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ラブコメ禁止を誓った俺と学年一の才女


 突然だか受験勉強は高二から始めるべきである。


 ...なぜかって?簡単な理由だ。高三からでは遅いからだ。受験勉強~高三なったら本気出す~とかほざいてる奴がほとんどだ。つまり、二年生のうちから学習をしていくことで他の受験生より差をつけることができるのだ。


....え?高三からむっちゃ頑張れば良くない?


 

ーーんうぇい黙れ!!


 高三から頑張る奴なんて山ほどいんだよ!つーか受験生になって頑張んない奴は落ちる!!



....結果何がしたいんだよって?



 つまりな....俺は決めた!

 高校生活、恋愛なんて一切しない。ラブコメは遠慮しておく。

なぜなら俺は来年受験を控える高校二年生!恋愛イベントはすべて時間の無駄だ!!

……そう、断じて無駄ッッッ!!!



「ってもいきなりどうしたんだよ蒼真ぁ。お前そんな勉強ガチ勢だったか?クラス替えでテンションおかしくなったか?」


 俺の名前は橘蒼真(たちばなそうま)。偏差値50前後の高校に通う特に取り柄といったものが存在しない一般男子高校生だ。


「そうだよ蒼真、あんた去年まで『彼女欲しい〜』とか言ってたじゃん」



 この俺の覚悟に対しどうやら批判的な態度を示す男女2人。


 男の方の名前は黒石蓮(くろいしれん)。小さい頃から家族ぐるみの幼馴染で俺とは違い顔が良く、スポーツ万能のザ・イケメンってやつだ。ちなみに小三くらいからずっとクラスが一緒。俺がモテなかったのは全部コイツのせいだと思っている。女子の目が全部コイツに吸われて俺はモブキャラみたいだ。


 そしてその蓮の彼女の東城綾(とうじょうあや)。中二からの蓮の彼女で今なおその関係が続いている。底抜けに明るい彼女は俺とも仲良く接してくれる。


 ちなみにこの二人は常日頃からイチャイチャしてるので正直言って馬鹿だ。だが、それを覆すほどの人格を二人は持っている。この二人が親友で良かったなとつくづく思う。



「いい心がけじゃないか橘」


 すると、近くの席からいかにもガリ勉のような分厚いメガネにピチッとした七三分けの男子生徒が話しかけてきた。


「お、おまえは!!」

「蒼真の知り合い?」

「いやしらね」


「.....コホン!!橘、これから学習に精を出そうとする心構えは認めるが、私の存在を知らんとは予習が足りないな。」

「知らんもんは知らん。初対面だっつーの」

「私の名前は勉野勉(つとめのべん)!!医学部を目指し日々学習に励んでいる」


「いや名前そのまんまかよ!」


「すごいねぇ。生まれた瞬間に進路決められてるような人、初めて見たよ」

 綾が感心したように言う。


「くっ……!親の期待を裏切らぬよう努力しているだけだ!」


勉野はメガネをクイッと上げ、妙に決め顔を作った。


「フッ、おもしれー男」

「蓮、それ女に向かって言うやつ」


「フフフフ、橘!お前がこれから真に学習に取り組むとなれば私の存在は無視できないぞ。なんせ私は学年成績二番をキープしているのだからな!」


「「「おーー!」」」


 一番じゃないのかよ、と一瞬考えがよぎったが凄いものは凄い。



「ちなみに俺の上を行く存在である学年一位の才女――神凪結衣はお前の席の隣だぁ!!」

「うぇっ!?」


 勉野の爆弾発言に、俺は慌てて横を振り向いた。


 そして――一瞬、時間が止まった気がした。


 窓から差し込む光を受けて、彼女の髪が銀糸のように輝く。何だかとても麗しく、端的に言うのならばエロく感じた。

 本をめくる指先の向こうからのぞく瞳は、深く透きとおった青。

 その色に吸い込まれるようで、言葉を失った。


「……何?」


 低く、しかし澄んだ声。彼女――神凪結衣(かんなぎゆい)は、ページから視線をわずかにこちらへ寄越した。


「い、いや!なんでもない……!」

慌てて首を振る俺。心臓が変にうるさい。


「そう。なら――あまりジロジロ見ないで。気が散る」


 またすぐに視線を落とし、ページをめくる彼女。

 無表情のままだが、青い瞳の奥がかすかに揺れたように見えた。


「……悪い」


 俺は小さく謝り、前を向く。

 だが耳まで熱くなっているのを、自分でもはっきり感じていた。



「ふふん!驚いたか橘!」

勉野は胸を張って得意げに言う。

「神凪結衣――彼女は我が校の至宝!一年の頃から常に学年一位を独走し、模試の全国偏差値は――」


「……」


 神凪はページを閉じ、ゆっくり顔を上げた。


「……すぐそばで、人のことをベラベラ話さないで」


 その声音は、冷ややかな水面に石を落としたように静かで、それでいて鋭く胸に刺さる。


「ひぃっ……!す、すまん神凪殿……!」

 勉野は慌てて背筋を伸ばし、ペコペコと頭を下げた。


「……別に怒ってるわけじゃない。ただ――そういうの、気が散る」

 神凪は短く言って、再び本へと視線を落とす。


「う、うう……私としたことが……」

 しゅんと肩を落とす勉野。あれだけ威勢よく自慢していたのに、尻尾を踏まれた犬みたいだ。


 すると担任が教室に入ってきた。

「席つけーお前らー。...え〜今日から新年度が始まりお前らも二年生になったんだがーーーー」














**



「じゃあ蒼真、また明日な」

「あーい」


 放課後。部活が休みだった俺は、図書室で勉強することに決めた。


「今日やるのは……と」


 机に座り、数学の問題集を取り出す。

(静かなこの場所で一気に終わらせるぞ)


