表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

名もなき魔女が選んだ未来

渡辺家の門が、無言の兵士たちによって破られたのは、翌朝のことだった。


 評議会によって提出された“記録”は、渡辺蓮とフェリシアの私的癒着、爵位剥奪の画策、さらには不正融資の証拠にまで及び──完全な“追放”が決定された。


 蓮は最後まで叫んでいた。「違う!あれは捏造だ、罠だ!」


 だが、誰も耳を貸さなかった。


 あの映像──澪の“魔法”が映し出した記録は、何よりも雄弁だった。時間を操り、過去を暴くことができる。それは“証拠”を持たぬ者にとって、最も恐るべき能力だった。


 そして皮肉にも、蓮自身がかつて“無力で何もできない”と笑い飛ばした女によって、すべてを失ったのだった。


──


 その日、澪は玲と共に郊外の小屋にいた。舞踏会での力の使用と、長期にわたる魔法行使の疲労が重なり、彼女は眠り続けていた。


「澪……」


 玲が名前を呼ぶと、ゆっくりと澪の瞼が開いた。


「……あれ……ここ……は……」


「わかるか?」


 彼女はしばらく沈黙し、それから小さく首を横に振った。


「……ごめん。……あなたの名前、今、すぐに……思い出せないの」


 玲は静かに彼女の手を取った。


「大丈夫。何度でも名乗る。俺は小鳥遊玲。君を、守り続ける者だよ」


 澪の目に、涙がにじむ。


「私……もう、全部忘れてしまうかもしれない。名前も、過去も、あなたのことも……」


「忘れてもいい。君が君でいようとする限り、何度でも、俺が君を好きになるから」


 彼の言葉に、澪の唇が小さく震える。


「……馬鹿ね、あなた」


「よく言われる」


 二人は笑った。痛みの中に、確かな希望があった。


──


 それから数日後。


 澪は髪を短く切り、名前を伏せて町の外れの小さな村で暮らすようになった。


 魔法を使うことはもう、ほとんどない。


 時間魔法を封じた彼女は、もはや“特別な魔女”ではない。ただの、一人の静かな女性として生きている。


 玲は隣にいた。彼は狩人として働き、時々街の子どもたちに読み聞かせをしていた。澪が描いた絵本に、彼が声を添える──それが二人の日常だった。


 記憶は、少しずつ失われていった。


 けれどそのたびに、玲が名を呼び、手を取ってくれた。


「澪。君が君でいる限り、過去がなくても、明日を生きていい」


 澪はその言葉に、何度も救われた。


 ──そしてある日、春の終わり。


 彼女は一冊の古びた手帳を見つける。自分の筆跡。誰かの名前。


「……しぐれ、みお」


 彼女はつぶやいた。胸の奥で、何かが温かく灯る。


 それが何なのか、もう思い出せない。


 でも、それでもいい。


 彼女は穏やかに微笑んだ。


「はじめまして。私は、澪。……またあなたに、恋をしていいですか?」


 玲は、何も言わず、彼女を抱きしめた。


 世界が静かに満ちていく。


 そして、名もなき魔女は──ようやく、自分の時間を取り戻した。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます!

星ひとつ、ひと言の感想でも、すごく嬉しいです……!ぜひよろしくお願いします


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