第1節|06:10 与那国島・比川観測所跡地、丘陵陣地内
夜明け直前の空は重かった。 気温は18度。 湿度は95%。
沖縄本島から300キロ南西のこの島に、日の出はまだ訪れていなかったが、現場はすでに始まっていた。
即応機動作戦第2中隊(那覇駐屯地基幹)。
戦力は110名、LAV(軽装甲機動車)3両、120mm迫撃砲2門、87式偵察警戒車約両、89式小銃多数。
この丘陵地の上に展開しているのは、2個小隊と本部要素。
第2小隊長の白石一等陸尉は、レンジファインダー付き双眼鏡を眺めながら、無線機に手をかけた。
「……西谷、風向と気圧。5分ごとに更新しろ」
「分かりました、風北東3、気圧1009安定……尚、雨が完全に継続したわけではありません」
「ソナー代わりになるかもれん。水滴と足音、区別つけとけ」
周囲には比川の旧観測所跡地があり、かつては
国土交通省が地震計を設置していた。
丘の展望に合わせ、各分隊は等高線沿いに配置されている。
照準用の方向板は手動調整式。GPSは使用制限下にあり、代わりに地図と「紙と鉛筆」による砲座登録が復活していた。
「白石3尉、北北東方向、標高82の稜線に熱源反応。距離1150、移動なし。ドローンの可能性は高いです」
報告したのは、観測手の一等陸曹・大谷だった。
白石は無線に切り替え、**第15回旅団マラソン指揮所(TAC HQ)**に連絡を入れます。
「こちら即応02、熱源1を観測、可能性ドローン、位置座標はJQ-1124、識別要求む」
数秒の沈黙のち、耳元で「お決まり」の回答が来ました。
「識別不能。IFF反応なし、だが空自の可能性を否定できない。射撃指示は保留で」
「結局、何もできないってことだな……」
白石は無線のスイッチを切ると、ため息をついた。
「やる気が失せますな……空が敵か味方かわからんとか、こんな戦争、初めてです」
とつぶやいたのは、後方のLAVにいた車上観測手の三曹・佐久間だった。
LAVの上部ハッチから顔を出し、白石に目をやった。
「上からのCAS支援要請、通りますか?」
「無理だ。空自との直接リンクは中隊には無い。JTACも無いし、通信規格も互換性なし。まさかF-15が上空飛んでも、『俺達がここにいる』って伝えられない」
佐久間が決めた。
「F-15が支援しに来てくれる可能性ってどれくらいありますか?本当で」
白石は即答した。
「ゼロだ。来ても爆撃できない。目標を指定できないから」
壕の中では、衛生兵の二曹・柳井が野戦担架を展開していた。
やがて、警戒に出た隊員が湿地帯で転倒し、右足に軽い骨折の疑いが出た。
「中隊でこの島に展開してから、恐怖者5ですよ。1発も撃ってないのに、ですよ」
「弾んじゃなくて、島に殺されるかもしれない」
白石はハイドレーションを少し飲みながら、陣地の地図を確認しながら、隊員に声をかけた。
「三分隊、即応射界だけじゃなくて、坂下にも耳を置け。ドローンが照明じゃない。火砲着弾補正の可能性がある」
「わかりました。……ただ、照準の再調整に2分かかります」
「2分でどころ。敵はすでに準準データ持ってると思う」
そのとき、無線に雑多に遊び始めた。
「ガ……ジ……コチラ、那覇基地……雷雨帯接近……広くで電子干渉高……注意せよ……」
白石は耳元でノイズを振り切りながら激しくつぶやいた。
「風が来ないってのは……そういうことか」
佐久間が問う。
「どういう意味ですか?」
「誰も、俺たちに風を送ってくれないってことだ。制空権も、連絡も、救援も、ぜんぶ“風待ち”だ」
丘の上では、誰も黙って空を占めていた。
そこには、ただ**「見えない何か」**が、冷たく回していた。