 高二のうちに固めるべき教科は数学と英語。どちらも基礎に時間がかかる。数学は徹底して計算と典型問題の解法を。英語は単語・熟語・文法を仕上げておけば、後の長文読解に大きく響く。


 俺は黙々と計算を進めた。因数分解、二次関数……一年の復習だ。気づけば一時間ほど経っていて、集中力が少し切れてきた。


「ちょっと休憩するか」


 シャーペンを置いた、そのとき。


「……隣、いいかしら」


 声をかけられて振り向くと、そこには神凪結衣が立っていた。手には本が二冊。やっぱり読書が趣味なのか。


「っ……ああ、いいぞ」


 そう答えつつ、ふと彼女の手元の表紙が目に入った。


「あ、それ。アガサ・クリスティの『ナイルに死す』だろ?」

「分かるの?」

「ああ!俺、結構ミステリ好きで。アガサ・クリスティ、特にポアロはめっちゃ読んだ」


 ――しまった。いきなり語りすぎたか?

 相手は困ってるんじゃ……と思ったが、その不安はすぐに消える。


「そうなの!? 私もポアロシリーズ大好きで、よく読むの! 今日も目に入って、久しぶりに読みたくなったところだったの!」


 神凪の声が弾んでいた。今朝の冷静で無口な雰囲気からは想像できないほど。

 俺は思わず前のめりになる。


「わかる!ポアロの推理って、ただのトリック暴きじゃなくて、人間の心の闇を掘り下げる感じがいいんだよな!」

「そうそう!事件の裏にある心理描写が丁寧で……そこに真相が繋がっていくのがたまらないの!」


 気づけば俺たちは声を潜めながらも、夢中で語り合っていた。

 「オリエント急行の殺人」の衝撃、

 「アクロイド殺し」のラスト、

 「そして誰もいなくなった」の絶望感……。


 ――気づけば机の上の問題集なんてそっちのけで、ページをめくる手の代わりに言葉が止まらなかった。



 神凪の表情は、朝の冷たい無関心なものとはまるで違った。瞳を輝かせ、言葉を弾ませる。

 そのギャップに、俺の胸がキュッと締めつけられるような感覚が走った。


(……お、おい待て。俺は恋愛なんてしないって決めただろ!?)

(これは違う。ただの……その、久しぶりに趣味の合う奴に会ったってだけだ。そう、そうだ!)


 必死にそう自分に言い聞かせる。

 けれど、ページをめくる彼女の横顔から、なぜか目が離せなかった。


「ゴホン!」


 すると近くの席から咳払いが聞こえた。少々喋りすぎた。周りの人にも迷惑をかけてしまったらしい。


「……その、神凪。俺、そろそろ帰るから」

「……あ、うん」


 神凪はどこか寂しそうに答えた。

 そして、ほんの少し頬を赤らめて――小さな声で言う。


「と、途中まで……一緒に帰らない?」


「……へ?」





*

 図書館を出ると、ちょうど西日が校舎の影を長く伸ばしていた。

 俺と神凪は並んで歩く。……が、気まずい沈黙。


(やばい、これ……デートっぽくね?いやいや!帰ってるだけ!同じ方向だっただけ!セーフ、セーフだ!決めたろ俺!?勉強に専念するって!!)


 必死に心の中で否定しながらも、隣の横顔が気になって仕方がない。


「あの……」

 先に口を開いたのは神凪だった。

「橘くんは、いつからクリスティ読むようになったの?」


「え、ああ。中学のときかな。姉貴の本棚にあってさ、暇つぶしで読んだらハマった」

「そう……私も最初は家の本棚。私、友達とかいなかったから。読み耽って、それからずっと」


 ふわりと笑う結衣。昼間の冷たい態度が嘘みたいだ。


(くっ……このギャップずるくね!?)


 俺は慌てて話題をそらそうとする。

「で、でも神凪って、そういうミステリ好きって意外だな。なんか純文学とか読んでそうなのに」

「読んでるわよ。カフカとかドストエフスキーとか」

「やっぱりか!?」

「でもミステリも好き。……頭を空っぽにして没頭できるから」


 最後の言葉は、少し照れたように小さな声だった。


(おいおい……なんだこれ……なんだこの感情は!)


 そんなやりとりをしているうちに、分かれ道に差しかかった。


「……じゃあ、ここで」

「あ、ああ。また明日」


 結衣は一瞬、躊躇うように立ち止まると――ちらっと俺を見て、小さく言った。


「……今日は、楽しかった...バイバイ、橘くん」


 そして、顔を赤くして駆け出していった。



(え?....いやいやいやいや!ちがっ……!)


 俺はその場で立ち尽くし、全力で否定しながらも、心臓の高鳴りをどうにも抑えられなかった。



 ーー俺の大学受験までおよそ一年と九ヶ月。


 俺の学習はまだ始まったばかりだ。



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