二話 守るぞ推しの楽しい聖女ライフ
それから、私のそっと陰でユウナを守る計画が始動した。
「お疲れ様です、皆さま」
皆で優雅に出迎える。「またいるし」と魔導士のエル様が、長めの赤い前髪の向こうで、くしゃっと顔をしかめた。正統派に綺麗な顔を、癖をもって使うねえ。よく見たらすごくきれいな顔……の典型例だ。
「ああ、リリア。いつもすまないな」
「めっそうもございません。この国難、私も力になりたいだけです」
殿下がちょっと微妙そうな顔をしながらも、私をねぎらう。うん、まあ言いたいことはわかるんだよね。私、あなたの筆頭婚約者候補だもん。なんか狙ってんじゃねーの?と思うのが普通だよね、狙ってないよ。ただユウナの力になりたいだけ。押忍。
「学園の様子についてのレポートをまとめておきましたので、また確認お願いします」
せっせと学園を維持できるようにし、聖女に反発する貴族をなだめ、こうして旅のサポートをする。それらすべて、ユウナに苦労をかけない為なのだ。ユウナが元のゲームで苦労してたこと全部やっておく。そうしたら、聖女の仕事だけに集中できるでしょ。
「ありがとうございます、リリアさま!」
ユウナが愛らしい笑顔で、お礼を言ってくれる。嬉しくて、私も気分が浮き立つ。
「まあいいや。お腹すいた」
だるっと頭をかきながらのエリオス様の言葉に、私は「すぐに準備を」と慌ててみせた。エリオス様が顔をあげる。
「えっ?まだできてねーの?」
「申し訳ございません」
しずしずと謝りながら、内心ほくそえんでいた。まあそうなるよね。ふふ、いつもならご飯の用意もしとくとこなんだけど、今日は別。だってあのイベントがあるからね!
「だったら私、作りますよ!」
――そう、ユウナの手料理イベント!たぶん、いちばん喜んでるの私!
「えー作れんの?」
「うん、結構自信あるんだ。まかせて!」
エリオス様の目が好奇にちらりと光った。ユウナはにこにこと愛嬌たっぷりに返す。
「でも聖女様、お疲れでしょう。リリア様に任せておけば……」
神官のシエル様が、心配そうに顔を覗き込んだ。その拍子に、さらっと流水みたいにつるつるの長い黒髪が肩から流れる。中性的な美貌と言い、女子の嫉妬を買うね。
ユウナは「平気、平気」と顔の前で手を振る。
「これくらい、平気だよ!村ではいつも作ってたし……」
「そうですか?」
それでも言いつのるシエル様の頭を、ユウナが撫でる。ほわ、とその瞬間、シエル様の頬が赤く染まった。
「何してんの」
「はっ……ごめん。つい、シエルって可愛いから……」
「……こいつが可愛いか?」
エリオス様の冷めた声に、ユウナが照れる。それに、騎士のダン様が首を傾げた。ユウナは彼にも庇護欲に満ちた目を向けてる。この筋骨隆々額にいかめしい傷(言っちゃ悪いけどね)もある大男に「大きな犬みたいでかわいい」と言えるのは、ユウナしかいない。(尊敬に満ちた確信)
「なんでもいいから、早くしてください」
「そうだ、今後についての話もある」
クラウス様が手を叩いて、話題を打ち切る。殿下も続いて、「ダン。今日の魔物だが……」とダン様を呼び話しだした。ダン様もまじめな顔になって、「はい」と応える。
クラウス様が、つかつか厳しい顔で、ユウナの元へやってきた。
「料理など誰でもできるのですし、あなたにはぜひ、聖女としてのつとめを果たしてほしいものです」
「なっ……」
シエル様が絶句する。私も絶句だよ。何それ。
ユウナは、目を見開き、それから「ごめんなさい」とうつむいた。シエル様はきっとクラウス様をにらんだ。
「そんな言い方。聖女様は頑張っておられるのですから」
「いいの、シエル。クラウス様の言うとおりだよ」
笑って、ユウナはシエル様を止める。そして、クラウス様に向き合い頭をぺこ、と下げた。
「ごめんなさい、クラウス様。私、頑張りますから」
「本当に、結果を出してください。頑張るという精神論ではなく」
そう言って去ろうとするクラウス様に、私は思わずかみついた。
「お待ちください。さっきから聞いていれば、あまりなお言葉です」
クラウス様が怪訝な顔をする。私は憮然としてるのが絶っ対に顔に出てるな、と思いながら続けた。
「聖女の力は開花当初は不安定と聞いていますわ。ユウナ様が力を振るえるように、お支えするのがあなたのお役目ではないんですの?」
「リリア嬢」
「ユウナ様にばかり、責任を押し付けないことです」
言いながら、緊張に手がびしょ濡れだった。本来、私みたいななんの変哲もない高校生が、こんな偉い人に話すのって怖すぎて萎縮しちゃう。実際、クラウス様はすごく不快そうに怜悧な目を眇めた。怖っ!前世の私なら、絶対無理だった。
けど、これはぼんやりでもこのリリアの中に入っていたのが大きいみたいで、ちゃんと言い切ることができた。やば、アドレナリン、じゃばじゃば出る。
じっと見つめあう。
「クラウス。リリアの言うことももっともだ」
いつの間にかやってきた殿下が、ぽんとクラウス様の肩を叩いた。
「殿下」
「われらの力不足でもある。聖女を焦らせることに意義はあるまい」
殿下の言葉に、クラウス様は「申し訳ございません」と手を引いた。殿下は頷く。ただ叱るだけでない、優しい信頼に満ちたまなざしだった。それがわかってるから、クラウス様もそんなに傷ついた感じもない。
ふいに殿下は私を見た。
「そして、リリア。クラウスの言うこともまた、もっともだ」
えっ。私は目を見開く。殿下は困ったような、煩わしそうな、いつもの調子でつづけた。
「事態は急を要している。――口出しは不要だ」
エリオス様が、思わずと言った調子でふきだした。
今度は私が押し黙る番だ。「以上」と背を向け、殿下は周囲に視線をやる。察した様子で、殿下の付き人たちは「さ、リリア嬢」と私に退出を促した。
私は唇をかみしめ、そして退出した。できるかぎりしずしず。それがせめてもの抵抗だった。