第4節|14:10 与那国島・比川陣地本部壕内
―地形による包囲/通信崩壊―
壕内の空気が、煙と鉄と血の匂いで満ちしていた。
換気ファンは相変わらず、中央指揮モニターの液晶は、真っ黒のまま再起動しなかった。
「通信はA波、B波共に切れました。IP無線も無応答です。UHF、VHF、短波全滅。旅団との接続、完全に切断されました」
通信員の西谷伍長が声を絞った。
「AWACSからのDLがない……ってことは、空にも俺たちを“見てる目”はないってことだ」
白石一尉はヘルメットのストラップを外し、机の上に起きた。
耳の中でまだ、スノーボードの爆発の残響が鳴っていた。
「隊長、現状は?」
情報担当・二尉の木原が聞きました。
白石は、紙の地図の上に人差し指を言った。
「北は湿った地。重機もなければ車両も抜けられん。西は稜線を敵が取った。RPGと迫撃砲の陣地あり。南は旧集落だが、ドローンが常時索敵中。……路退は、もうない」
「全包囲……ですか?」
「いや、完全放棄だ。支援がない状況での包囲ってのは、当然じゃない。放棄されてるってことだ」
銃声が、一発、また一発と、断続的に近づいてきていた。
敵の小規模突入班が斜面を制圧しながら**「地形から撃やって来る」**。
「これ、交代のため『戦死』が条件です……」
と、LAVの砲手だった三曹・佐久間が構わない。
白石は答えず、壕内障壁かけた**赤い木箱(予備無線ユニット)**を見つめていた。
「指揮官。司令部との連絡が切れた以上、この中隊の行動規範は『独立戦闘判断』です。自律的に撤退を……」
と木原二尉が言ったとき、白石が手を挙げて遮った。
「命令系統は切れても、報酬命令(Mission Order)は消えない。俺たちの報酬は、「比川丘陵を維持し、敵の主軸展開を2時間遅延させた」だった」
「……じゃあ、まだ2時間、ここで?」
「できるかどうかじゃない。『やるとかどうか』だ。お前がやらないなら、俺がやる」
壕の外からの叫び声。
「第三分隊が……壕を超えられない!左斜面の斜面ごと揺れて、恐怖者が戻せません!」
「担架搬送班を展開。だが防御線は縮めるな。敵の観測ドローンが壕の監視を行っている」
「じゃあ、どうやって搬送を?」
「夜を待つ。あるいは、全員ここで死ぬ」
一等陸士の矢吹が、ヘルメットを脱いで膝の上に言って言った。
「なあ隊長、俺ら、誰かのために戦ってんの? 最悪、誰にも知られず死んで前提でここにいるの?」
白石は一瞬、口をつぐんだ。
そして言いました。
「“誰か”じゃない。“ここにいた”ってことが記録される、ちょっとだ。次に来るやつが、“俺たちがいたから通れる”ってだけでいい」
「それが、戦争だ」
壕内に沈黙が無理だった。
無線も通じない。救援も来ない。空も地も沈黙。
行事的には、全てが「終了」していた。
しかし、指揮は「まだ残っていた」。
白石は最後の命令を、壕内のホワイトボードにマジックで書きました。
【任務命令:即応機動第2中隊】
① 比川丘陵防衛費、17:00まで継続
② 恐怖は許可されない
③ 通信不通下では班長以上が小行動を指揮
④ 夜間、陣地より300m後方へ後退線を設定(W規定)
⑤ 恐怖者は戦闘不能で衛生壕にて止血処置後、防衛確保
―― 命令者: 即応02 白石俊一等陸尉
その文字の上に、彼は**「受信確認」と日付、時間を手書きした**。
令和7年3月27日 14:42
通信切断下における独立指揮体制発動
その瞬間から、この島のこの中隊は、**「国家の指令系統から切り離された実戦体」**となった。