではなかった。


 結果的にあたしをいじめていた人たちは転校、橘蒼真は停学となった。




*

「ちょっと、ツラ貸してくれませんか?」

「え?あ?何?カツアゲ?」

「違えよ」


 彼の停学が明けた後、あたしは彼を呼びつけた。だけど言葉が出てこなかった。あたしは今までの人生、心の底から謝るという行為をしたことがなかった。何と言えば許してもらえるのか思いつかなかった。


「えーと、その、悪かったな水瀬」

「....何でアンタが謝るんすか」

「いや...だって、俺だって気づいてたのに。もっと早くどうにかしていればあんなこと...」

「アンタは何も悪くないだろ!!」


 気づけば大粒の涙がこぼれてきた。体が熱くなっていくのがわかった。必死に涙を止めようとしたが余計に涙がこぼれてくるだけだった。


「……なんで、あたしなんか放っておかなかったんすか」


 声が震えていた。強がろうとしても、嗚咽が混じる。


 彼は少し間を置いて、真剣な目であたしを見た。


「できるわけないだろ。お前がどんなに尖ってても、口が悪くても……お前は俺の後輩だ」


 その言葉はまっすぐで、飾り気がなかった。

 だから余計に胸に突き刺さった。


「……なにそれ。くっさ」

口では笑おうとしたのに、涙は止まらなかった。


「たかがそんな理由で、自分を傷つけてまで……あたしなんかを守るとか……」


 膝の上に涙のしずくがぽつぽつと落ちていく。

 今まで誰にも見せたことがなかった、弱い自分を初めてさらけ出していた。


 震える声。止まらない嗚咽。

 でも次の瞬間、彼の大きな手がそっと肩に触れた。


「お前は“なんか”じゃないだろ。水瀬柚葉だ。お前は強い、それは誰しもが認めていることだ。だけどな...人間一人じゃ寂しいだろうが。俺はな、困っている人を全員助けようとするほどお人よしじゃないんだ。けど、知り合いを見捨てるほどクズにはなりたくないんだ」


「だから、話してくれ。俺はお前の格好いい先輩でいたいんだ!」


――心臓が跳ねた。

熱い血が一気に全身に回って、呼吸の仕方を忘れそうになる。


(……ああ、やばい。....なんで、こんなに....!)


 そのとき、あたしは決定的に気づいた。

 自分はもう、この人をただの先輩とは見られない。

 あたしの心は、この瞬間から橘蒼真のものになったんだって。





*

「おーい、柚葉?ぼーっとしてどうしたんだ?練習再開するぞ....何だ?大丈夫か?顔赤いぞお前?」

「....何でもないっすよ!!」

「イダッ!急に叩くなよ!!」


 柚葉に叩かれた背中がヒリヒリと痛む。これから部活が騒がしくなっていくだろう。だけど同時に楽しみでもある。だからこそ部活動はやめるわけにはいかないな。



ーー俺の大学受験までおよそ一年と八ヶ月ちょい。


 文武両道を目指します!!

 




 





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