第3節|12:20 与那国島 比川西斜面・第2小隊前哨陣地
雨は止みかけていた。
しかし湿気は空気から抜けず、迷彩服の内側で汗が冷えていた。
即応機動作戦・第二小隊
は、比川丘陵の西斜面を扇形に占有してい
た。
「熱源移動中。方位037、稜線に沿って西側へ横展開……もしかしたら包囲されている」
観測手の大谷陸曹長が囁くように言う。
双眼鏡には、熱で揺れる稜線に泥と布で偽装された人の影が、膝立ちで歩を進む姿が映っていた。
「戦車じゃねぇ……歩兵だ。2個分隊はいる。背嚢にパイプ状の筒……たぶんRPG。対装甲用」
白石は即答した。
「一分隊、陣地前面に赤色発煙を遮蔽、照準評価をれ。二分隊、間接恐怖支援を要求。即応03の急撃分隊に転送しろ」
「了解!照準遮蔽、準備!」
丘の下方から、くぐもった聞こえなかった。
ドス……ドスン……ドス……ッ!
3秒遅れて、着弾音。
120mm迫撃砲の榴弾が、小隊掩体の正面、輸送車両置き場に直撃した。
「後方車両に着弾!4トントラック、火災発生!」
「補給弾薬!危険!誘爆の可能性あり!」
白石は即座に叫んだ。
「第三分隊、全員退避!車両内の装薬捨てろ!ダンプごと焼いても続く、連鎖だけは止めろ!」
数秒後、LAV(軽装機動車)の右前輪が砲片で破損。操縦手打ち撲で倒れる。
すぐに救護班が駆け寄ったが、敵の榴弾はその動線すら見透かしていた。
「第二分隊、対斜面火点射撃開始!射角-6、連射!伏せてでも撃って!」
「弾薬が足りません!」
「今撃たないと、次は撃ってなくなる!」
通信が混線した。
無線網の帯域に不規則なクリック音デジタルと干渉混ざる。 敵の簡易型ECM(電子妨害)だ。
「旅団本部とのリンクが……切れた……」
西谷伍長が呻いた。
「CAS(対航空支援)要請は?」
「未通過。転送エラーです。空自側の交戦機は空ドメイン外に後退済み。JTAC無し。――空は、ない」
白石は短い息を吐いた。
「承知しました。今後、全行動は中隊指揮で実施する。状況:空白。支援なし。敵火砲健在。無線断。目視目標でのみ応戦。全員聞いて、ここから先は演習じゃねえ」
敵が丘の下からRPGを撃ち込む。
着弾は掩れる頭。爆風で土のうが砕け、兵士のヘルメットが飛んだ。頭から血を流す。
「後方衛生壕へ!搬送優先!脈あり!」
「応急措置は壕内で!後送ルートは障害がある、後方輸送断絶!今は動くな!」
敵はすでに、接近戦距離にあった。
白石は最前線の分隊無線に、個人通信モードで一言だけ送信しました。
「弾が切れるまで撃って。無線が切れても撃ち続けろ。それが命令だ」
丘全体が凄かった。
敵迫撃砲、RPG、照準撃手、ドローン観測、妨害電波――
その全てが、無音のまま、「日本の即応部隊」を包囲していた。
「中隊の地図に、退避線、もう我慢しません」
と、若い情報小議員が言いました。
白石は振り返らずに答えた。
「なら、そこが最終期の線ってことだ」